成実、出奔す

飛鳥 竜二

第1話 九戸攻め

空想時代小説


「北条とともに太閤を討つべし!」

成実は、政宗と談判を行っていた。

「成実、過激なことを言うでない。向こうは西国を束ねた太閤ぞ」

「だから仙台勢と北条勢が組めば、東国の武士はこちらにつくではないか」

「東国の武士でも、もう秀吉に組みしようとしている者がいる。南部家は、九戸政実をたおすために、太閤に家老の北信愛を送ったというぞ」

「南部の腰抜けめ!」

 仙台勢の勢いは増していて、今では米沢だけでなく、旧領の信夫郡、伊具郡も領地となり、宿敵蘆名氏を滅ぼし、会津の城で評定を行っていた。案件は、太閤の小田原攻めに加わるかどうかである。反対は親戚筋の成実と屋代景頼といった強硬派。賛成は片倉小十郎をはじめ、叔父の政景といった穏健派である。政宗は、苦渋の決断を迫られ、小田原に出向くことにした。関東を突っ切るのは、敵地を抜けることになるので、一度北陸に抜けるという遠回りで到着まで時間がかかってしまった。戦況は兵糧攻めと支城攻めで太閤側有利となっている。政宗は、遅延したことでだいぶ待たされはしたが、やっと会えることができた。危うく首をとられる寸前であった。

 成実は、その報を会津の黒川城で聞いた。成実ら強硬派はいざという時のために留守を任されていたのだ。政宗に万が一の場合があった時は、成実が仙台藩を継ぐ可能性があった。政宗には子がいなかったからだ。(長子の秀宗が産まれるのはこの1年後)

「太閤を討つ機会を逃したか。それにしても北条はだらしない。堅固な城があだとなったか? 籠城も周りの支城が落とされれば話にならんな」

 小田原城は、かつて上杉からの侵攻を防いだ城だが、農民兵が主体の上杉と、専従兵が主体の豊臣勢では城攻めの仕方も違う。時代の変化を成実も感じていた。

 政宗が黒川城にもどってくると、苦虫をかんだ表情で成実らに話を始めた。

「黒川城を明け渡すことになった」

「なにゆえ?」

「九戸攻めで蒲生家が入る」

「我らは?」

「米沢と信夫・伊具・刈田・柴田が領地となった」

「それでは半分ではないか!」

「会津攻めが惣無事令に反するということだ」

「なんと! 会津攻めが始まってから出た惣無事令ではないか。まして、その当時は我らは太閤の臣下ではないぞ」

成実は顔を真っ赤にして、怒りをあらわにした。そこに穏健派の政景が口をはさんだ。

「まあ、落ち着かれよ。小田原の数十万の太閤勢を見れば、それも仕方ないこと。首があるだけでももっけものでござる。殿は太閤に馬尻をたたく鞭でたたかれただけで済んだのだ」

「なんと屈辱的な・・・・!」

 屈辱はそれだけではおさまらなかった。米沢にもどり、九戸攻めの支度をしているところに、政宗から成実に呼び出しがあった。かたわらには、いつものごとく小十郎が控えている。後に智の小十郎・武の成実と言われるが、この頃はまだ若手二人組としか家中では見られていなかった。

「成実、黙ってこれから言うことに従ってくれ」

「なんですか? また太閤からの難題ですか?」

「小十郎、わしからは言いにくい。お主から頼む」

「ははっ」

小十郎は、表情を変えずにたんたんと話を始めた。

「昨日、太閤と蒲生殿から書状がまいり、今回の九戸攻めの陣取りが知らされてきました。中央が総大将の蒲生殿、右翼が南部殿、左翼が最上殿と我らになりました」

「うむ、そうであろうな」

「加えて、道案内として家老を一人ずつ蒲生につけるべし。という文が付け加えてありました」

「道案内ならば、南部だけでいいのではないか? 最上や我らでは道案内できぬぞ」

「名目でござる。そして、蒲生殿からの文には、成実殿をご指名でありました」

「なぬ!」

「蒲生殿からは、小田原に来られなかった成実殿とじっくり話をしてみたいということです」

「体のいい人質ではないか!」

怒りの頂点に達しようというした成実に政宗が口を開いた。

「そう怒るな成実。敵を知る絶好の機会ではないか。この際、蒲生の戦いぶりをじっくり見てこい」

「蒲生は敵なのだな。いずれ戦う相手と見ていいのだな」

政宗はしぶしぶうなずいた。そう言わなければ成実は納得しないと思ったからである。

 九戸攻めは、あっけなく終わった。これで太閤の天下統一はなされた。成実は蒲生の堅実な攻め、負けない戦いぶりに太閤の戦い方を見ていた。そして一言。

「つまらん戦じゃ。わしの戦い方ではない」

 蒲生氏郷のかたわらに陣取っていた成実の一言が聞こえたのだろうか。氏郷と成実が話をする機会はとうとうなかった。氏郷としては反乱を起こしかねない成実を人質として身近におきたかっただけなのである。

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