【短編】女日記
善根 紅果
女日記
「三の十二」
女房は、黒の
並べた几帳の内、他の女房(侍女)たちは、黒と白の碁石が並ぶ盤を覗き込んでいる者、
「三の十三」
御簾の外に居る友則は数を言いながら、
御簾の内、女房は友則の言うままに白の碁石を打つ。それから黒い碁石を取り、碁盤を見つめる。そして、打ちながら言う。
「四の十二」
紀友則は、御簾の方を向くと、
「また負けてしまったな」
「あな、いみじ(マジヤバ)」
「いと、うつくし(めっちゃ、か~わ~い~い~)」
「あれで、
「
「あの人、私が
「それは
「
つつめく声(ひそひそ声)も、
「道真に
友則が、わざとがましく(わざとらしく)呼んだ「
顔のみを几帳の内に隠して、
女房ども(侍女ども)は、つつめくのも(ひそひそ声で言うのも)忘れて、はしたなく(みっともなく)声を上げる。
「あなたが、
「ただのやせ男(やせっぽち)かと」
「黙
「
「
「今は、女日記の続きが、
女房どもは、女日記の
「
「
どの男君が好みかと、女房どもは話し始める。
女房どもは
貫之は
「どうして、
小さな声で
「今まで、
「
貫之の答えに、友則は笑みこだる(爆笑する)。
「そうだな。ただのやせ男が、
友則は、
「『女日記』の次の
「――私が書いているのではありません……」
貫之は、
友則は、わざとがましく(わざとらしく)幽けき声で返す。
「
「言えません」
「女日記を、女が書いていると知れれば、
消え
「男を
貫之は
「家で
「手(
「同じ父に習いましたからね…」
貫之は、もう一度、長息を吐くと、向き直り、歩き出す。友則も付いて行く。
「女」と貫之が
「
その
「
「女房どもを騒がせていたのは、
道真は、貫之の方を向き、言う。
「いで(どうぞ)、
「
貫之は
「他に誰もいないのだから、くつろげ(
貫之に言ったのは、友則だ。道真は笑みて(苦笑して)、貫之に言う。
「友則の言う通り。くつろいでかまわない」
「
貫之は
道真は前を向き、文机の上の巻子を見下ろした。
「
「
「
たちまちに言い閉じる(即座に断言する)友則に、道真は言いわずらう(言い悩む)。
「
東宮大夫(
二十三歳でありながら、四十九歳の道真より
「いずれ、世をお
「
言いわずらう道真に、友則は言い放つ。
紀友則の言う通りだ。
しかし、菅原道真も、紀貫之も、口閉じたままでいる。
御簾の内、他に誰もいなくても、藤原氏を咎むことを言えないのだ。
「
貫之は他に言うことも思いつかず、両手で
「内御書所は、
「えっ」
道真の問いに、貫之は惑って、座り込む。
それを見て、友則は笑う。
「さがなき(意地悪な)言い方をするな、道真」
道真に言って、友則は貫之の方を向いた。
「作り物語を
「それはっ、」
「そんなことを聞くということは、道真、作り物語など読んでおるのか」
友則は、貫之の答えを聞かず、道真に向いて聞く。
「読んではいないが、女房ら(侍女たち)が読む声が聞こえる」
「それは『読んでいる』のと、同じだ」
「内御書所では、書いていません。作り物語は、家で、
言い
「内御書所に戻ります。
言って貫之は
「『
菅原道真の、伸び足らない薄い
紀友則は、数(巻数)を見ただけで、
道真に、友則は言う。
「
「――合わせよう。持って来るよ」
道真は出て行くと、しばしあって(しばらくして)、
二人は、文机を横に押しやり、置いた碁盤と向かい合う。
道真が白の碁石を取り、盤に打つ。
友則が黒の碁石を取り、盤に打つ。
道真は白の碁石を盤に打ちながら、言う。
「女房らが、君が碁が弱いと
「強い者が弱い者を、わざわざ負かして誇ることなどない」
友則は黒の碁石を打つ。道真は、友則を見やる。碁盤を見下ろす友則は、その
「遊びは、勝った方が楽しいではないか。女らも、勝って喜んでいただろう。――もう打ち手に詰まったか、道真」
友則が
友則は盤を見下ろし、黒の碁石を打つ。
「わざとがましく(わざとらしく)勝たせるのも、なかなかに難しいのだぞ。弱い者と打っても、楽しくないだろう。勝てるか負けるかの分け目で、負けてやらねばならない」
道真が白の碁石を打つ。友則は黒の碁石を打つ。
「
道真が、友則の
「何だ、
「
道真に言われて、友則は上げた両手を、
「
「そうではない」
紀友則は、菅原道真の言う「冠」が、
友則は、四十九歳になった今も、
「今の私ならば、君が望む
道真は言う。
「君の言う通りだ。
友則は
やわらかな指先が、道真の
「
言うと、友則は手を、道真の
吾が君――私の帝。
惟喬は帝になれなかった。
「道真の番だぞ」
「私は、
「貫之は、
「
三月の
友則は除目の夜は、そうやって飲み食らい、歌を求められれば、詠み、
「
御簾の内から、
「
時平は
「今までに などかは花の咲かずして
今までに どうして花が咲かないままで
四十年余りも
年切りをして(実が実らずに季節を終えて)いたのか
友則は時平に詠み返した。
「はるばるの数は忘れず ありながら
花を咲かぬ木を 何に
春の数は忘れることなくあったのに
花の咲かない木を 何に植えたのだろうか
「花」と詠みかけられて、わざとがましく(わざとらしく)「花の
時平は気付きもしない。
「木」は「紀」に、「花」は「
春の
忘れることなくあったのに
栄華を得られない紀氏は
何に飢えたのでしょうか
紀氏が何に飢えたのか。――紀氏の皇子・
貫之は腹立つ(怒った)。
「
――酔い痴れた貫之も、歌の
道真は、白の碁石を盤に打った。
「私が君に勝ったら、
「
友則は黒の碁石を盤に打つ。
――わざとがましく(わざとらしく)友則は、道真に負けることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます