第26部 ji
時間というものは気紛れだということを、かつて考えたことがあったはずだ。それと同じ思考を、また辿っている。一度通ったことがある道は、もう一度通ったときに必ず思い出す。かつて通ったことがあると気づくのだ。
今が何時なのか、シロップには分からなかった。外の景色は、明るいようにも、暗いようにも見える。自動車のテールランプが、白い背景と、黒い背景の、どちらにも尾を引いているように見えた。その光を受けている自分の姿も想像される。
自分は、自然と、人工の、両方とも好きなのだ、と気づかされる。ただ、好ましい自然と、好ましい人工の、両方があるだけだ。要するに、好ましければ何でも良い。
自動車のテールランプ、ネオン、酒を飲む人々の喧噪、煩いながら颯爽と通り過ぎる街宣車の宣伝文句……。これらは、比較的自分の体質に合うように思える。そういう意味で、それらは「自然」なのかもしれない。自分にとっての自然。
息を吐く。
白い息。
また、白い、色。
いつ嵌めたのか分からない、けれど今は確かに嵌めている、伸縮素材の手袋の、その向こう側にある掌に向かって、彼女は息を吹きかける。冷え切って、何も感じられないと思われた掌に、けれど確かに温度が伝わったことで生じる、安心感、安堵感、そして、安定感。
そう、安定。
今、自分がそれについて考えている、安定。
太陽が沈んで、目に入り込む光の量が少なくなれば、物の輪郭がくっきり見えるようになり、それで自分は安定する。そんな感覚がシロップの中にはあった。きっと、それで自分の輪郭もはっきりするからだろう。数学的に厚みのない線で引かれているわけではない、それでも、明らかにここまでが自分だと分かる、ここに自分がいると分かる、安定感を伴った、輪郭。
誰かに抱き締めてもらって、その感覚をもっとはっきりさせたい、という欲が生じる。
触れてほしかった。
温かさが欲しい。
手袋やブレーカーだけでは、到底足りない、温かさ。
しかし、ここには自分を知る者は誰もいない。
だから自分で自分を抱き締めるしかない。
大丈夫だろうか?
まだ、走れるだろうか?
きっと、大丈夫。
そう口に出して、彼女は足を踏み出す。
指は、しっかりと地面を捉えた。
ような、気が。
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