第10部 na
なんとなく眠たかったから、シロップは眠ることにした。そうだ、眠ることこそ至高だと、そう思い込むことにした。眠っている間は、何も考えなくて済む。自分という存在についても。
自分は、いつも、自分という存在について考えているだろうか?
自分という存在を気にしているだろうか?
シャワーを浴びたから髪が濡れていたが、そのまま頭から毛布を被ってしまった。デスクから注意を受けたが、彼女は気にしなかった。自分の髪の匂いと、シャンプーの匂いと、布団の匂いが相まって、心地が良かった。
彼女には、ときどきこうした状態に陥ることがある。なんとなく、何もする気になれなくなるのだ。何をしても仕方がないと思ってしまう。何かをすることで、何者かになれることを期待して生きてきたが、どうせ何者かになることなんてできなくて、結局誰かの真似事でしかなくて、自分は何者でもないのだという思いが、胸の中に蔓延する。
しかし、一方で、そんなことは当たり前だと思う自分もいる。自分というものは、範囲が不確定だ。どこまでが自分かなど分からなくて当然だ。自分は、常にほかのものから影響を受けている。生きている限りはそうだろう。話す言葉は人間に共通のもので、自分で生み出したものではない。話す内容はほかの者の意見を受けて発展したもので、根底から自分で考えたのではない。そもそも、話す、考えるという行為自体、自分以外のものに向けられたものだ。だから、自分と自分以外のものを切り離すことなんてできないし、する必要がない。それが本来の在り方なのだ。
だから、この状態が一時的なものだということは、シロップも分かっている。
けれど、今、自分がそうした状態にあることは間違いないから、どれだけ客観的に考えても、体感がそれを圧倒してしまう。
「ねえ、デスク」布団の中に潜ったまま、シロップは言った。
「ナンデゴザイマショウ」デスクが応答する。
「私、死にたい」
「ソウデスカ」デスクは言った。「シカシ、アナタサマニシナレルト、ワタクシハカナシイデス」
「コンピューターに、悲しいなんて、あるの?」
「ナイトオカンガエデスカ?」
「うーん、そう考えてはいるかもしれないけど、そう思ってはいないかも」
「イツシンデモヨイト、カンガエテイキルノハ、ドウデショウ」デスクは言った。「ナニヲシテモ、ドンナシッパイヲシテモ、キガラクニナルノデハアリマセンカ?」
「たしかに、そうかも」
「イマハユックリオヤスミクダサイ、オジョウサマ」
「そうする」シロップは言った。「おやすみなさい」
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