第2話 御霊の集う者

朝の巡回も終えて、仕事場に戻ろうとした頃、満瑠の目にとんでもないものが飛び込んできた。

日々枝神社からの帰り道、鳥居を抜けた交差点付近で大量の御霊を発見した。

御霊とは元々そこら中に常に存在し、空気中に漂っているものなのだが、一か所に集まっていることは珍しい。

先ほどの平賀天満宮にいた御霊のように、何かの力の発生で一か所に集まることはあれど、このように何もない道端に多数の御霊が固まって、それがもそもそと移動するなどとんでもない事だ。

しかも、もし何かしらの力の発生で集まって来ていたとしたら、同じ種類の御霊が集まる。

それに対し、その集団はありとあらゆる種類の御霊が集っていた。


満瑠でも初めて見る光景だ。

とにかく、原因を見極めたくて、目を凝らして観察した。

よく見るとその御霊たちの奥に人が存在する。

つまり、御霊が群がっているのは人間なのだ。

聞いた事もない話だが、もし人の形をした邪神か何かで、御霊が集まったとしても、その群がる御霊も穢れを放ち、薄気味悪く輝いるはずだ。

しかし、その様子も全く見られない。

御霊そのものは健在で、輝きもいつも通りの白く輝いている。

なので、邪神に魅入られて集まっているわけでもなさそうだ。

どちらかというと、強い力を放った神の社に集う御霊の状態に近い。


満瑠はまさかと思った。

これではまるで歩くご神体である。

どうしても気になった満瑠はその人を追いかけることにした。


その人物の装いはヨレヨレの白い半そでに色あせたジーンズ、随分と薄汚れたシューズに年期の入った肩掛け鞄を持ち、まるで貧乏学生のような雰囲気を醸し出してはいたが、どう見ても成人女性のようだ。

