第十二話 王子と公爵令嬢の勝敗
「――アレクさまはあれでよろしかったんですの?」
「ん? 何がかな?」
あれから日の廻りを三回経ての本日。
突然の先触れが来てからやっぱり一刻も経たずして屋敷に訪れた、何故か最初から頭をパチパチ鳴らしているアレパチンダーと共にガーデンテラスでお茶をしている最中、私の口からずっと気になっていたことが遂に突いて出る。
カップをソーサーに置いて小首を傾げ、問いに対して問い返してきた彼の頭はまだパチパチ鳴っていた。
「ですから、リーフロフトのことですわ。いくら何でもまた七百年後に再審だなんて……。自らが守護されていらっしゃる土地ですのよ? 守護する土地を生かすためにいらっしゃる神が守護を放棄することは、先日仰っていらした創造主たる御方に、怠慢だと叱られてしまうのでは…………アレクさま?」
人が真剣に話していると言うのに、琥珀の両眼を大きく見開いて呆気に取られている様子の彼を訝しく思いながら名を呼べば、一際大きくパチッと発光した。
「……いや。純粋に心配してくれているから、これはどっちかと」
「はい?」
「いや、うん。大丈夫だよ。多少神からの土地の守護を失ったくらいで滅するような種じゃないよ、人間というのは。しぶとくしぶとく這い上がってくる生き物なんだ」
「私が何度蹴りつけても逃げても諦めなかった、貴方のようにですの?」
「はははっ! エリー、婚姻の日取りを早めないか? もう僕たちを邪魔する者はいないんだから、とっとと婚姻を結んで、さっさと伴侶になって、日がなずっと愛し合おうよ」
「ぴっ……きっ、きっかり一年後にお願い申し上げますわ!!」
「えー」
何とかサイレンを発するのは堪えたが、あまりにもな明け透けな物言いに真っ赤になって涙目になるのだけはもうどうしようもない。
……元が神だから!? 人間が及ぶべくもない神だから性格がどぐされでクソなんですの!?
「あっ、あと! もう一つ気になっていることがあるのですけれど!」
「うん?」
「お力、加護ではないのですわよね? ご自身のお力ですのに操作を誤ってしまわれたのは、やはり人間となってしまったからですの?」
雷電で私のお気に入りをバチバチと燃やしてきた過去。その内のいくつかはショックな顔をしていたのでコントロールを誤ったのだと判ったが、自らが司る力なのに失敗してしまったショックもあったのだろう。
アレクサンダーは一つ息を吐いて、ガーデンに咲き誇る花々へと視線を向けた。
「そうだね。神の力を扱うには小さすぎる器だということを身をもってよく知ったよ。……エリー、人間とは不完全な生き物だ。生きるためにその日を必死に生き、その中で善い行いをする者もいれば、悪しき行いをする者もいる。神に死は訪れない。だから日々を必死に生きる必要もなかった。ただ“父”に任された土地を死なさないように、守護し続けるだけで良いのだから。だから人の身の……心の不完全さには、ほとほと困っている」
花々に向けていた視線が、ゆっくりと私に戻ってくる。
そしてずっとパチパチ鳴っている黄金の髪を揺らして、細めた琥珀の瞳に優しい光を灯した彼は。
「――――君のことを考えるだけで心がいっぱいになる僕は、どうしたらいいんだろうね……?」
じわりと目が潤むのが分かった。
そんな私を見ていた彼は椅子から立ち上がり、ゆっくりと私の傍近くまで来て、お互いの視線が重なる高さで跪いてきた。
「……っ、アレクサンダーとしての生を終えた後、貴方は私のことを忘れてしまうのですか?」
ポタリと滴が落ちた手に、違う熱が触れる。
「人としての生を終えて、再び雷神ウルドスとなる貴方は、“エレイン”のことを、その愛を失ってしまうのですか……っ?」
人の身で神に向かって「愛を憶えていてほしい」と願うなんて、烏滸がましくて許されないことだと解っている。
きっとこれも人間が抱いてはならない『欲』なのだ。けれど……!
「仰ったではありませんか、『忘れないでくれ』と。貴方が私にそう願ったのに、私が貴方に願えないのはおかしいではありませんかっ。私が死んでも、貴方が神だから、決して来世で巡り会えない……っ!」
「エレイン」
頬を片方の手に包まれる。顔が近づいて、反対の頬に彼の唇が触れる。
「僕は“君”を忘れないよ」
額に触れ、鼻に触れ。
「ずっと憶えている。朝露を乗せて輝いている、この新緑の瞳も」
瞼の上に触れて。
「ア
永遠の誓約を交わすように。結びついて離れないように。
愛を心に抱いて、私達は重なり合った――……。
――その後、きっかり一年後に婚姻を結んだ二人はお互いに手を取り合い、サンドロック王国を導いていった。
二人が王と王妃となり子どもにも三人恵まれ、時に王妃がサイレン音を発して王を蹴り飛ばし、王が常に頭を光らせパチパチさせながらも、そうして平穏に時は過ぎ去って――――
寝台に横たわり、皺だらけになった手を同じように皺だらけになった手に握られながら、新緑は琥珀を見つめる。
「約束、覚えていらっしゃる……?」
「はははっ。何だったかな? 多すぎてどれのことだか分からないね?」
「本当に貴方はクソでどぐされですわね……。先に逝くことになって、ごめんなさい」
広い一室に二人きり。既に他の者は最後の挨拶を済ませ、彼女の夫である彼だけが彼女の最期を看取る。それは二人が周りに願ったことだった。
ポン、ポンと優しく叩かれる。
「すぐに僕もいくよ。……次の生で逢おう、エリー」
「ふふふっ。ずっと。ずっと愛しておりますわ、アレク……」
新緑が、スッと静かに落ちた。
琥珀はどこももう二度と動くことのない穏やかな寝顔を見つめて、いつまでも優しく――優しく彼女の手を握りしめていた。
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