きっと明日が来ないなら
マッチゃ
死にたがり
今日が僕の何回目かの最終演目だ。
次に朝日が街を照らすころにはきっともう僕はここにはいない。
たぶん僕には来ない明日も何事もないように過ぎていくんだろう。
そんなことを考えながら寂しいブレーキ音を鳴かせながら止まった灰色の電車に乗り込んだ。
移ろいゆく車窓の無機質な景色は70年代の陳腐なB級映画を連想させた。
この国では高い自殺者数をなんとか誤魔化すために公的な安楽死場が設置された。そこで手続きを踏んで死ねば自殺者数には含まれない。
バブルの時代はとうに終わり、下がり続ける収入に、上がり続ける社会保険料。
街は死にたがりの群れで溢れかえっていた。
むろん、僕もその中の1人だ。
テレビでは今朝も自殺者数の減少を胡散臭い政治家が誇らしげに語って自らの政策の自慢大会を開催していた。
きっとこの世界に救世主がいるのなら、彼のような辛い人を救うのではなく楽にしてくれる人だろうなとか考えていると、電車は僕の目的地に到着したようだった。
ホームに降りると僕はいつもの待ち合わせ場所であるカフェに向かった。
僕がカフェに着いてから3分ほど待っていると手を振りながら彼女が歩いて来た。
不思議なことにこんな薄暗い人間にも付き合ってる人がいる。
もちろん健全な仲ではない。2人の死にたがりが生きるために共依存しているだけだ。おそらく彼女のほうも最初から同じ感覚だったんだろう。これは僕の経験論だが、一目で悪いやつかどうか見分ける術はないが、一目で自分と同類かどうかは意外と分かるものなんだ。
今日は2人で最期のデートだ。
「疲れちゃったね。」と君が言う。
「今日で最後だよ。」と僕は言う。
飲み物を頼んで休みつつ今日のプランを確認したら、僕たちは色のない街へ繰り出した。
人気のない遊園地。明かりのない飲み屋街。もはや廃墟のようや街を僕らは楽しげに回った。
楽しい音楽も、ロマンチックな夜景も僕たちには不要だった。
「この街は私達みたいだね。人生の最盛期は産まれた瞬間で、そこから腐り続けた人生。誰にも必要とされてない。かと言って邪魔者扱いされるわけでもない。ただ、そこにあるだけ。」
彼女の言いたいことは痛いくらい理解できた。僕も同じ事を思っていたから。
「でも、この街はずっと僕らのそばに居てくれる。どんな優れた応援歌だって、元気づけられるのは一瞬だけだ。この街は僕達を慰めてはくれない。でも、いつも寄り添ってくれてる。それだけで充分心強い何かがある。」
いつの間にやら日は傾いていて、僕らの最期の時間が近づいてきていた。
2人で肩を寄せ合いながらゆっくりと安楽死場へ歩いていく。
明日なんて来なければいいのに、未来なんて消えてしまえばいいのになんて何度も思った。明日を恨んだ。未来を呪った。
それでも今日まで2人で生きてきた。
それはいつでも2人で明日をなくすことができるからだ。
この世は苦痛で満ちている。しかし、死という救済もまた存在している。
もし明日が苦痛なら明日人生を辞める事ができる。
これ以上の慰めは僕たちにはなかった。
死がすぐ側にあったから僕たちは明日を生きていける。天邪鬼な神様が作った世界で1番天邪鬼な幸せ者が僕達だ。
「やっぱり、君の体温をまだ感じていたいな。…明日からも。」と彼女が言う。
「"また"日程の組み直しですか?」
と安楽死場の係のひとが呆れ顔で聞いてくる。
それに負けないくらいふざけた笑顔で彼女が聞いた。
「ねぇ、次はいつ死のっか?」
きっと明日が来ないなら マッチゃ @mattya352
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます