第43部 ma

 窓の外から橙色の陽光が入ってくる。締めきられた室内。当然のように停滞している空気。


 机の上に突っ伏して、シロップは空を眺めていた。どこからが空か分からない。窓を開けて下を見たら、すべてが空になっているかもしれない。そんなことを過去にも考えたことがある気がする。


 それは、いつだっただろう?


 今はいつだろう?


 過去か?


 未来か?


 自分は今どこにいるのか?


 影の落ちた机の表面に掌を置いて、指を開いたり閉じたりして光の当たり具合を加減する。その度に、影は形を変え、姿を変えた。世界はルールに忠実に出来ているらしい。


 そう、ルール。


 ルールについて説いた者があった。


 それは、誰だっただろう?


 半袖姿の制服を身に纏った少女?


 あるいは、姿がいつも不定形な、けれどいつも笑顔を絶やさない、自分と同い年くらいの彼女?


 自分は今何歳だったか?


 教室の扉がスライドして、タキシードを身に纏った紳士が姿を現した。


「デスク」


 と、彼の姿を見るなり、シロップは呟いていた。


 呟くと同時に頭を机の表面から引き離し、上体を起こす。


「探しましたよ」とデスクが言った。彼は丁寧に扉を閉めて教室の中に入ってくる。「突然いなくなるから、心配しました」


「そうだ。私、何してたんだろう」


「給食を食べて、授業を受けていたようです」


「ここはどこ?」


「貴女様がかつて通っていた学校では?」


「そうだった」


 デスクはシロップの隣の席に腰を下ろす。細長い脚を組み、その上で両手も組んで、彼女の方をじっと見つめた。


「何?」


「いつまでここにいるおつもりですか?」


「別に、もう帰ってもいいけど」


「何をしにいらしたのですか?」


「そうか……」シロップは言った。「私、先生になりたかったんだ」


「しかし、硝子扉を開けて出てきたのは、大人になった貴女ではありませんでした」


「私、今どんな格好してる?」


「見たところ、標準的な小学生といった感じでしょうか」


「きっと、今でも中身がそんなだからだろうな」


「大変可愛らしいですよ」


「お世辞ありがとう」


「本当に可愛らしいですよ」


「貴方こそ、その格好は何なの?」


「私は紳士になりたかったので」デスクは言った。「どうですか? 格好よく見えますか?」


「変」


「そうでしょうね」


 シロップは椅子から立ち上がり、一度伸びをする。


「もう少し、ここにいてもいい?」


「いいですが、私も一緒です」そう言ってデスクも立ち上がる。「これ以上、勝手に行かれては困りますから」


「何が困るの?」


「私は貴女を愛しているのですよ」

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