第4話 特別異形管理室

満瑠の話だけでは、どうしても信じがたい希は、満瑠の提案した職場訪問の話を受けることにした。

満瑠の言っていることが本当であれば、満瑠の職場は文化庁。

これだけはどうやっても誤魔化せないはずだ。

文化庁内部に希が入れた時点で、満瑠の言っていることの半分は信じられる。

少なくとも怪しい勧誘でないと言い切れるが、御霊だの神だのと言う話は別だ。

だからこそ、彼女以上に信頼のできる相手に説明を求めたかった。


関係者以外立入禁止の機密保持の職場に、希のような一般人がそう簡単に入れるはずはなかった。

身分証明からありとあらゆる書類を提出し、1時間待合室で待ったのち、現在の宗務課兼任の課長と警備員付きの迎えでやっと職場内に入れた。

満瑠が文化庁の国家公務員であることは事実のようだ。

そして、その課長らに連れてこられた場所は明らかに倉庫だった。

文化庁は割と新しい建物だ。

他の部屋は明るくて解放感もあって、ドアにはちゃんとガラスがはめ込んである。

しかし、希の案内された場所は鉄の扉で窓一つない倉庫。

そして扉の看板にはちゃんと『管理倉庫第五』と記載されている。

その下にパソコンで打たれた文字で『特別異形管理室』と書いてあるラミネートされた紙の目印のようなものが養生テープで張り付けてあった。


「ほんとにここですか? 今しがた作った架空の部署とかじゃないですよね?」


希は看板を指さして言った。

希の後ろに立っていた、兼任の課長見えない中年男の課長がだるそうに答える。


「ほんと、ほんと。信じられないけど、ほぉんと」

「まあ、入ってみたらわかりますよ」


満瑠はそう言って重い鉄の扉を開けた。

そして、満瑠はそそくさと倉庫の中に入っていく。

希も満瑠の後を追うように倉庫に足を踏み入れた瞬間、誰かが頭に棒のようなものをあてがってきた。

何事かと思い振り向いてみると、袴姿をした老人が1人立っている

恐らく頭にあててきたそれは大幣おおぬさと呼ばれる神社でよく見かける物だ。

希はついに自分が祓われる時が来たのかと実感した。

既に妖怪の仲間に思われているのかもしれない。

その老人は大幣を持って呪文のような言葉を連ねる。


『掛まくも畏き……恐かしこみ恐かしこも白まをす』


唱え終えると、老人は顔を上げて希に笑いかけた。


「はい、終わり。これで大丈夫」


彼はそう言って曲がった腰を拳で摩りながら、倉庫中央になるパイプ椅子に座った。

隣には、他にも3人の老人がいる。


「もしかしてあたし、今祓われました?」


希は突然のことで困惑しながら、自分を指さし、先ほどの老人に尋ねる。

すると彼はゆっくり横に首を振る。


「そんな祓うなんて恐れ多い。御霊様に少しだけ席をはずしてもらっただけだよ」


どうやら、この老人は希に群がっていた御霊を一時的に開放したらしい。

おかげで倉庫内は御霊でいっぱいになっていた。

当然、その光景は希にも課長の福本一寿ふくもよかずとしにも見えていない。

だから、彼が希に何をしたかも理解できなかったのだ。


「まあいいや。帰る時は警備室に連絡入れろよ」


福本はそう言って倉庫を出て行く。

満瑠はそんな福本に頭を下げていた。


「課長、お手数おかけしました。ちゃんと連絡します」


つまり、課長の同伴がなければ希の入館も許可が下りず、警備員なしでは廊下も歩けないということらしい。

そして、一番気になるのは目の前にいる、明らかに平均年齢80歳は越えている方々のことである。

これは、明らかにただの老人会だ。

本気で働かせているというのなら、高齢者虐待に値するだろう。

そんな彼らを満瑠が丁寧に紹介していく。


「一番右に座っているのは宮司のタケさんです」

「満瑠ちゃん、僕まだ現役なんだけどね」


タケさんと呼ばれた先ほどの老人はこと切れそうな声で話した。


「その隣にいるのは陰陽師のなっさんです」


なっさんはよっと気前よく手を上げる。

現在でも陰陽師がまだ存在していたのかと希は驚いていた。


「そしてその横にいるのが巫女のウメさん」

「よろしくね」


ウメさんは優しく希に挨拶した。

ウメさんはこの中で一番の年長者であり、現役の巫女だ。

この歳にして穢れのない無垢な女人なのだそうだ。


「最後に一番左にいるのはイタコのトキさん」

「まあ、最近じゃ本業の方は随分ご無沙汰じゃけどねぇ」


彼女はそう言って、入れ歯を小刻みに揺らしながら笑っていた。

イタコとは降霊術を使って、死んだ人間の魂を身体に宿し、その霊の思いを伝える仕事をする人のことを言う。

今まで希は、イタコという職業が既に絶滅していたと思っていたが、そうでもないらしい。

