"人間"と同じ姿で"人間"を喰らう怪物(俺)は、"人間"の女の子に恋をした。

駆け出し作家T

prologue ~それは少しだけ未来のお話~

"カノルス"防除任務発令

 ――仕事は難しくない。

 "コツ"は、殺す相手を人間だとは思わないことだ。


   ***


「はぁっ、はぁっ、くそがっ……くそっ、くそくそくそっ……くそがぁっ!」


 時刻は午後九時を回っていた。

 闇に沈んだ街の中。


 繁華街から少し離れた路地には街灯がなく、闇の中で光る自動販売機に羽虫が群がっていた。

 タンクトップ姿の男は、滝のような汗を流しながら、思い切り自動販売機を殴りつける。


 途端、集まっていた虫は散開し、羽音が薄くなった。

 ポタリ、と男の汗が地面を叩く音が路地に響く。


 男ははっとなって周囲を見渡して、息を潜めた。

 ……しばらくそうしてから、人の気配がないことに安堵する。


「……どうする? 顔は割れた。名前もだ」


 闇夜からの襲来。

 弁明も聞かない無差別な暴力。


 ――そのやり口は、まるで人間ではなく"俺たち"のようだ。


「……いや、何を言っている。落ち着け。冷静になれ。顔は、顔はどうとでもなる。そうだろ? 整形でもなんでもすりゃあそれで良い。名前だってそうだ。これまで通り、どうせ身分証なんて持っちゃいねぇ。今は、今は……」

「とりあえず逃げおおせれば満点――ってとこかな?」


 ――戦慄。

 男は咄嗟に身を屈め、前方に向かって飛び……首を後ろへ向けた。


 先ほどまで男が立っていた場所を通過する、深紅の刃。

 男はそのまま地面を転がるように逃げて、追跡者と距離を取って向かい合った。


「あっ、ぶねぇ! はぁっ、はぁっ、くっ……」


 咄嗟に身を案じる言葉を吐き出した男は、受け身を取りながら、息を整えながら……怪しく光る、仰々しい見た目をした刀身を構える男を視界に入れた。


「勘が良いな」

「ちっ。糞"委員会"野郎がっ!」


 追跡者の声は、落ち着いた物腰を感じさせる男のものだった。

 声色から漂う若さと、反して冷静な口調。


 灰色のスラックスに白いワイシャツという出で立ちが、あどけなさの残る顔の印象を大人びたものへ変えている。


 清潔感のある外見の中、研がれた黒目だけがやけに目立ち、その腕には――外見に凡そ似合わない武器。

 巨大な口径の、"リボルバーのようなチャンバー"と"引き金"が鍔の付近に装着された、片刃の剣。


 委員会所属の"執行官"が持つとされるそれを、彼らは"死神の鎌"と呼んでいた。


「こちら谷村。対象を捕捉した。……ええ。カメラに残っていた男で間違いありません。――これより、"防除"に入ります」

「う、……くそがぁぁぁっっっ!」


 インカム越しに話す青年を見て、男は「今しかない」と、身体を動かしていた。


 ――男は確かに"擬態種"だが、しかし"持っていない"

