君に出会うためのタイムリープ

吉田定理

第1話

 フラれた。

 高校の卒業式の日。式が終わった後。

 クラスで一番可愛い女子――ユウカが、たまたま友だちの輪から外れ、一人でトイレに行くのを見かけて、トイレから出てきたところを廊下で待ち伏せた。

 そして、告白して、見事にフラれた。

「私のこと好きって、それって告白だよね?」

 そうだ、間違いなく告白だ。

 俺は学内カーストは底辺で、女子から一度もチヤホヤされることなく、灰色の高校生活を三年間過ごした。ずっと女子にモテたいと思っていたが、恋人はおろか、女友だちさえできなかった。最後に思い残すことがないようにと、クラスで一番可愛い女子に告白したんだ。

 ユウカはモデル並みの顔立ちをしていて、トレードマークの大きなリボンで左右にツインテールを結んでいる。明るくて、賑やかで、ちょっとギャルっぽい、俺とは真逆の世界に生きる人間だ。

 そんなキラキラした女子に告白するなんて……今思えばバカなことをしたと思う。

「マジで言ってるの? うけるんだけど」

 ユウカは俺の本気の告白をハナで笑った。

 その時点で俺は、告白なんてしなければよかったと後悔した。

 俺のマヌケその1――衝動的に行動してしまったこと。

「そもそも、あんた誰だっけ? えーっと、中村?」

「中山」

「ああそう。中山くん、私がシュンと付き合ってること、知らないの?」

「へ……?」

 俺のマヌケその2――この女に彼氏がいると気づかなかったこと。

 シュンと言われて思い浮かぶのは、野球部のエースでイケメンで成績も優秀なシュンだ。ユウカとシュンは教室でもよく一緒にしゃべっていたが、二人は単なる友だちであって、付き合っているわけではないと思っていた。こういうのを隠れビッチと言うのか?

 ユウカは嘲笑を隠すことなく、嫌味ったらしく続けた。

「知らなかったんだ? まあ、みんなには言ってなかったから、仕方ないけど。でもさぁ、仮に私に彼氏がいなかったとして、中山くんじゃ私と釣り合わないって、考えないの?」

 俺のマヌケその3――この女が性格ブスだと気づかなかったこと。

「それとも何? 私があんたみたいなのと、付き合う可能性が1%でもあるとでも思ったの? ゼロでしょ、普通、考えれば分かるって。あんたのどこに惚れる要素があるわけ? ないわ、マジで。これっぽっちも。あわよくばワンチャンあるかも、みたいに思われてることが気持ち悪すぎ」

 悪かったな。実際、あわよくば、だなんて思ってた俺がバカだったよ。

 心の中を言い当てられた俺は何も言い返せず、屈辱的な気持ちで立ち尽くした。初めての告白と、撃沈。胸が痛くて、握りしめた拳がふるふると震える。

「私、もう戻るけど、変なこと考えないでよね。二度と関わらないで。こういう待ち伏せとかあり得ないから。ストーカーなんてしたら速攻で警察に突き出して、人生終わらせてやるから」

 お前みたいな性格ブスをストーカーなんてするもんか! お前に彼氏がいて、しかもこんなひどい性格だと知ってたら、絶対に告白なんてしなかった! むしろ、こっちから願い下げだ! 顔がいいからって、調子に乗りやがって。

 友だちの輪に戻っていくツインテールの背中を、心の中でののしった。

 罵詈雑言はただの強がりで、本当は惨(みじ)めで、声をあげて泣きたいくらいの気持ちだった。

 痛い。胸がキリキリと痛む。こんなふうに、ストレートに罵倒されたのは初めてだ。

 ひと気のない廊下に取り残された俺は、シャツの胸元をぎゅっと握りしめて、痛みに耐えようとした。

 しかし、痛みはなかなか消えてくれない。

 むしろ、だんだんと耐えがたいものになっていき、俺は息も絶え絶えに、その場に座り込んだ。

 なんだこれ。息ができない。空気を吸い込もうと思っても、吸えない。

 病気? いや、持病なんてない。

 何かの発作? まさか失恋のショックで? 極度のストレスのせいで? そんなことで死ぬのか? マジで……?

「だれ……か……」

 このままじゃ本当にやばいと思って、俺は必死に助けを呼んだが、蚊の飛ぶような弱々しい声しか出ない。廊下は静まり返っていて、見回しても誰の姿も見当たらなかった。

 そうこうしている間にも、胸の苦しさはどんどん激しくなり、体を起こしているのも難しくなった。

 これ、冗談で済まないヤツだ。やばい。

 俺はその場に倒れた。

 冷たい床の感触。

 薄れていく意識。

 誰か助けてくれ……童貞のまま死にたくない……。

 女子とイチャイチャしてみたい……。

 このまま終わるなんて、いやだ……。

 誰か……。



***



 そもそも、高校の三年間で俺に彼女ができなかったのは、いい出会いがなかったからだ。運命的で劇的な出会いさえあれば、きっと、俺にも彼女ができていたに違いない。マンガやアニメの主人公だって、美少女ヒロインと劇的な出会いをするじゃないか。

 確かに、周りを見渡せば女子はたくさんいるのだから、俺が行動を起こさなかったのが悪いという見方もできる。カースト上位でなくとも、よく見ると案外可愛い女子がいたりするものだ。

 だけど、よく考えてほしい。

 何の用事もないのに、自分から女子に声をかけられるのは、イケメンか、コミュ力の高い男だけだ。俺みたいなヤツが急に「やあ、何の話をしてるんだい?」なんて話しかけてきたり、「俺も一緒にしゃべっていい?」なんて割り込んできたら、ドン引きされるに決まっている。

 実際、女子と仲良くなりたくて、勇気を出して声をかけてみたことがある。そうしたら、案の定、苦笑いされ、微妙な空気になったので、もう二度と話しかけないと決めた。

 つまり、脈絡もないのに急に話しかけたり、下心を持って近づいて行ってもダメなのだ。

 じゃあ、どうやったら、女子とお近づきになれるか?

 理想は、自然に距離が近づくような、きっかけがあればいい。

 最も理想的なのは、運命を感じさせるような出会いがあることだ。このことは、マンガやアニメにおいても、完璧に証明されている。主人公は美少女と、必ず運命的な出会いを果たし、そこから二人のラブロマンスが始まっていくのだ。逆に、この運命的な出会いがなければ、物語は始まりさえしないわけだ。

 まあ、それが分かっていても、運命的な出会いなんて、簡単には起こらないし、どうやら俺は死んでしまったみたいだし、今更なんだけどな……。



 このとき、俺は人生が終わったと思っていたのだが、むしろこれが始まりだった。

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