第25話 ズッコケ三人組の旅立ち

ズンッ、と刃物同士がぶつかったとは思えないような重低音が鳴り響く。


初撃の力比べは互角——否、僅かに女の方が優勢だった。


「軽いね?」


「いや、ただ君が重いだけ——おっと失礼」


「……」


無言で更に力を込め、アストガルムの剣を弾き飛ばす。

そして、その首へダガーを叩き込——


「へえ、結構感情的なんだね」


致命の一撃の軌道上に出現した白い袋。

ダガーに容易く掻き切られたそれは、パンッという軽い音と共に大量の白い煙を吐き出した。


「……チッ」


僅かに動揺しながらもダガーを振り抜いた女は、何の手応えも感じなかったことに舌を打ちながら、気配を感じる右斜め前方に牽制代わりに足元の石を蹴り飛ばして——


「ほら、後ろがお留守だよ」


ふと、背後から声がした。


「っ!?」


咄嗟に右手のダガーを背後に振ろうとした女は、顔色を変えて直上に跳躍する。

その真下を、左側から静かに飛来した矢が高速で通り過ぎていった。



「……ボウガン?」



増援が潜んでいたのか、と眉を顰めつつ空中で視線を巡らせ、木々の合間に月明かりから隠されるように設置された機械仕掛けの弓を発見する。

まさか、と更に険しい表情になった女に、アストガルムはニッコリと笑いかけながら煙の中に姿を消した。



「いい反応だ。想定内だけど」



足場が存在しない空中に追い込まれた女に、全方位から矢が襲いかかる。

明らかに先ほどより遅く、威力の落ちた生け捕り目的の攻撃それを避ける手段の無い女は、一つため息をつき、嘲笑を浮かべた。



「舐めすぎ」



紅閃が迸り、全ての矢が斬られ、弾かれる。

そして、着地点にいつの間にか仕掛けられていた追加の白い袋を、破らないように足先ですくい上げて離れた場所へ蹴り飛ばした女は、紅色に明滅しはじめたダガーを構えて周囲の気配を——



「うん、油断しすぎだね」



両方のダガーが断ち切られた。

いつの間にか正面に立ち、いつの間にか回収していた剣でダガーを一刀両断したアストガルムは、ついでに女の左手首に白い手錠の片側だけをかけると、茶化すように女の顔を覗き込む。



「大人しく投降してくれると助かるんだけど?」



「ふざ……けるなっ!」



「だよねー」



飄々とした様子で手錠から手を離し、女の蹴りを躱しながらアストガルムは肩をすくめた。



「君さ、こういう戦い方をされた経験が無いでしょ」



武器と武器が向かい合うとき、その一連の流れが『戦い』と呼べるようなものにすらならない事例がいくつかある。

それは、相手との力量差がありすぎるときだったり、相手にそもそも戦意が無いときだったり……あるいは



「君みたいな正面からぶつからないと本気を出せない手合い脳筋は、ちょっとした搦手からめてを準備しておくと周囲ばかりを気にして戦いに集中できなくなる。時間が十分あったから一応仕込んでおいたけど、無駄にならなくて良かったよ」



相手が既に戦場を完全に支配しているときだったり。


高台にいる百発百中の弓の名手相手に、地雷だらけで遮蔽物がなく、更に五百メートル以上離された場所から剣一本で立ち向かおうとするようなものだ。

女がアストガルムに追いつかれたことに自分で気づくことができなかった時点で、勝敗は決まっていたのだ。



「……ロックウォール」



その事実を悟った女の判断は素早かった。


正面に岩の目隠しを作り出し、アストガルムから姿を隠す。

即座に壁は破壊されるが、それを気にもとめずに女が目指すのは、先ほど蹴り飛ばした白い袋だ。



「あ」


「ばいばい」



白い袋が切り飛ばされ、辺りを白い煙が覆い尽くす。



「これ、嫌な感じがするから返すね」



女は全力でアストガルムとは反対の方向に跳び退きながら、ついでに妙な魔力を感じるこの手錠を破壊して突き返してやろうと、刃の部分が再生したダガーを叩き込み、白い結界に弾かれる。

ならばと腕ごと切り落とそうとして——またも結界に弾かれた。 



「!?」


「その手錠は特別製でね」



驚愕で一瞬硬直した女に急接近してダガーを再度破壊し、剣の腹で手を弾いてその柄も取り落とさせる。



「それで拘束された人が自分で腕を切り落としたり、手の関節を外したりしてどこかに逃げるのを防ぐために、拘束された人自身を保護する結界がかけられるようになっている。まあ手錠をかけた僕だけは君に攻撃できるんだけど」



