死ぬなら餌をあげてから

@My_dream_journal

死ぬなら餌をあげてから

気が付くと広い野原に居た。

どこだここは?

最後に何をしていたか思い出せない。

なにか、やらなければならない事があった気がする。


振り返っても果てしなく広い野原。その先にぽつんと人影が見えた。誰だろう?見覚えがあるような…。


かなり遠くに見えるその人影がやけに気になり、近づいてみよう、と足を伸ばす。


少しずつハッキリとしたその正体に気付いて、見覚えのある訳だと納得した。


それは自分自身だった。


いつの間にか野原の景色は消え去り、見慣れた風景となっていた。そして、自分の目に映る自らの行動も見覚えがあった。


つまり、過去の自分を見ているということになる。


ということは今の自分は何だ?幽体離脱か?それともすでに死んで、死後の世界に行き損ねてあの野原に立っていたのだろうか?


……とにかく、落ち着こう。今の自分にとって何が重要か


それは過去を変えられる可能性…ではなく

自分が本当に死んでしまったか、でもなく


ライオンにエサをやれなくなることだ。


その生物と出会ったのは小学生の頃。

人と過ごしていても孤独を感じていた時期に出会ったその生物は、痩せ細った子猫のように見えた。


助けたいと本能的に感じたのを今でも思い出せる。

親に頼み一度だけ動物病院へ連れて行ったが、飼うことは出来ないと言われてしまい、子供の自分は親に逆らえず、こっそりと餌をできるだけ毎日運び、共に時間を過ごした。


誰と過ごすときより心が穏やかになることができて、大切な存在であった。


私の体の成長以上に大きくなるその生物が、猫ではないことには徐々に気づいていった。


まず、体が大きさが大型肉食獣に近い。顔付きはネコ科に近くライオンのようにたてがみがある。だが、そのたてがみが妙なのだ。絡まり固くなってしまっていると思っていた部分が、今は天然石ミサンガのように編み込まれているように見える。石は魚の鱗を思わせるような光沢があり、知らぬ間に他の誰かが編んだのでは?と考えさせないような生物的な美しさがあった。


他の誰にも話していない、正体不明で秘密の美しい生き物と二人きりで寄り添う時間が、あまりにも特別で、自分自身が特別な存在かもしれないと、心の奥底で感じていたのかもしれない。


そんなライオンに餌を与えることができたのか?あの子は飢えていないだろうか。それが気になって仕方がない。自分の生死よりも、ずっと心配だ。


死んでしまったのなら、せめて餌を上げた後だと良いのだが……。


過去の自分や周囲の動向を見ても、見覚えがあるだけで見ている時より先のことが思い出せない。最後の記憶が全くハッキリしない…。餌をあげたかどうか確認するには、しばらく自らを見守るしかない。


ある日の夜、過去の自分のスマホにメッセージが届いた。それを見ると目に見えて動揺し始めている。覗いてみると、こちらもゾッとしてしまう。


〜周辺地域にて、大型肉食獣の目撃情報が多発しています。警察や猟友会が捜索しておりますが、発見には至っておりません。〜


不安に煽られ、居ても立ってもいられず家を飛び出し、いつもライオンと会っている山へ駆ける。とにかく、ライオンの無事を確認したい。


山の中から荒々しい人達の声がした。


警察のものではなく、いわゆるガラの悪い人々の話し声だ。ガスガンで鳩を殺すのも飽きた。楽しめる上に人助けになる。などと話している。

最悪だ。あの集団にライオンが出くわしたら間違いなく酷い目に合う。


いつものライオンと会う場所は、人が歩く通路からずっと外れているが、あの子が動き回っていては見つかるかもしれない。


足音を立てないよう気を配り、身を低くしながらその場所へ向かい、震える声でライオンを呼ぶ。いつものように現れた彼に駆け寄り抱きしめる。

不安と安心で頭は回っておらず、それ以外にどうしたら良いのか判断できなかった。


ライオンは顔を舐めようとしてくるが、動き回らないように抱きしめる自分に合わせてくれたのか、その場に座り、大人しくしてくれる。


…どれだけ時間が立っただろうか?

過去の自分は緊張しながらライオンを抱きしめ続けているが、今の自分はハラハラして気が気でない。この先がどうしても思い出せない。


…あのガラの悪い集団はもう離れているだろうか?


気になってその場を離れ、辺りを探し回る。刃物で木や草々が切り裂かれた痕跡が多くある、話し声は少し遠い。


声のする方へ向かうと彼らは既に山を抜けていて、これから食事の話題で言い争っていた。


ひとまず、安心だ。再びライオンの元へ行って様子を見よう。


問題が解決していなくとも、一難去れば肩の荷は降りるものだ。

数分前よりも呼吸が安定しているのが分かる。軽い足取りで戻ると、ライオンが自分を食べていた。


最初に首を噛まれたのだろうか、首から大量の血を流し、腹を喰われている。


そういえば、慌てて餌を持ってきてなかったな。


けれど、最後に食事を与えることはできたみたいで


とても、ホッとしたんだ。

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