 委員会所属の人間に対して、優位性を保ったまま戦うことはおよそできないだろう。


 しかし、"擬態種"は人間に非ず。

 地球上に存在するどんな生物よりも高い身体能力は全て、日常的な"狩り"とこういった危機的状況を打破する為にある。


 青年の身体をめがけて、間髪入れず繰り出されたミドルキック。


 どちらにせよ手練れの"委員会"に距離を詰められた以上、逃げ果せることなど不可能に近い。

 であれば、見るからに歳が若く、男よりずっと体躯の小さな青年と交戦するという選択をすることは、何も不思議なことでなかった。


 惜しく思うとすれば、それは――。

 男が"特別"であるように、その青年もまた"特別"であったということだ。


「――っ」

「……お前、子どもを"喰った"ろ」

「は? てめ、何を――」


 不意の一撃は、青年が身を翻した事によって難なく躱され――。

 体勢を崩した男の眼前には、すでに振り抜かれた刃が迫っていた。


「殺すには、それだけの理由で十分だ」


   ***


 ――ガチャコン、と金属の擦れる大きな音が響く。

 それは谷村悠一が"武器"に付いた引き金を引いた合図。


 巨大な回転式チャンバーが回り、薬莢が宙を舞って地面に転がった。


 その瞬間、悠一の武器に纏わりつく翠玉色の液体が月の光を反射する。


 悠一が刀を振るうと、残像のようにその液体が踊り――タンクトップの男の、肩口から脇腹までを撫でるように斬り裂いた。


「このっ、やろ……!」


 咄嗟の判断で後ろに飛び、致命傷を免れた男はうめき声を上げながら体勢を立て直す。そして、無残にも攻撃を受けた身体を見つめ……赤黒い血液に混じる翠玉色の液体を見て、顔をこわばらせた。


