蛍火
藤原 汰地
第1話
押入れの中は、闇が充溢している。その内部で、二人の兄弟が肩を寄せ合い、膝を抱えてうずくまっていた。
押入れの上段は狭く、その空間は、子供二人の存在でむせ返るほど濃密に埋め尽くされている。二人の身体には、痛ましい痣が目立った。
兄が持ってきた蝋燭に火を点け、二人は暗闇の中で、ただ黙って火を見つめていた。友達から貰ったのだと兄は言っていたが、おそらく盗んだのだろうと弟は思った。
押し入れの黒い木目が、揺れる火を養分にしてさっきよりも大きくなった、気がする。この木目は、深淵に似ている。弟はそんなことを思った。
蝋燭のか細い火が、頼りなさげに揺れている。下段で炊かれた練炭の炎が、ある一定のところまで空気を吸い切ったとき。その合図として、この小さな火は消えるだろう。二人で作った狭い闇に食い尽くされて。
「ほんの遊びだよ。理科の実験をするんだ」
そう口にしながらも兄は、なぜか決して笑わなかった。
どちらかがこの遊びを止めなければ、酸欠か、一酸化炭素中毒か、あるいは二酸化炭素中毒に陥るだろう。弟は、こんな自分がまだ何かに囚われていることを、強く意識させられていた。
その何かを確認するように、縋るように、弟は兄の目を覗き込んだ。兄は、黙って蠟燭の火を見つめていた。兄の、壁の木目に似た真っ黒い瞳の中で、消えかかった小さな火が、微かに揺れていた。弟は兄の手を握った。兄の手は酷く冷たかった。
目の前にある白い棒の頂で、まだ火が、揺れている。弟は蝋燭から木目に視線を移した。このブラックホールは、一体どこに通じているのだろうか。弟はそう思いながら、乾いた喉に無理やり力を入れ、唾を飲み込んだ。
今日は親が帰ってこない。弟は、ぼんやりとした頭で、そのことを思った。
蛍火 藤原 汰地 @sanpachi
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