第2話

 彼女の名前は、天戸あまとミクさん。私の三つ上の三十二歳で、デザイン系会社でホームページとか作ってるらしい。私よりもちょっと前――今から二時間前くらいにこのダイソーにやってきて、それからずっとここに閉じ込められているんだそうだ。

 だから、すでにこの状況についても少し詳しかった。


「じゃ、じゃあ、やっぱりここって今、出口がなくなっちゃってるっていう……?」

「うーん。そーゆーことっぽいねー」

 すでに何度も確かめていて、それについては疑う余地なんかないって感じの表情でうなづくミクさん。絶望っていうよりは、諦めからくる達観って感じの、乾いた笑いとため息もつく。

「つか……出口がないだけじゃなく、もはやどうやっても出られんくなっちゃってるー、って言ったほーが正確かも」

「そ、そんな……」


 一応、私の方でもそれを確認してみた。つまり、ドアがなくなっちゃった壁に体当たりしてみたり、工具コーナーからもってきた木槌でぶん殴ってみたり、そのへんの物を手当たりしだいにぶん投げてみたりしたんだけど……全部、効果はなし。その壁は分厚いコンクリートみたいにビクともしなくて、投げた物もそのままはね返ってくるだけだった。

 ちなみに、事務所とかに通じてるはずのバックヤードへの扉も、出入り口とおんなじようになくなっちゃっていた。


 しかも、さらに不思議なことには……。

「ここってさー、私が知ってるどのダイソーとも、びみょーに違うんだよねー。えりかちゃんも、そんな感じ?」

「え……」


 最初、ここは私がいつも来ているダイソーで、そこから何故か出口がなくなって閉じ込められちゃった……っていうことなのかと思っていたんだけど。どうやらそうではないらしい。

 よくよく見てみたら……私が知ってるいつものダイソーとは、トイレ用品とお風呂用品の通路の位置が逆だったり。入口すぐ右手にあるはずの観葉植物と野菜の種コーナーが、奥まったガーデニングコーナーの隣に来ていたり、見慣れない棚とかが増えてたりしている。


 だから、実はいつものダイソーから出口がなくなっちゃったわけではなく、私はいつの間にか、もともと出口がない「不思議ダイソー」に迷い込んじゃった、っていう状況らしいのだ。

 まあ……どっちにしてもここから出ることが出来ないっていう点では変わらないから、それが分かったところでどうしようもないんだけど。



「正直意味わかんなすぎてマジ最悪って感じだけど……でも、アレだよねー? ここがセリアやキャンドゥじゃなくってダイソーだったのは、不幸中の幸いって感じかもねー?」

「……え?」

 突然、そんなことを言って笑うミクさん。

「ほら、だってさー。セリアやキャンドゥより、ダイソーのほうが食べ物たくさんある印象ない? いつまでここにいなきゃいけないのか分からんけど、しばらくは餓死の心配はなさそうでしょー?」

 それから彼女は、おもむろにバレンタインコーナーのところにあった板チョコを手に取る。そして、健康的に生え揃った前歯でそれに噛み付いて、バリバリと食べ始めた。


 未だに自分の置かれている状況が完全には理解できてない私だったけど……、

「は、ははは……」

 そんな彼女を見ていると不安や苛立ちみたいなネガティブな感情はどこかへ行ってしまって、無意識のうちに脱力した笑いをこぼしてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る