「て、め……これは、これはっ……! これはぁぁぁっっっ!」

「…………」


 悠一は答えない。

 一方で男は滝のような冷や汗をかき、わなわなと身体を震わせる。


「くそがっ、くそがくそがくそがくそがくそがぁっっっ!!! どうして、どうしてどうしてどうして、どうしてっっっ! お、俺が……何をしたってんだよ!」


 斬り裂かれた衣服の隙間から見える傷口。

 しかし、まるでそれ自体が意思を持っているかのように動き――瞬く間に"癒着"した。


 生物学上、決してあり得ないほどの、超高速治癒。

 どれだけの深手を負おうと、彼らは一瞬のうちに、その傷をなかったことにする。


 これこそが、人類に仇なす脅威が手にした、最強の力。


 ――例えば、超威力のミサイルがこの現場に向かって射出されたとして。


 爆風によって半径一千五百メートルを焼き尽くすほどの破壊力を持ってすれば、彼らを殺すことも不可能ではないかもしれない。

 しかし現実問題、人が多く居住する市街地の中に潜む外敵に対しそれを行うことはできない。

 加えて、爆心地でもない限りは"肉片"が残ってしまう。


 欠片でも身体の一部が残ってしまえば、彼らは容易に再生する。

 "そうなった"時、今よりも状況が悪くなる可能性を孕んでさえいた。

 人間を殺す為のやり方を使っては、彼らを消滅させるという目標は達成し得ない。


 ――しかし、


「……へへ、へへへ! こ、こうなりゃてめぇも道連れにしてやるっ……! てめぇの目ん玉、脳みそ、贓物、全部全部喰らって、それから、オレは――」


 ――ガン、ガゥン。


 二発の銃声が、宵闇に轟く。

 悠一は軽く目を見開き、闇夜の奥から顔をのぞかせた女性を見やった。


「さっさと片付けろよ。まだぴんぴんしてやがったぜ。お前さ……"抗体"の付着、甘かったんじゃねぇか?」


 DCB(Dlug-Coated Ballet:薬剤皮膜銃弾)。

 執行官が持つ拳銃に搭載される"抗体"が付属したその弾丸は、擬態種にとって逃れようのない死そのもの。


 そしてそんな死を無感情に運んだ女性。

 それは悠一と同じく、まさしく"死神"である。


「……あまり使いすぎると、始末書ですよ」

「なに。現場の記録はあるんだ。問題ないさ」

「あが、――」


 悠一と女性がそんな会話を繰り広げる中、二人に挟まれる形となった男の身体に刻まれた二つの銃痕から、灰色の煙が立ち昇り、雲に混じる。


「があああぁぁぁぁっっっ、て、めぇぇぇっっっらああぁぁぁっっっっ、こ、これああがっ。ががががががっっっ!!!!!!!!!」


 男は大地に這いつくばったままのたうち回り、エビ反りのような姿勢を幾度となく取って空を仰ぐ。

 肺が破れそうなほどの絶叫を繰り返し。


 やがて――物言わぬ躯となった。


「…………」


 悠一は無言のままホルスターから拳銃を出して構え、銃口を死骸に向けた。

 二分、三分とそのままの姿勢を崩さず、まばたきすらも行わないまま経過し……やがて、武器をおろして息を吐く。


 安全装置を作動させた拳銃をホルスターに収納し、握りしめていた刀を地面に向かって振るう。


 びしゃ、と付着していた血と"抗体"が払われた刃を、専用器具を使って腰に付けた。


「"仲間"を屠るのは、まだ気が引けるのか?」

「……いえ、もう、大分慣れましたから」


 聞こえてきた声に、悠一は死体から距離を取って頭を振る。

 男勝りで、ハスキーな女性の声。それから、小さな金属音。

 悠一のすぐ傍にまで、その女性は迫っていた。


「おいおい、なんて目つきだ。睨むなよ」

「……言って良い冗談と、悪い冗談があると思っただけです。不快に感じた想いを口にしなかっただけ、マシと思えませんか?」

「師匠件、育ての親に対する憎まれ口"だけ"は相変わらずだな、この弟子は」


 振り向いた悠一の視界に、宝石と見紛うほど透き通った真紅の瞳が飛び込んだ。

 肩口で雑に切り揃えたプラチナブロンドの髪を振り回し、女性は口の端をつり上げる。


「……僕の仕事は、信用できなかったですか?」

「なに、監督官の役目だ。オレたちの仕事はあくまで擬態種の防除であって、お前に全てをやらせることじゃない。手段と目的をはき違えない様を見せただけだよ」


 白いファーのついた、黒のロングコートを靡かせる彼女は灰音夏樹。

 先程から彼女が歩く度に聞こえていた金属音は、彼女が腰にぶら下げた刀の、柄頭に紐で括り付けられた鈴の鳴る音だ。


 彼女が歩くたびに、その鈴は可憐に音を鳴らす


 まるでそれは彼女の足音のであるかのように、ちりん、ちりんと甲高い音を響かせる。


 夏樹は瞳孔を開き、よだれを垂れ流す死体を強く蹴飛ばした。


「死んでるか」

「間違いなく」

「ならどうだ? もし、こいつが"具象化"を持っていたとして。あまつさえ、"具現化"してたとして……お前一人でどうにかできたと思うか?」

「分かりません。程度によると思います」

「かぁ、殊勝なオレと違って、可愛くねぇ野郎だなぁ、この」


 夏樹は悠一の頭に手をやって、思い切り撫で回した。

 その顔には満面の笑み。

 悠一は特に振り払うこともせず、されるがまま。


「だったら、師匠はどうなですか」

「オレか? てめぇ、オレがこんなちんけな擬態種にどうにかされると思ってんのか?」

「……いえ」


 悠一は少しだけそんな未来もあるものかと想像して――首を振る。


 あるはずがない。


 こと相手が擬態種であるとして、彼の師匠が負ける姿など、それは亀毛兎角の作り話にもならない。


『――官』

「ん? なんだ?」


 そこで夏樹は悠一の頭から手を離し、「はいはいっと」なんて言いながら、コートのポケットからインカムを取り出して装着した。

 そんな上官をジト目で見つめながら、悠一は乱れた髪を直す。


「さっきからずっと、師匠を呼んでいましたよ」

『灰音執行官、状況報告が一切ないのだが?』

「おう。いつものことじゃねぇか。『現場は緊迫してた。お前らに逐一「今どういう状況です」なんて報告する余裕なんざ、一ミリだってねぇ』……ってこった。通信状態にはあったんだから、仕事は終わったって分かるはずだろ? 防除は完遂。悠一が良くやってくれたよ」


 自信満々にほくそ笑む師匠の顔とは裏腹に、悠一にも共通して聞こえるインカム越しの声は、煮えたぎる怒りを隠そうともしない様子だった。


『本日の防除対象は"持っていない"と、予め判明していた。だからこそ、谷村執行官に一人で業務遂行させると言い出したキミの理屈も分かる』

「だろぉ?」

『しかし、なればこそ、状況報告を欠かしてほしくはなかった。それに、とどめを刺したのはキミだ。谷村執行官が一つ、キミが二つ。計三つの弾丸使用は、"持っていない"擬態種に対して、些か過度に思えるが?』

