episode07 sideノエル

 クロは不思議な子。


 普通じゃないと気付いたのは、十年ぐらい一緒に過ごしてからだった。気付くのに十年もかかったのは、私が長き刻を生きているからで、ちょっぴり時間の感覚が鈍くなっていたから。


「あら、この子……歳を、取らないの?」

「んなぁん」


 出会った頃から変わらない毛艶と瞳の輝き。

 クロは老いる様子がない。


 初めて出会った時、無性に惹かれたのはこの子の秘めた力だったのだろうか。

 どこから来て、これまで誰と生きてきたのか。

 気になることは山ほどあるけれど、少しずつ尋ねていくことにする。だって私にはまだまだ時間があるんだから。

 それに、なぜだかクロは私の言葉をよく理解しているようで、会話が成立しているように感じることが多いのよ。

 永く一人で生きてきたから、話し相手ができてどれほど嬉しかったことか。



 命あるもの、いつかその灯火は消えてしまう。



 最近町の女の子に頼まれて、一人の老婆の最期を看取った。

 しわしわになっていたけれど、彼女が幼い頃に私の薬を買いに来てくれていた頃のことをよく覚えていた。だからこそ、とても驚いた。

 ついこの間まで、それこそあの女の子と同じ年頃だったのに、と。

 人間の命は短い。だからこそあまり深く関わらない方がいい。仲良くなりすぎると、離れる時が辛いから。私は彼らよりずっとずっと長生きだから、失うことしかできないのだから。


 だから、クロを拾ったのだって、ほんの気まぐれだった。猫は人間よりももっと短命。この子との穏やかな日々も長くは続かない。そう思って覚悟していたんだよ。



 それでも、私はすっかりクロに情が移ってしまっていた。



 老いないで。置いていかないで。私ともっと一緒に過ごそうよ。

 そう思っていただけに、クロが普通の猫ではないと気がついた時は驚きよりも喜びが勝った。



 そっか、私はまだ、クロと一緒にいられるのね。



「うふふ」

「んな?」


 おっといけない。

 嬉しくって思わず笑みが溢れてしまったわ。

 クロが『変なやつ』とでも言いたげにこちらを見ている。そんな目を細めなくったっていいじゃないの。


「ごめんなさい。あなたともっと一緒にいられると思うと嬉しくって」

「……にゃん」


 ちょっぴり素っ気ないけれど、手を伸ばせばスリ、と頬を寄せてくれる。


 あなたも嬉しいと思ってくれているのかしら?

 ……ふふ、そうだといいな。


 いつまで一緒に過ごせるか分からないけれど、別れは出来うる限り先のことだといいな。ねえ、クロ。あなたもそう思うでしょう?


「んにゃお」


 絶妙なタイミングで相槌を打つものだから、またわたしは笑みをこぼしてしまった。




 本当に、どうか少しでも長く、あなたと共に過ごせますように。

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