第39部 te
手に持っているものを確認する。
木の枝。
それは、シロップの中から出現したものだった。
ほんの数秒前。
ドライバーのときと同じように、喉を通って口から出てきたが、以前より苦痛は少なかった。
それを使って、砂利の地面に数式を書く。
枝を地面に突き立てて引き摺ると、砂利は左右に綺麗に枝を避けていく。
硬質な地面が露わになった。
自分が書いている数式が何を表わすのか、シロップは知らない。どこかの本で見たことがあるものを、形が綺麗だったから、なんとなく覚えていただけだ。彼女は数式を絵と認識している。文字列ではない。したがって、意味もない。
書かれた数式が地面から離れ、質量を伴わないイメージとなって宙に浮かぶ。
形を幾重にも変え、やがて一つの円になった。
その円に何本か線が入る。
縦と横。
経と緯。
球ではなく円だから、線によって句切られた一々のエリアの面積は異なる。
線によって切り取られた一部を手に取って、シロップはそれを食べた。
ケーキみたい。
傍から見たら、何をしているように見えるだろうか。
背後の道路から自動車のクラクションの音がする。座ったままそちらを振り返ると、黒光りした滑らかなセダン車から、年をとった紳士が姿を現した。
彼は公園の敷地の外からこちらに手を振っている。
シロップは応じなかった。
誰か分からなかったから。
誰だろう?
彼女に両親はいない。いないというのは、過去に無くなったから今もないという意味ではない。初めからいない。
では、彼女はどうやって生まれたのか?
空気中から出現した?
公園の敷地を囲む細長い柵を跨いで、紳士がこちらに近づいてくる。
その間、シロップは彼を凝視していた。
近づく度に彼の顔が変わった。
そして、最後には頭ごと四角い箱になってしまった。
「なんだ」シロップは言った。「デスク」
「はい、お嬢様」馬鹿みたいに流暢な発音で彼が言った。
「どうしちゃったの、そんなふざけた格好して」
「格好よくありませんか?」そう言って、彼は白い手袋を嵌めた両手を広げる。
「別に」
かあ、と鳴いて、頭の上を烏が飛び去っていく。
青いはずの空が、いつの間にか朱に染まりつつあった。
「もう、帰りましょう」デスクが言った。「日が暮れると、おっかない奴らが現れます」
「誰?」
「化け物です」
「物の怪のこと?」
「何と呼んでも、同じことです」
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