足を払って襟を掴み地に伏せさせ、両手を背中側で固定し、女の右手にも手錠をかけたアストガルムは、得意げに微笑を浮かべた。



「昔、やけくそで悪徳貴族ばかりを殺してまわっていた暗殺者がいてね。そいつを捕まえるために先輩に作ってもらったんだ。……ちなみにこの手錠、奥歯に仕込まれた毒も飲めないようにするから、覚悟とか決めちゃっても無駄だよ?」



全力で奥歯を食いしばっているせいか、若干顔が痙攣している女を笑顔のままほんのり煽るアストガルム。

そうこうしている内に、周囲の煙も薄れてきた。

たとえここから何らかの方法で拘束を振り切ったとしても、もう騎士団長の追跡を振り切ることはできないだろう。


早い話、詰みである。



「うるさい!離れろ!」


「うーん……しょうがない、少し眠っていてもらうよ」



それでもなお暴れようとする往生際の悪い女に、アストガルムは容赦なく手刀を叩き込んだ。


「——」


女が気絶したことを確認したアストガルムは、念のために女の足にも拘束具をとりつけ、近くの丈夫そうな木に縛りつける。


そうして一先ず逃げられる可能性を排除し、またも刃が復活していた謎のダガーを回収したアストガルムは、一度女が野営をしていた場所に戻ってきた。



「……さて、これは何だろうね?」



視線の先にあるのは、少し前に女が眺めていた袋だ。



「もしかして、エリックに吸い取られてた分のツキがまわってきたのかな?」



見覚えのあるその袋のサイズ感からとある可能性に思い至り、口角を僅かに持ち上げる。

しかし、ふと何か嫌な事に気づいたのか、笑みを消して顰めっ面を浮かべた。



「あれ、これもし本当に当たってたら、連れて帰るとややこしい事になるんじゃ……?いや、まだ決まったわけじゃないし……」



そう自分に言い聞かせながら、恐る恐る袋の口の紐を解いたアストガルムは、ゆっくりと中身を覗き込み……



「…………うん、エリックに押し付けよう。アイツの業務範囲だし」



信頼できる友に丸投げすることに決めたのだった。





◇◇◇





「それじゃあ、『僕』はまた?」


「眠ったよ。あの調子だと、またしばらく寝たきりだろうねぇ」


「そうですか。できれば能力の検証とかしておきたかったんですけど……」


「諦めな。あの子の辛さはアンタが一番知っているんだろう?」



大量の魔物の襲撃、降伏派の制圧、一連の事件の首謀者の捕縛。

それら全ての騒動が無事に収まってから三日経っていた。

城下町や城に広がっていたささやかな祝勝ムードも収まり、人々は戦争が終わっていないという現実に目を向けて、己のすべき事に取り掛かり始めている頃だ。


そんな中で、サトルは城のとある一室でメレーヌと向かい合っていた。



「それにしても、記憶を共有できるってのは、またとんでもない力だねぇ」



サトルと聡は、実はこの一連の騒動の中でひっそりと、一つの能力を手に入れていた。

それが、サトルと聡の記憶を共有できる能力。

まだ詳しい条件が分かっていないものの、迅速かつ正確に遠隔からでも情報を共有できるこの能力のおかげで、意識が戻ったばかりの聡は正確に状況を把握し、王女を説得することができたのだ。



「まだ共有できるタイミングというか、条件がよく分からないんですけどね。あとあまり使いすぎると少し困ったことになりますし」


「あの子から聞いたよ。何度か気絶したんだってね?」


「はい」



その言葉に頷くサトル。


聡が意識を取り戻した時に初めてこの能力の存在に気づいたのだが、その時は能力が強制発動させられたことで混乱していたこともあり、散々な目にあったのだ。

聡には今までのサトルの記憶が、サトルには聡が感じる全身の激痛やら酩酊感やらが一気に際限なく流れ込んだことで、二人揃って脳が処理落ちしたかのように気絶したのである。