整われていないだらだらと伸ばした髪を後ろに一つに束ね、曲がって縁が削れた眼鏡、化粧っけはなく、とにかくひどい猫背だ。

彼女の見た目だけで言えば、まるで想像上の貧乏神のようだった。

実際、貧乏神がそのような装いをしているわけではないのだが、彼女の周りが御霊の集やすい場所にも、集いやすい人間にも思えない。

御霊とは自然と神聖な場所を好む。

例えば、ここのような人が多く集い、人工的エネルギーばかりが溢れる場所ではなく、自然豊かな空気の綺麗な場所だ。

実際、稀に多くの御霊を抱える人も存在するが、大半は幸運に恵まれた、リア充とよばれるような人ばかり。

彼女のように不幸をまとったおどろおどろしい雰囲気はしていない。

ただ、御霊がこれだけ集まると言うことは見た目とは異なり、彼女の周りが神聖である証拠。

満瑠はその秘密をどうしても知りたかった。


すると彼女はそのまま御霊を抱え、ビルの下にあるコンビニに立ち寄った。

コンビニに入る瞬間、一瞬だけ一部の御霊が離れていく。

そして、彼女が店内に入ると、定位置から若干ずれていた買い物カゴ置きが彼女の足に引っ掛かり、コンビニの入り口で豪快に転倒した。

その時の衝撃音に、店内の客も店員も彼女に注目する。

その瞬間だけ、彼女に群がっていた御霊が一瞬離れ、彼女の本来の姿が満瑠にもしっかり見えた。

彼女は膝をつき、ぶつけた頭を痛そうに摩っていたが、その腹の中に巨大な光が見えた。

腹というより、身体全体に詰められる御霊の姿。

恐らく東京中の御霊を集めてもこれほどの力は持たないだろう。

日本に存在する一番大きな神宮に匹敵する力だ。

多くの御霊で誤魔化されていたが、彼女は確かに神聖な場所のようである。

ただ、妙なことなのはその御霊が不完全であるということ。

そして、それだけ御霊にとらわれているというのに、行動が全く神らしくないということだ。


満瑠の浅い知識でわかる事に限界があった。

彼女に接触して、に相談する必要がありそうだ。


満瑠が彼女に駆け寄ろうとした時、一瞬にして彼女の纏う空気が変わった。

戻ってきた御霊たちの光も強くなり、点滅をするように強弱を繰り返している。

確かに彼女の意思に周りの御霊たちが共鳴している。

そして、そんな彼女の目線の先には1人の女子中学生がいた。

彼女はその女子中学生を知っているようだった。

少女の動きは確かにおかしい。

何か買う様子もないのに、店内を無駄に歩き回っている。

そして、度々入り口付近の化粧コーナーに近付き、横目でちらりと見ていた。

満瑠にもすぐにわかった。

少女は万引きをしようとしている。

既に少女の肩には幾つかの御霊が乗っていた。

その中の1つが豊受大神とようけのかみ、衣食住に携わる神だ。

穢れを受けているのか、薄気味悪く光っている。

豊受大神がついている人間が生活に困窮しているわけがない。

お金もあり、制服からしてもどこかの私立女子中学で裕福なはずだ。

それなのに少女は万引きをしようとしているのだ。

しかも、これほど御霊を穢れさすということは今回が初めてではないのだろう。

少女は万引きの常習犯だ。

その少女を彼女は見失わないように、自分の視界の中に常におさめていた。

少女に気づかれないように監視しているのだ。

そしてついに、その少女は店に並んでいたマニキュアの1つを手に取り、肩にかけていた鞄の中に放り込んだ。

それを見た満瑠はすぐに注意しに行こうとしたが、はと思い出す。

こういう場合、万引きした瞬間を狙ってもあまり意味がない。

店を出るまで見張るのが基本。

ここで注意したところで、「気が付かなかった」や「そんなつもりはなかった」と言い逃れされれば終わりだ。

確実に支払いをする気がない証拠を掴まなければいけない。

少女はそこからはなかなかコンビニを出ようとはしなかった。

そして、数分後、店員が他の客のお会計を始めたタイミングで、素知らぬ顔をして出て行こうとする。

少女の体が店外へ完全に出だ瞬間、彼女は駆け寄り、少女の腕を掴んだ。

少女も驚いていて立ち止まる。

上手くいっていたと思っていたのだろう。

店員以外の人間に捕まるとは思ってもいなかったという顔だ。


「鞄の中にある商品を出せ!」


彼女は少女に向かって叫んだ。

少女は彼女を睨みつけ、掴んだ手を放そうとする。


「辞めてよ。なんなの、放して!」


少女が全く自分のした事を認めようとしないので、彼女は少女の半開きになったその肩にかかった鞄に無理矢理手を突っ込む。

少女はそれに気が付いて必死に抵抗した。

そんな揉み合いの中で、彼女は鞄の底から真新しいマニキュアを探り出した。


「これはなんだ、言ってみろ!!」


彼女は少女にそれを突き付ける。

少女は悔しそうな顔で睨みつけていた。


「そんなの知らないわよ!」

「嘘を付け! 店内の監視カメラを確認したらわかる事なんだぞ!!」


彼女は強気な姿勢で少女に立ち向かっていた。

どこかその対応が手慣れているように見える。

少女は必死で掴んでいた手を振りほどいて、鞄を抱えながら俊敏に逃げて行った。

彼女も一瞬、後を追いかけようとしたが辞めた。


「あのぉ」


一部始終を見ていた店員が彼女に話しかける。

彼女も振り返り、その店員に手に持っていたマニキュアを渡した。


「すいません。お宅の商品ですので返します」


彼女はそう言って結局何も買わずにコンビニを出て行った。

何が起きたか今ひとつ理解のできなかった店員は、ただ茫然と彼女の後姿を眺めていた。




満瑠は慌ててその女性を追いかける。

やはり今も彼女には大量の御霊が付いていた。

しかし、先ほどのように点滅はしていない。

必死に走って、満瑠は彼女の肩に触れた。


「すいません! ちょっとお話よろしいですか?」


満瑠は息を切らしながら話しかけた。

彼女も何事かと驚いている。

しかし、満瑠のただ事ならぬ様子に、彼女は無視することも出来ないでいた。

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