「か~。重箱の隅をつつくような経費管理、ご苦労様です。……だが、オレたち執行官には長年の"勘"がある。あそこでオレがとどめを刺すことがベストだと判断した。ただそれだけのことだ。たかが一発十数万の弾丸に対して、シビアすぎんだよ」

『だから報告もしなかった――と?』

「オレは監督官の役目をしっかりと遂行したまでだ。危なくなったら手を出さざるを得ない。よって、気を抜く暇などない。……ほら? やっぱり報告をする余裕なんてねぇよ」

『――はぁ……』


 通話口の向こうに居た"管制官"の女性から、重めのため息がこれ見よがしに吐き出されたが、夏樹は一切気にした様子を見せずに「それじゃあ切るぞ」と言った。


『おい待て。話はまだ――』


 装着したインカムを外して、夏樹は適当な動作で通話を打ち切った。

 "解剖学的現生人類擬態種保尊委員会"――通称"擬態種委員会"は、警察に並ぶ行政機関であり、"執行官"たちは皆、れっきとした公務員でもある。


 報告・連絡・相談を何よりも遵守する彼らの中で、夏樹は異質な存在だった。


 破天荒で掟破り。

 自由気ままに仕事をして、ルールや規律など何処吹く風。

 仲間内で、彼女をリバタリアン……完全自由主義であると揶揄する声すらもある。


 俗に"エース"と呼ばれる程の華々しい活躍を見せる執行官でなかったとすれば、すでに無職になっていてもおかしくない。


 灰音夏樹とは、そんな存在だった。


『谷村執行官』


 そこで、悠一の装着したインカム越しに、管制官からの声が届いた。

 お師匠様に言っても無駄だと判断してのことらしい。


「はい」

『どうにかならないか? キミのお師匠様は』

「無理です」

『即答だな。いっそ清々しいよ』


 そんな会話など知らぬ様子で、夏樹はお気に入りの缶コーヒーを嗜んでいた。

 鼻歌を軽く歌い、いたくご機嫌である。


『まあ良い。防除は問題なく完了した。間違いないな』

「はい。"抗体"を塗布した刀を一振りと、DCBは二発。具現化に至らず、現場は終了致しました」

『了解した。キミも、お師匠様にならって"コーヒーブレイク"といくか?』

「いえ――」


 冗談交じりの声を聞きながら、悠一の視線は遠くで甘いカフェオレを飲む夏樹に向けられた。


 ――成人して二回目の誕生日を迎えた悠一が、委員会所属の執行官となって、明日で丸一年になる。

 その間、悠一は常に夏樹の背中を見て……そして、追いかけてきた。


 執行官としてのイロハからプライベートに至るまで、その全てを模倣してきたと言って過言ない。


 管制官のジョークは、そんな悠一の行動を揶揄したものである。


『……谷村執行官。キミからも言ってくれないか?』

「はい? 何が、でしょうか」

『キミの敬愛すべき"お師匠様に"だよ。彼女だけは他の執行官と違い、弾倉のない"むき身の日本刀"を使う。留めに拳銃を使うのは分かるが、経費削減の為に彼女にも抗体を刃に塗り、それ自体がトドメの一撃となるように戦ってほしいんだ』

