第14話 魔王城


 翌日。

 この街で冒険者として登録することに決めたリディアーナは、ヴァルターとともに冒険者ギルドに向かう。


 辺境は冒険者が少ないのか、ギルド内でも人がまばらだった。

 リディアーナは冒険者カードを取り出す。


 前のオリゼンの街でCランクに上がる機会を逸してしまったリディアーナは、まだ初心者Dランクのままである。この街にいる間にせめてCランクには上がりたい。


 それぞれ冒険者カードをカウンターのギルド職員に提出すると、ヴァルターの冒険者カードを見たギルド職員の顔色が変わった。


 ギルド職員が奥の部屋に下がったその直後、ドアが激しい勢いで開いて中年の強面男性が出てくる。


「あんた、Sランクなのか?!」


 興奮しきった様子で、カウンターで前のめりになってヴァルターに顔を近づける。


「えらい男前だな。得物は? 戦歴は? おれはこのギルドの責任者だ。Sランクなら魔王城討伐に参加してもらえないか?」

「魔王城……?」


 リディアーナは驚いて言葉を繰り返す。


「魔王城っていっても最近できたばかりのやつだ。おっとお嬢ちゃんは危ないからついていくんじゃないぞ」


 子どもをなだめるように優しく言われる。


(私はヴァルターのなんだと思われているのかしら)


 Sランクの青年とDランクの少女。兄妹か親戚と思われているのもしれない。


「ヴァルター、話を聞いておいて」

「承知しました」


 ヴァルターはギルドマスターを見る。その表情はリディアーナに向けられているものよりも高圧的で野性的だ。


「詳しく話してもらおうか」

「あんたらどういう関係だよ……まあいいや。魔王城は知ってるな?」

「いえ、そこからお願いします」


 隣から口をはさむ。自分の知っている情報とは違いがあるかもしれない。

 リディアーナの知っている魔王城は、その名の通り魔王の拠点だ。だがこの話の中で出てきている魔王城は、それとは違う印象がした。


「魔王城ってのは、魔王を目指す魔族が拠点にするために作る城だ」


 リディアーナは首を傾げた。


(魔王じゃなくて、魔王を目指す魔族の……? なら魔族の城でいいんじゃ……? もしくは魔王候補城とか……)


 どうして魔王ではないのに名を冠させるのか。それが人間社会の慣習なのか。


「中には当然魔物がたんまりいるし、魔王を目指せるくらい強い魔族が住んでいる。これは早いうちに潰しとかないと、どんどん力を増していく。いずれ魔王にでもなられたらたまったもんじゃない」

「あの……いまは魔王はいないんですか?」

「いねえな。六十年ほど前に三魔女が消えて以降、魔王が現れたって話はない」


 ――六十年。

 リディアーナはこの時初めて、前世の自分が死んでからどれくらい時が経っているのかを知った。


(……ヴァルターが有力な魔族を片っ端から倒したようだから、当然かもしれない……けど)


 しかしそこからずっと魔王が不在とは。

 隣のヴァルターを見る。本来なら魔王になっているはずの従魔は、さして興味なさそうに話を聞いていた。


「近くの砦からも討伐隊が出る予定だがあれはたぶんダメだ。指揮官が若すぎる。だからできるだけ自分の頭で考えて行動できる、腕の立つやつが――冒険者が必要なんだよ」

「その討伐隊の指揮下に入らなくても、城の魔族を倒せばいいのですよね?」

「勇ましいなお嬢ちゃん。危ないからついていくんじゃないぞ。お嬢ちゃんは薬草摘みでもしておくんだ」


 Dランク用の依頼の紙を渡される。

 まるっきり子ども扱いであるが仕方ない。


「で、どうだ? 引き受けてくれるか?」

「少し考えさせてもらおう」

「そうだな。すぐには決められねえよな。でも早いうちに頼むぜ」


 冒険者ギルドから外に出る。

 二人きりに戻ってから、ヴァルターはリディアーナに聞いてくる。


「いかがいたしますか。放っておいてもリディの障害にはならないと思いますが」

「そういうわけにもいかないわ。民が困っているのなら」


 前世は魔族とはいえ、いまのリディアーナは人間だ。判断基準は人間に寄る。


「それに、いまの魔族にも会ってみたいわ。魔王を目指す気概のある魔族なんて、なかなかいないみたいだし」

「ならば依頼を受けますか?」

「……それはそれで面倒なことになりそうな気がするのよね。できれば、こっそり会ってみたいわ」

「御心のままに」



◆ ◆ ◆



 夜の訪れを待ってから街を出たリディアーナは、フェンリルの背に乗り、魔族の城へ向かう。月明かりの中を。

 岩だらけの山道を、崖際の細い道を、高い壁で両側を挟まれた峡谷を、フェンリルは優雅に進む。

 魔界と人間領域の間に、魔族の城はあった。城下に街のない、城壁と城だけがある山上の孤城。


(本当に城がある……)


 無骨ながらも立派な城だった。外観からの判断に過ぎないが、元々は人間がつくった戦用の城で、それを土台にして魔族が自分の城にしているようだった。


(魔族の城……何故か魔王城と呼ばれる城……どんな魔族が玉座に座っているのかしら)


 魔族は闇の中から生まれるが、その大半が力が弱く、自我も持たない影のような存在だ。ただ他の生命を襲い、その血で喉を潤そうとするだけの存在。それらは影の魔物と呼ばれる。


 だが時折上位存在が生まれる。自我を持ち、野望を持ち、王となろうとする存在が。それらは土地を得て力を得て、互いに潰し合いながら、魔王の座を目指す。本能と勢いで。


(玉座に座ったところで、何もないのだけれど)


 かつて見たものを思い出してみる。

 そこからの光景は、特別なものではなかった。ただの椅子だった。少し高い場所にあるだけの。


(私が魔王になってから得られたものは、ヴァルターくらいかもしれないわね)


 最強で最上の獣。

 リディアーナはフェンリルの背中をそっと撫でた。


「行きましょうか、ヴァルター」

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