第42部 ko
校内はひんやりとして静かだった。とはいっても、教室の中から子ども達の話し声が聞こえてくる。リノリウムの床に一歩足を踏み出す度、足の骨がその硬質な表面と反発するようだった。上履きを履いているのに、いや、履いているからこそ、そんな気持ち悪さが生じるみたいだ。
担任の女性教員は何も話さない。ただ、自分の前に立ちはだかって、先導するように進んでいく。校舎の構造の問題で、窓から入ってくる光はごく少量に限られていた。だから彼女の表情も見えない。
シロップは大人が嫌いだった。したがって、先生も嫌いだった。けれど、何か困ったことがあると、真っ先に先生に頼りたくなることも事実だった。そうだ。だから本当は先生のことが嫌いなのではない。でも、嫌いだ。この表現は、「嫌い」を「好き」に置き換えても成立する。つまり、「嫌い」でもあり、「好き」でもある。
自分自身のことはどうだろう? 自分は、自分のことが嫌いだろうか? それとも好きだろうか? 分からない。そんなこと、これまで考えもしなかった。今思いついた。
自分とは、しかし何だろう? この、空腹を感じていて、でも、なんとなく、皆が給食を食べている教室に入ることに多少の躊躇いを感じている、この、自分とは何だろう?
「どうしたの?」
と前方から声。
目の前に硬質な扉があり、先生がその窪みに触れている。
開けないでほしかったが、開けないでほしい、とシロップは言えなかった。だから先生は何の戸惑いもなく扉をスライドさせた。室内の膨張し切った空気がたちまちこちらに溢れてくる。廊下の冷たい空気が押しやられて、シロップは吸い込まれるように教室の中に入った。
子ども達が一斉にこちらを見る。背の高い先生の方を最初に見て、その影に隠れていたシロップの方を次に見た。
沈黙と静寂。
それから、
「どこ行ってたの?」
と誰かが言った。
「食べないの?」
と誰かが言った。
「用意しておいたよ」
と誰かが言った。
「先生の分も」
と誰かが言った。
シロップは、頷いたり、首を傾げたりしながら、自分の席についた。誰かが言ったとおり、机の上にはすでに給食が配膳されていた。四角いパックに詰められた牛乳と、透明のビニールに包まれた表面の乾いた細長いパン、それから、プラスチック製の容器によそられた粘度の低いクリームシチュー……。
隣に座っている女の子が、こちらに寄りかかってくる。
「探したよ。どこ行ってたの?」
と甘い声で言う。
シロップは、一度笑って、両手を合わせてから、給食を食べ始めた。
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