「それは――無理、ですかね。こだわりがあるみたいなので」

『だろうな』


 夏樹は近接武器をあくまで補助手段と捉え、最終的にはDCBによる決着をつける戦い方を好む。

 近接武器か、あるいは拳銃か……どちらか一辺倒に偏る傾向がある執行官の中で、彼女は剣と銃の二刀流を謳い、成果を上げてきた。


 しかし、管制官の指摘はもっともなものだ。

 刃自体にも抗体を使い、その上で二刀流をすればいい。

 ある種"怠慢"とも取られかねない戦い方。


 されど、夏樹の実力は折り紙付きで実績もある。

 誰も、こと戦いにおいて彼女に意見できる者はいない。


『……まあいい。任務は滞りなく遂行できているのだからな』

「はい。すみません」

『だから、良いと言っている。……それで? 死体の回収に向かわせるから、状況を伝えてくれ』

「……はい。対象の肉体には銃創以外の欠損、見当たりません――」


 それから数分かけての状況説明が悠一の口から行われた。

 本来それを行うはずだった彼のお師匠様は、鼻歌を鳴らしながら夜空に昇った満月を見つめている。


『了解した。……それより、だ。実は――』


 管制が告げる声に、悠一は耳を傾ける。

 努めて冷静に、事態を呑み込む。


 動揺はない。

 あるはずもない。


 ――すべて、分かり切っていたことだ。


『――証拠十分。委員会本部からの承認を得た。よって、たった今から"カノルス"防除任務を発令する』

「はい、分かりました」

「どうした? 何かあったか?」


 背後から聞こえた師の問いかけに、悠一は振り返った。

 小さく、悠一の口が動く。


「新しい指令です。都内にて新たな犠牲者が発見されました。追跡は出来ているので、すぐにでも防除に迎え、とのことです」

「はは、次から次へと……まじで、ここ数年で物騒な国になったものだぜ」


 快活に笑う夏樹の声が、夜の闇に溶けて、都心に響く。

 夏樹は刀を引き抜くと、肩に峰を乗せ、にやりと笑った。


「"狩り"の時間だ」

「ええ……」


 暗い顔で俯いた悠一に、夏樹は背中越しに言った。


「お前さ」

「はい?」

「オレが最初に教えたこと、まだ覚えているか?」

「……忘れるわけ、ありませんよ」


 悠一もまた刀の柄に触れ、強く握りしめる。

 二人が出会ったのは、もう、五年も昔。


 悠一がまだ、高校生の頃にまで遡る。


 そこは、九州の片田舎。悠一の地元にあった小さな公園で――。


 夏樹は、悠一に一つの教えを説いた。


 その教えは悠一の中で、今も深く根付いている。

 これまでも、そしてこれからも。


 それこそ――今から担当する任務にあたっても、忘れてはいけない教訓。

 師から受けた始まりの言葉を思い返し、悠一は小さく呟いた。


「油断をするな。奴らは、何処にでも現れる。……自分自身すらも、疑ってかかるんだ」


   ***


 西暦が二千年を過ぎてしばらく、世界はかつてない混沌に支配された。


 突如として現れた、人間の形をして人間を喰らう新生物の存在は、平和な世に安穏と暮らしていた彼らに恐怖という感情を想起させるには十分で……混乱は動乱を生み、生態系の頂点に君臨していたはずの人間は、ついに捕食される立場となったことを知った。


 世界各国はそれぞれ、外敵に対抗する手段として、専門の機関を設立。


 憲法第九条において戦力の不保持を明記した日本国も例外ではなく、国民を捕食から守るという名目の元、解剖学的現生人類擬態種保尊委員会が組織された。


 しかし、他のどんな生物も持たない超再生能力の前には、あらゆる武装兵器が意味を為さず、事情を重く見た重鎮たちの中には人類の滅亡さえ危惧する者も少なくなかった。


 そんな人類側の歴史に、一人の天才が顔を現した。


 研究者――故人・灰根忠彦(はいねただひこ)博士。彼が独自研究した"抗体"と呼ばれる薬品の登場である。


 "抗体"には、『外敵』が持つ再生能力を阻害する効果が立証され、またたく間に対抗手段として普及した。

 人類は、戦う為の手段を得た。『外敵』の登場から、僅か一年後のことだった。

 そして人類は再び、生態系の頂点にまで、その地位を戻すことに成功する。


 とはいえ、奴らがいなくなったわけではない。


 人間社会に溶け込み、捕食を続ける彼らは未だ多く存在すると言われ……この頃には、そんな彼らに対する呼称も世の中に広く浸透していた。


 これまで知人だったはずの相手が豹変し、襲ってくる。

 そんな疑心暗鬼の時代に生まれた言葉が、長い時の中で定着する。

 我ら人類は、彼らをこう呼んだ。


 Mimesis――擬態種であると。

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