そしてその後、何度か交互に気絶したものの、相手に記憶を送る感覚に慣れたことで、なんとか気絶しない程度には能力を扱えるようになったのだ。


「便利だけど、随分と危なっかしいねぇ」


「同感です。今の使い方がそもそも裏技みたいなものっぽいので、正直あまり使いたくないんですよね。変な落とし穴とかありそうで」


おそらくだが、この能力はサトルに『聡が気を失う直前までの記憶』をインストールするためのケーブルのようなものが基となっているものなのだろう。

分身エリックと本物エリックは記憶の共有ができないらしく、なぜそのケーブルがサトルと聡にだけ残されていたのか分からないのも不気味なところである。


「でも、いざって時は躊躇うんじゃないよ。使えるものは全部使って、生き延びることが大事さね。特に、これからはね」


「……ご存知でしたか」


「トーマスから聞いたよ。にしても……万能薬エリクサーの材料、『白仙花』を探しに旅に出る〜なんて聞いた時は、何の冗談かと思ったよ」


万能薬エリクサー

地球でも様々な創作物に登場する薬で、飲めば生きてさえいればどんな病気や怪我も全快させるというとんでもない代物だ。

ファンタジーなこの世界になら似たものが実在しているかと思ったのだが、その存在を仄めかす伝承のようなものはあるものの、現物は今のところ確認されていないらしい。


「……まあ何より、それに賭けるしか無いってのが一番気に食わないんだけどねぇ」


「……やっぱり厳しそうですか?」


「厳しいなんてものじゃない。あれはダメだ。私らみたいな人の子がどうこうできるような代物じゃないよ」


今の聡は、生命力をむりやり魔力に変換したことで全身の筋肉が急激に衰え、神経系もあちこちが狂いまくっている状態だ。


ただ、実はそこまではいいのだ。

その状態になった前例ならいくつかあり、リハビリをこなせば後遺症なく全快することも確認されている。

そのため本来なら、目が覚めた後にエリックのスパルタトレーニング放り込むだけで済む話だったのだ。


しかし、そうもいかない事情が浮上していたのである。


「不変の呪い、でしたっけ。そんなにヤバいんですか?」


「普通なら簡単に解呪できるんだよ。でも、あの子にかかっている呪いはとびっきり強くてねぇ……」


不変の呪いとは、身体の状態を固定し、回復も悪化もさせないようにする呪法だ。

医療現場で扱われることが多く、半日経てば自然に解けるほど緩い呪いであるため、本来ならどう転んでも解呪できるはずだったのだが……聡にかけられているものは、どうやっても解ける兆候すら見られないのだ。


当初はサトルの応急処置に関わった医者達がかけた不変の呪いが変異したのかと疑われていたが、医者達の呪いはまた別で存在しており、あっさり解けてしまったため、原因の目星もほとんど無くなってしまった。

結果、現状は聡が発動したという『謎の黒い魔法陣』について調査をしつつ、経過観察のみ行なっている。


という説明を一通り聞き終わったサトルは、軽くため息をついた。


「……ぶっちゃけ、万能薬を探しに行くっていうのは、僕たちが死なないためにこの国から出るための建前半分だったんですけどね」


「ああ、そういえば分身は本体を直視すると死ぬんだって?」


「はい。トーマスさんの分身が身を挺して教えてくれて……」


それが判明したのは、エリックとアストガルムのギスギスしたやりとりがサトルの仲介で収まった直後だった。


さあ作戦会議を始めよう、とサトルが部屋を見回した時に、本物トーマスが登場した辺りから誰からも注意を払われていなかった分身トーマスが、静かに部屋の隅でドロドロに溶けていたのを発見したのだ。


