第13話 本物の盾vs偽物の斧

「着いたぞ」


「……早かったですね」


体感的に三十分も経っていないが、目的地が近かったのかあのクラゲ馬の足が物凄く速いのか……それは今はどうでもいい。

目下の問題は、エリック的に目的地だと言う目の前の霧に覆われた森が如何にも危険そうな事と、出発してしばらくした頃に現れた己から街の方向に伸びる紫色の煙のロープが何なのかという事だ。


「あの、エリックさ――」


「ほら、さっさと降りろ」


「……はい」


言われるがままに馬車を降りる。煙に気づいていない様子のエリックに教えるべきか迷った聡は、何となく黙っておく事にした。

それは夜中にこんな所まで連れ出された事に対する不満か、それともここまで一度も一連の行動の意味を話していないエリックに対する不信感か……その両方かもしれない。


「あの森で訓練するぞ」


「訓練、ですか?」


「ああ。これから一日あそこで過ごしてもらう。生存力を鍛える訓練だ」


「なるほど……」


気のない返事を返しながら差し出された剣を受け取る聡。

エリックは確かに訓練に関しては鬼だ。ある程度鍛えられてきたとはいえ、まだまだ経験の足りない戦闘初心者である聡を突然危険区域に放り込んだり夜間訓練を課すくらいなら余裕でするだろう。

それに先程城からこっそりと出てきたのは、これから国に申請出来ないくらいにヤバいアレな訓練をするからかもしれない。


現状に納得はできる。しかし、だからこそ・・・・・腑に落ちない。何故なら――


「なんか、口数少なくないですか?」


「ん?気のせいじゃねぇか?」


「……そうですか」


姿も声も、口調さえも完全にエリックだ。だが、いつもの陽気な笑いが完全に息を潜めているのだ。

暗にそれほどの緊張感を持てといっているのかも知れないが、それにしては違和感がある。


「ほら、行くぞ」


「はい」


取り越し苦労かもしれないが、気をつけておいて損は無い。せっついてくるエリックに返事をしながら前使ったものとは異なる剣の握り心地を確かめておこうと柄に手を掛けようとして――――視界の端に金色の光が閃いた。



◇◇◇



煙に従い一直線。信じられない様な速度で道なき道を駆けるエリックは、だんだんと煙が太くなってきた事から目標が近い事に気付き、舌打ちをする。


「やっぱあそこかよ……」


この方向、この付近で誰かを始末するとしたらその場所しかない。

そこは、人里から近いにも関わらず何者も寄せ付けない場所。過去に幾度も調査隊が組まれ、その悉くが姿を消した霧の森。


エリックでさえ生還出来るか分からないその森にもし聡が放り込まれれば、少年はほぼ確実に命を落とすだろう。


ババアの勘が当たっちまったな……と苦々しくぼやきつつ、走る速度を更に上げようとしたその時。

エリックの頭にけたたましく警鐘が鳴り響いた。


「っぶね!」


急ブレーキをかけつつ瞬時に抜剣。勘が危険を告げる場所、己の後頭部に剣の腹をくっつける・・・・・

次の瞬間、頭から1センチにも満たない距離に黄金の斧が出現し、剣を強く打ち据えた。



◇◇◇



「なあ!?」


「え……は?」


何だ今の光、と振り返ると、目の前にはいつの間にか現れた浮遊する半透明な金色の剣が背後から振り下ろされたエリックの黒い戦斧をスレスレで受け止めている、という謎の光景が広がっていた。

唖然とする聡の前で、剣は見慣れた動きで上方へ斧を弾くとガラ空きになったエリックの腹にボガンッ!という轟音と共に強力な一撃を叩き込む。


『走れ!』


「っ!はい!」


消えゆく剣から聞こえてきた聞き慣れた声。

呆然としていた聡はハッと気を取り戻すと、吹っ飛んでいくエリック……いや、暫定偽エリック・・・・・を尻目に走り出す。


おそらく森に入るのは危険。しかし周囲を迂回する様に逃げてもあのクラゲ馬がいる以上追いつかれる可能性が高い。なら一か八か、森に賭けるしかない。


「ちょっと魔力ヤバいな」


腕輪を確認する。魔力残量はおおよそ四割。自分の限界を把握するという名目で遊びすぎたのがかなり痛いが、工夫すればある程度は時間を稼ぐことが出来るはずだ。


そして時間さえあれば救援本物のエリックが必ず来る。街の方角に伸びているこの煙はつまり、そういう事だろう。


「鬼ごっこか……どっちかというと鬼役のが好きなんだけどなぁ」


背後に巨大な岩の壁目隠しを生成。次いで両手に身体強化魔法を発動する。ひとまず鬼との距離を離すべく、最大までギアを上げた聡は腹を括って森へ飛び込むのだった。



◇◇◇



「……やべぇな」


少年の返事を伝達してくれた金色の魔法陣が消えゆくのを尻目にエリックは納剣し走り出す。


古代魔法『オルタネイルプロテクト』

対象者が受ける致命的な攻撃を問答無用で発動者の元に転移させ、発動者に身代わりとして受けさせるという魔法だ。

本来なら九分九厘で発動者が死亡するディストピアじみた魔法だが、予告なし・ノータイムでの攻撃も勘で防げパリィするエリックが使えば自動無敵防御(高確率で反撃付き)という最高の防御魔法に生まれ変わる。


しかしその効果はたった一度きり。最後の備えも発動してしまった今、聡を守るものは何もない。

そして先程聡に攻撃を加えた者はおそらくかなりの強者だ。エリックには数段劣るだろうが、聡にとって遥か格上だろう。


エリックは少年の無事を祈りながらひた走る。それしか出来ない今の自分に歯噛みしながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る