電子レンジ

物書未満

マイクロウェーブ

ふぅん……またこの人は……

いつもいつもコンビニ弁当ばかりでイヤになるよ。

温める私の身にもなってほしいね

油物とかハネるものとかもやめてほしい。

オマケにこの人掃除しないし。


どうやってもこの人はこのまんまなんだろうね。

まあ、私はここから動けないからどうしようもないけどさ。


――


はぁ? なんだなんだ?

鶏ささみなんかレンチンする気か?

何に影響されたかね。いやちょっとそれは多い……

20分の加熱ですか。イヤだなぁ。

うわーっ! ごま油を入れるな!


――


ホントにイヤになるよ。あれから毎日毎日ささみレンチン地獄。何十分も動かさないでほしいね。

おまけにブロッコリーなんてものまでレンチンしてるんだから驚きだよ。

つい最近までギットギトのラーメンレンチンしてたのが信じられないね。

でもいいんじゃない? なんか元気になってきてるし。なにがこの人をそうさせるやら……


――


ほお〜。今日はお菓子作りか。すごいよねぇ、私のオーブン機能なんか使われないと思ってたよ。

あ、それはちょっとタイマー長すぎないか? 一応私にはプリセット機能が……いや、説明書ないから知らんか……


――


なんだかんだあれから私を使ってこの人は料理をするようになった。下ごしらえに私を使うことを覚えたらしい。

冷凍食品も温めて弁当作ってる。しかも2人分。こりゃあ誰かとお付き合いしてるんだねぇ。進歩進歩だなぁ。


――


しばらくこの人の料理生活が続いて、何やら私は動かされた。どうやら引っ越しだったらしく次に光を浴びたのは広いキッチンのボードの上。下にいた冷蔵庫君は別のところにいるようだ。

彼とはずっと喋らなかったな。何も喋らない冷蔵庫だったし。熱いコーヒーがこぼれてもなんにも言わないんだからさ。

ともかくここであの人は生活を始めるんだろう。


――


それから、私は色々温めた。


朝のホットミルクやトースト。

あの人のサボり昼食。

作り置きの夕食。


哺乳瓶のミルク。

レトルト離乳食。

レンチンホットケーキ。


キャラ物のシールなんか貼られちゃったよ。

まあまあ仕方ないよね。気にしないさ。


温めすぎた冷凍ご飯。

あやうく温めかけた卵。

運動会の弁当の残り。


ハイカロリーな夜食を温めたときはあの人の血を感じたよ。夜中に大盛りチャーハンにラーメンなんか温めちゃうんだね。


そしてまた時間設定をまちがえたお菓子作り。やらかすものだねぇ。


で、またまた始まるダイエットメニュー。ホントに通る道だよ、全く。あの時バカみたいに夜食を食べるからだ。


――


そして、流れた月日の先で私はレトルトのおかゆを温めていた。


やいやい男だからってまともに料理しなかったツケだぞ。いくら旦那だからっておかゆくらい作れなきゃ。ま、そういう人のために私がいるんだけどさ。


……あの人はしばらく前から私の前に立っていない。ちょっと前までならいつでもいたのにね。時の流れは残酷なものだ。


さて、私も最近おかしくなってきた。時間をどうも間違える。今日はうまく行ったけどね。

もうお菓子は焼けないなぁ。力が入らなくてねぇ。

どこまでやれるか、な。


――


さあさあ、幾日もしないうちになにやらバタバタとしてきた。


あの人の面影をしっかり残した人が私で仕出し弁当を温めている。

その黒い服はなんだい?

ああ、そういうことか。なるほどねぇ。


……あの人が、ねぇ。


若い時にあんな偏った食事をするからだよ。全く。

ちょっと早すぎやしないかい?

いや、私が長すぎるだけか?


――


数ヶ月して、バタバタが収まったあたりでついに私もお釈迦になった。

時間も間違えるし、ちゃんと温められないし、なんなら時々意識も切れていた。

仕方ないさ。ここで終わりだ。家の片付けの中で色々と外に出されて長らく見ていなかった冷蔵庫君の上に置かれた。


「貴女も終わりか」

「そうだね。最初で最後に君と喋れてよかったよ」


お互いの黄ばみきった身体に陽の光が眩しい。


「……いいものだな」

「そうだねぇ」


随分と私は温めてきた。

暖められる、それも悪くない。


あの人もそうかもしれないな。




――かすれた銀ラベルが2枚、はらりと落ちた。

――色違いの電源コードが絡まっている。

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