「……めちゃくちゃグロかったです」


「そうかい。まあ少なくともそんな死に方は避けれるんだから、気楽な旅は諦めな」


「いやまあ薬を探すのに不満があるわけじゃ無いんですけど……期限、ありますよね?いつですか?」


「そういう計算は文官達の担当なんだけどねぇ……聞いた話だと、二年ちょっとが限界らしいね」


「……かなり厳しいですね」


二年。

今の人類の余力と、激化傾向にある魔王軍の攻勢を加味した上で弾き出された、人類が魔王へ挑むまでに許された猶予である。

それまでに、まだ色々と未知数であるものの、切り札になるかもしれない聡を万全の状態にしておきたいというのが、国側の意向なのだ。


「分かりました。なんとか見つけてみます」


「こっちでも他に手がないか探しておくよ。じゃあとりあえず、アンタらが外に出る許可をぶん取ってくればいいんだね?」


「はい。よろしくお願いします」


「任せときな。こう見えて上との交渉は得意なんだよ」


「……でしょうね」


気の弱い店長をなんやかんやでこき使うバイトのおばさまのような雰囲気を普段から漂わせているメレーヌの思わぬ言葉に、つい苦笑するサトル。


団長の二人ではなく、あえてメレーヌに頼んだのは正解だったようだと安心しながら、やる気満々で部屋を去っていく頼もしい背中を見送るのだった。




◇◇◇




翌日



「意外と簡単に出れましたね」


数人の知り合いに見送られながら門を出たサトルとエリックは、市壁の周囲をぶらぶらと歩いていた。



「まあ俺らは別に悪いことしてねぇってのもあるんだろうが……ババァもあっさり許可が出たって首傾げてたし、妙なんだよな」



絶対何かあるだろ、と顔を顰めるエリック。

先の活躍とこれからの旅の目的を加味して今回のような処分になったらしいが、それにしては甘いと言わざるを得ない。


なにせ、褒賞と称して二年は豪遊できそうなほどの旅費と、悪路でも軽々と踏破できる蜥蜴車・・・とその御者まで用意してもらったのだ。

褒賞の額や、馬車ではなく高価な蜥蜴車を与えられたのはメレーヌに交渉を任せた結果のような気もするが、それを抜きに考えても厚遇すぎて逆に怖い。


あてがわれる御者がラルトのような諜報担当の騎士だった、というオチならまだいいのだが……それにしては、サトル達を見送る時のアストガルムの満面の笑顔が意味深すぎたのだ。


何が待ち受けているのだろうと、若干警戒しながら蜥蜴車が待っている場所までやって来た二人。

出迎えたのは、白いローブのフードを深くかぶり、顔を隠した謎の人物だった。


分厚いローブで全身を隠しているため、性別すら判別できないその人物は、サトル達に向かって軽く頭を下げる。



「お待ちしておりました、お客様方。どうぞお乗りください」


「……ん?」



女性だ。それはいい。

だが、正体を隠そうとするかのように低く出された声の声質にものすごく聞き覚えがあるのだ。


自分の勘違いかとエリックの方を振り返ると、サトルの突飛な考えを補強するかのように頭を抱えている。


確定だ。


「あんの野郎……報告くらいしろよ……」


「お客様方、どうかいたしましたか?」


「えっと……王女様、ですよね?」


「……」


サトルの問いかけに無言で答える暫定王女。


「というか、もしかしなくても王女様の分身ですよね?」


「……」



敵が王女の中に入ることができていたということから、王女の分身が作られているだろうことは作戦会議の時点で推測されており、問題は敵がその分身をどこに隠しているかだった。