普通に並んでいたら、ただの老人詐欺集団にしか見えないが、文化庁という後押しでひとまず信じられそうな気がした。


「福本さんから連絡が来てよぉ、話は聞いていたけど、目の当たりにするまでは信じられんかったなぁ」


なっさんは感心したように満瑠に話した。

この4人の間では、希はまるで見せ物のようだった。

希も微妙に緊張がしてきた。

立ちっぱなしだった希に満瑠は長机のパイプ椅子を引いて、座るように促した。

そして、彼女の前に温かい緑茶を用意する。

希は何を話していいかわからず、ずっと黙っていた。

その沈黙を破ったのは、お茶をすすり終わったタケさんだった。


「いきなり御霊とか、神とか言われても困るよねぇ。実際、希ちゃんは見えていないんだろう?」


初対面の人に初っ端からファーストネームで呼ばれたが、相手はかなりの年上の先輩だ。

その部分は素直に受け入れて、希は真面目に返事をする。


「そうですね。元々、霊感とかないので、幽霊とかも見たことないです」


そうかとタケさんは頷いた。


「昔、そうね、戦前ぐらい前まではほとんど人が御霊を視認出来たんだよ。出来たと言っても、田舎暮らしの子供が主だったけどね。大人になったらみんな見えなくなってしまう。それは、子供と違って大人になると自分で説明のいかないものを排除しようと言う心理が働くからでね。いつの間にか見えなくなって忘れてしまうんだ。それが御霊ってもんなんだねぇ」


タケさんはそう言うと、再びお茶をすする。


「でもね、一部の人間にはまだ御霊が見えているんだ。僕たちのような特殊な役職の人間とかね。残念ながら、全ての神職者や宗教関連者が見えるわけでも、血筋とも違う。ただ、御霊を受け入れるか、受け入れないかの違いなんだけど、自己を形成し終わった大人には、どんなに頑張っても御霊は見えない」

「そもそも、御霊って何なんですか? 生命体のエネルギーのようなものだって言われたけど……」


ふふふと隣にいたウメさんが笑った。

見えない人間に御霊を理解しろというのは難しい。


「そうね。御霊は肉体を持たない意思のそのもの。私たちの言う、神様という存在かしらね」

「なら、その神様が見えないけれど、空気中に散乱しているということなんですか?」


希には神様だと聞いても想像がつかない。

空気中に幽霊のような存在がうじゃうじゃいると思うとなんだか気持ち悪かった。


八百万やおよろずの神って知っているかい?」

「はい。800万もいるたくさんの神様のことですよね?」

「正確に言うと『八百万』とは数えきれないほどのという意味があるんだよ。つまりね、日本には数えきれないほどの神が存在するということなんだ。それは種類豊富という意味ではなくて、どんなものにも神は宿っているということ」


あ、と希は思い出したように言った。


「付喪神の事ですか? なんか何百年もたったアンティーク的なものに魂が宿るとか」

「最近の子は面白い覚え方をしてるものねぇ」


横にいるウメさんがおかしそうに言った。

すると、なっさんもその会話に介入した。


「最近は、妖怪だのお化けだのを戦わせたりする漫画やアニメがはやっちゅぅらしいから、そこいらの影響じゃねぇかな」


確かに、最近では怪異だの異能だの、若者世界では大反響だ。

しかし、その世界観をここにいる高齢者に伝えるのは難しい。


「確かに付喪神は長年愛用されていた人工的な造形物に魂を宿し、神となったものを指す。しかし、九十九の神とかいて、九十九神つくもがみとも呼ぶんだよ。つまり、どんなものにも魂は宿る。それが最近出来たばかりの物でも、随分古いものでもこの世の万物には等しく御霊を宿すというなんだよ」


それにと隣にいた満瑠も話に加わった。


「実際不思議だと思いませんか? 同じ神様なのにいろんな神社に奉納されているなんて。先ほど日々枝神社でも伊邪那岐神様が奉納されていましたよね。でも、伊邪那岐神様って全国津々浦々の神社にいらっしゃるんです。じゃあ、どれが本物の神様なのって思いますよね?」


確かにと希も頷く。


「御霊には核の持つ大元があって、そこから力が分散され、物や人について恩恵を与えます。神社などではその大元の御霊から分霊を行い、他のご神体に宿すので、全てが本物ということになります」


まだまだ分かりにくい部分はあるが、やっと満瑠の話す内容を想像できるようになってきた。

さすがに5人に御霊の話をされれば、御霊の存在にも信憑性が生まれる。


「でね、僕たちが気にしているのは、その君の中に存在する巨大な力を持つ御霊の事なんだ」


そう言って、タケさんは希の身体を指さした。

その瞬間、周りの空気が少し変わったのを希は感じた。

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