第6話 万引き少女

希はいつものようにコンビニでアルバイトをしていた。

彼女がここで働き始めて、早10年。

ここのスタッフでは一番の古株だ。

実際、会社をリストラになって、再就職も決まらない希が飛び込みで応募したバイト先だったが、今では一番長く勤められている。

仕事も慣れたもので、オーナー兼、店長からの信頼も厚かった。


「百鬼さん、ほんとごめんねぇ。こんなに長く勤めてもらってたのに」


店長の宇佐美うさみは希の隣で弁当を並べながら答えた。


「仕方ないですよ。コンビニのフランチャイズ店の契約は15年なんですから」


希も手を休めずに答えた。

そうなのだ。

ここは店長が大手コンビニ会社と契約したフランチャイズ店で契約期間は15年。

実際、10年続くとは思えなかったが、なんとか契約期間満了まで続けて来られた。


「これも、百鬼さんのおかげだよ。しっかりしたスタッフが1人でもいてくれたから、うちは続けられた」


宇佐美はそう希にお礼を言った。

実際、この店には希が不可欠だった。

この気の弱い店長1人では店の切り盛りも社員教育も難しかっただろう。


希は「よいしょ」と声を出して、荷物を持ち上げる。

コンテナにぱんぱんに入った食料は慣れていても重い。

すると百鬼の後ろで新人のアルバイトの女の子が大声を上げて騒いでいた。


「てんちょぉ。重くて持ち上がりませぇん!!」


彼女はレジの中で備品の補充を行っていた。

それを聞きつけた店長が足早に彼女に近づく。


「ごめんね。女の子にこんな重い荷物持たせちゃって」


彼はそう言って、アルバイトの子の代わりに荷物を持ち上げた。

希はその光景を見ながら呆れていた。

小売業の半分は力仕事だ。

備品も弁当も詰め込めたら当然重い。

それでも、希は誰の助けも借りずにずっと仕事をこなしてきた。

女の子だから大変だろうと気を使われたこともなかったし、進んで手伝ってもらった事もなかった。


どうしてか、バイト以外でも希の人生の中で女の子扱いなどほとんど受けたことがない。

別に見た目が特別男っぽいだとか、希が外見からして女の子に見えないとか、そういうことではないのだ。

誰も彼女が女性であることに気が付かないと言う方が正しい。

おかげで今までの人生一度も恋人が出来たこともないし、告白やナンパすらされたことがなかった。

ただ、たった1人だけ希の事を女の子扱いしてくれた人がいた。

それは、高校の頃、家庭教師をしてくれていた年上の従兄、高木きぎしだった。

そのせいなのかはわからないが、希は雉の事が好きだった。

唯一の恋愛と呼んでもいい。

そしておそらく雉も彼女に特別な想いがあったのは確かだ。

しかし、2人がその後結ばれることもなかった。

雉が大学を卒業すると同時に、彼は姿を消してしまったからだ。

親戚の人が言うには、あれから一度も雉は実家に帰っていないらしい。

希もそれをずっと気に留めていた。



ドアの開く音楽が鳴る。

希が振り向いて、挨拶をするとそこにはあの少女が立っていた。

以前、ビルの下のコンビニで万引きをしていた少女だ。

恐らく今日はこの希の勤めるコンビニで万引きをするつもりだろう。

あちらは希に気がついてはいなかった。

希は視界から外れないように、少女を監視しながら仕事を始めた。

彼女はなかなか手を付けなかった。

それは客の数に対して、店員の数が多い事にも関係があるのだろう。

やっと店長が少し休憩に入ると新しいアルバイトの子に言って裏に入り、その子も生返事の後、店内を気にすることもなく、暇なのか手元のジェルネイルのことばかり見ていた。

それを見ていた少女が行動に出始めたのだ。

お菓子コーナーになる、一粒チョコレートをわしづかみして、いつものように鞄へ放り込んだ。

それだけではない、また別の場所に行き、おつまみのお菓子を二、三個取り、鞄に入れた。

そして、あの時と同じように別のお客がお会計をし始めたタイミングで店を出ようとしていた。

そこを希は欠かさず止める。

今度がしっかりと両腕を掴んでいた。

少女は驚き、振り返った。

そして、初めてあの時自分を捕まえた同じ人物だと気が付いたのだ。


「あんた、また!」


少女は必死で希から逃れようとしたが、今度は離さなかった。


「それはこっちのセリフだ。お前、何度万引きすれば気が済む!」


少女は観念したのか、暴れるのは辞めた。

万引きを目撃されたのはこれで2回目だ。

もう、言い逃れは出来ないと思ったのだろう。

希にされるがまま、店内の奥へと連れていかれた。

それを物珍しそうな顔をして、新人アルバイトの子は見ていた。



昨日の倉庫内で話し合った内容を満瑠は課長の福本に報告していた。

希のアルバイト申請のお願いと、天様への謁見要望を出さないといけないからだ。

これら全て書類を揃えるのは、福本の仕事だった。

福本は当分の間、渋い顔をしていたが、あのご長寿4人組の頼みでもある。

そう簡単に拒否も出来ない。

しかし、この予算が極少の特別異形管理室で更にアルバイトを増やすことは気が引けた。

上に報告し、納得してもらうのにも骨が折れるからだ。

そして、天様の謁見の件も同様、一筋縄とはいかない。

まずは本部の京都の文化庁、宗務課の課長の許可がいるのだ。

福本とそこの課長とはあまり仲が良くなかった。

だから、出来るだけ話をしたくないというのが本音だ。

しかし、満瑠の話を聞くかぎり、いずれは天様への謁見は必要だろう。

福本は古事記の事や昔の日本の歴史についてはさほど詳しくないが、その名も知れない神がやばいものだと言うことだけは理解出来た。

なぜなら、今、日本で一番力を持った神とされる天様を越える力の持ち主など、こちらの手に負えるはずがないからだ。

福本はしぶしぶ承諾して、満瑠を引き下げさせた。

満瑠は急いでこのことを報告しようと希の勤めるコンビニに手続きの書類を持って、向かうことにした。



満瑠が希のコンビニに到着した時、それは丁度騒ぎが起きた時であった。

入り口の前で1人の少女が希に捕まっていた。

見たところ以前、希が捕まえた少女らしかったので恐らく、また万引きをしていたのだろう。

希は有無も言わせずに少女と共にコンビニの奥の方へ消えていった。

満瑠は慌ててそれを追いかけていく。

しかし、それを見ていた、新人のアルバイトの女の子が満瑠を引き留めた。


「ちょっとお客さん。そっちは関係者以外、立ち入り禁止!」


満瑠は慌てて立ち止まって、店員に謝ったが、どうしても奥の部屋に入っていった希たちの事が気になったのだ。

それにまた、希の周りの御霊たちが興奮したように点滅していた。

また、何かが起きる予感がしていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る