街で王女様を見かけた、などという目撃情報が無かったため、分身を何らかの理由で処分していた可能性もあった。

しかし、もし敵が王女の写し身と国民の中に紛れ潜む降伏派を利用して革命でも起こそうものなら、とんでもない事になるのは目に見えている。


そんな訳で先の騒動では、街を防衛する部隊とは別に、新たに判明した降伏派の主要な拠点を制圧しながら分身王女を探すアストガルム管轄の部隊も用意されていたのだ。


しかし、そこではめぼしい成果が得られなかったと聞いていたのだが……



「しっかり見つけていた上に、俺らに丸投げしようと黙ってやがったなアイツ」



ピキッとエリックのこめかみに血管が浮かび上がる。

ちなみに聡達は預かり知らないことだが、王女の分身を発見したのはアストガルム本人であり、王女捜索部隊ではない。

つまり『王女捜索部隊では成果が無かった』というアストガルムの言葉には一切嘘が含まれていないのだ。

意図的に事実を伝えなかった時点で有罪ギルティだが。



「私も連れて行ってください。箱入り娘の身ではありますが、自然を生き抜く技術は一通り身につけています」


そう言って頭を深々と下げた王女を前に、困惑の表情を浮かべる二人。



「箱入り……?」


「え、引っかかる所そこですか?」


一国の王女がなぜサバイバル能力を一通り得ているのか、という疑問が第一にきたサトルをよそに、首を傾げていたエリックは何やら一つ頷いて納得顔を浮かべた。


「いや、自国を箱ってことにするならまぁ間違ってねぇか」


「それ前提がおかしくなってますからね?……というか話の流れ的に、王女様ってもしかしてものすごく行動力のある方だったりします?」


暗にお転婆なのか、と尋ねるサトルの意図を正確に汲み取ったエリックは、大きく頷いた。


「ああ。ちっせぇ頃から俺の部下達を引き摺り回してた筋金入りだ」


「あの、エリック様?その説明だと誤解を招きかねないかと」


「そうだな。ぶん殴って気絶させてその辺に置いてってたな」


「悪化しています」


「事実だろうが」


分身王女元上司の娘分身近衛騎士団長元部下の間で笑顔の応酬が繰り広げられる。


聞けば、王女は幼い頃に制止する近衛騎士達を振り切って何度も城から抜け出し、野生動物を単独で狩りに行っていたのだそうだ。

この前聡が修行に行った深緑の森はもちろんのこと、国境付近の巨大な鷹が生息するという適正レベル80オーバーのとある谷まで黙って遠征しに行った事もあるらしい。


……唯一の良心だと思っていた王女のヤバさが判明したとき、約束によって人外魔境から逃げられない聡は、果たして大丈夫なのだろうか。メンタル的に。

まだ旅が始まってすらいないのに若干心が折れかけたサトルは、心の中で本体に向けて黙祷を捧げた。


「オウジョサマ、スゴインデスネ」


「あ、あの?急に心理的な距離をとられた気がするんですが」


「いや……王女様も、エリックさん達側なんだなって」


「どういう意味ですか!?」


「そんままの意味だろ。おら、俺が運転するからお前らはさっさと荷台に乗れ。時間が勿体ねぇだろうが」


「分かりました」


「抗議!抗議します!私はそんな——ちょ、無視しないで下さい!」


愕然とした表情を浮かべる王女をスルーして荷台に乗り込んだサトルは、慌てて追ってきた王女の方へおもむろに振り向いた。


「そういえば、聞きたいことがあるんですけど」


「え?あ、はい。何でしょう?」


「自分が分身だって事に悩みとか、抵抗とかありませんか?」


雑に振られた質問。

しかしその内容と、真剣なサトルの目から、真面目な話だと悟った王女は落ち着きを取り戻し、荷台にゆっくりと座った。


「そうですね……まだ実感が湧いていない、というのが正直なところなんですが……一つだけ確信していることがあるんです」


「……それは?」


「私は私です」


断言。

夜中に訪れてきた時とは違い、強い意志を感じさせるその言葉に、サトルは目を少し見開いた。


「分身だとか本物だとかは、結局区分するための基準にすぎませんから。それに本物向こうの私と敵対しているわけでもないので、私が本物だーって主張して、それを受け入れられても特に良いことはありませんし」


「いや、本物になれば王女様になれますし、王位継承権とか貰えますよね?」



良いことだらけじゃないですか、というサトルの言葉に、王女の写し身は笑って首を振った。



「私はサトル様達と旅をする方がいいんです。王位なんて、そこまで興味ありませんし。それに、向こうの私では許可無しには外にも出られませんが、今の私ならこうして自由に出る事ができる。国の、みんなのために動くことができる……実は、今の私になれて嬉しいくらいなんです」



「そうですか……」



内緒ですよ?と悪戯っぽく笑う王女に頷きながら、考える。

この強かさは元から持っていたものなのか、それとも今回の一件で急成長したことで得たものなのか……サトルでは分からない。

ただ、この前向きな姿勢は見習わなければいけない。

分身というレッテルをさも気にしていないかのように使いつつ、その実メレーヌとの何気ない対談でさえ少し距離を感じるほどネガティブになっていた今の自分は、特に。



「……まあ向こうの私にも許可は出たみたいですが」


「ん?何か言いましたか?」


「いえ、何でもありません」


「出発するぞー」



エリックが手綱を二度引っ張ったことで、黒蜥蜴が足を進め始める。

この旅の先に、いったい何が待ち受けているか、何を見つけることができるかは分からない。

ただ、この面子ならわりと何があっても乗り越えられるような……そんな気がした。








「あれ、お金とか支援物資も蜥蜴車に載ってるって聞いてましたけど、結構荷物少ないんですね」


「え?何の話ですか?」


「……え?」




その頃街では、国が用意していた物資が詰め込まれた蜥蜴車が取り残され、代わりにその隣にあった空箱しか載っていない蜥蜴車が無くなっていた。

その事実が発覚し、国で一番足が速いアストガルムが駆り出されるまで、あと三十秒——





——————



これにて第一章完結です。

そして申し訳ありません。

筆者のリアル事情により、次の更新はおそらく半年〜一年先になってしまうと思われます。

できるだけ早く復帰できるよう努力してまいりますので、『面白かったよ』『さっさと投稿再開しろよ』『逃げんなサボり魔』という方は下の星マークで星三評価していただけると大変ありがたいです。咽び泣きながら頑張ります。


ここまで拙作に目を通してくださり、本当にありがとうございました!

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