付く枝と見つ

羽上帆樽

第1部 u

 薄暗い部屋の中。少女はベッドの上に寝転んでいた。


 という記述をすると、どうして寝転んでいるのか、何か具合が悪いのか、と考えたくなるのが、人間というものだ。しかし、彼女が寝転んでいることに、これといって特別な理由はない。強いて言えば、そこが彼女の定位置だというくらいの意味しかない。しかない、と表現するということは、これを記述している者は、その事態を大したものとは捉えていないということになる。


〈オキテクダサイ、オジョウサマ〉


 室内に奇天烈な音声が響く。


 少女は起きない。


 その音声は、部屋にある勉強机、その上に置かれた四角い箱、の中、から発せられたみたいだった。この手の推測は、しかし、実は推測の域を超えている。本当は確かなことなのに、あたかもほかの可能性があるかのように記述されるのだ。物語に典型的な手法の一つといえる。


〈オジョウサマ〉


 また、声。


 ベッドで寝転んでいた少女は、寝返りを打ち、そうしてから、片方の目を開けた。意外としっかりとした動作だった。時間にして〇・二秒程度。眼球は水圧を受けつつも軽快に動き回り、仕舞いには声の主を正確に捉えた。


「何?」少女は口を利く。利かないという選択肢は彼女にはなかった。実のところ、彼女は優しい。ただ、優しくない素振りを見せていた方が、後々自分にとって得だということを知っているだけだ。


〈アサデス。オキテクダサイ、オジョウサマ〉


「その、お嬢様っていう言い方、いい加減やめない?」


〈ドウシテデスカ? オキニメシマセンカ?〉


「別に、何でもいいけどさ」そう言って、少女は飛び上がるように起きた。反作用を受けてベッドが少々揺れる。「なんだか、わざとらしいと思って」


〈ワザトラシイノハ、キライデスカ?〉


 少女はその場で伸びをする。白いレース生地のドレスが少々捲れ、透き通るような肌が部分的に露わになった。というより、彼女は身体の一部が本当に透き通っている。つまり、内臓器官や、骨格が、見る角度や明るさによって透けて見えるのだ。


「嫌いではないけど」少女は答えた。「そんなこと言ったら、貴方なんて、充分わざとらしいじゃない?」


 少女の名前はシロップと言った。本名か、コードネームか、誰も知らない。一方、机の上から奇天烈な声を発するその箱には、名前がない。だから、便宜上、少女は彼をデスクと呼んでいる。いつも机の上にあって、もはや机と一体化しているとも思えるから、デスクだ。


 デスクは、おそらく金属製で、金庫のように硬質な体裁をしている。というより、彼はもはや金庫だ。彼のことを知らない者が見たら、そう判断するだろう。

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