第6話 一学期の終わり

 一学期の終業式の日がやって来た。開放的な気分も少しはある。友達と寄り道したい気にもなるけど、由乃にはテニス部の練習がある。私もテニス部だけど、父さんの事件があってから、休部届を出していた。それにそう、今は母さんの入院もある。

 例の、私の席を取り囲むマンモス校出身の仲良しグループは、ドーナツショップに寄って帰ろうと騒いでいた。前の席の木嶋ルミが他の三人とお喋りをしていたかと思うと、私の方をチラチラ気にしている様子が見えた。そして唐突にこちらに近付くと話しかけてきた。


「私達、今からドーナツ食べに行くんだけど、月島さんも一緒にどう?」


「ありがとう。でも今、ウチの母親、入院しててバタバタしてるとこ。また二学期にね。ごめん」


 正直、このコの誘いには驚いた。いつも私に対しては塩対応なのに。母さんが入院し、バタバタしてるのはホントの事だから仕方がない。どちらにしろ、このグループと一緒のドーナツパーティじゃ、アウェー感ありそうだ。


 私は強い陽射しを避けながら公園を通って

 家に帰っていた。その時、ベンチに腰掛けている父さんの姿を見た。


「父さん!」


 父さんは声をかける私に驚き、戸惑っていた。


「ここで何してるの?」


「実は、校長先生と相談してこの間から、休暇を取っているんだ。菜々や翔太につい話しそびれてしまって、家族が帰るだろう時刻には、こんな所で時間を潰してる」


「そんな事、気にしなくって良かったのに。正直に言ってよ」


「言おう言おうと思いながら、時間だけが過ぎてしまって。菜々が最近、浮かない顔しているのを見て、あまり心配かけたくなかったんだ」


「もう、父さんってば」


「でも、この機会に家の中を徹底的に片付けられるだろ。そんな風に前向きに考えているんだ」



 目の前にはパンダやシロクマのオブジェがぽつんぽつんと置いてある。その横には誰もいない滑り台。向こう側のブランコには三才くらいの子どもを膝に載せた若いお母さんがゆったりとブランコを漕いで時間を過ごしていた。

 懐かしい公園の長閑な風景。でも少しずついろんな事が変わってきているんだ。何だか泣きたくなった。


「あっちのカフェで何か飲もうか」


 父さんは公園併設のカフェを指した。ログハウス風のカフェの外にあるテラスのテーブルに座り、父さんはコーヒー、私はソーダフロートを頼んだ。


「ねえ、宮田璃空センパイが家に来た話、したよね。センパイ、父さんの事をすごく心配してたよ」


「そうか。宮田、元気そうだったか?」


「うん。ちょっと大人っぽくなってて、最初誰だか分からなかった。何年かで人って変わるよね」


「十代の頃は変わるよ。菜々だってこんなに大きくなって」


「私は身長だけだよ。センパイは何かちょっと大人っぽくなって、元気は元気だけど静かな感じだった」


「あいつの行ってる高校は厳しい進学校だし、いろいろ大変なんだよ。それに、みんな何か抱えてるものさ」


「ね、父さん。今まで家で聞けなかったけど、新聞に書いてあった事は本当だったの? 盗難品の装飾品を学校に隠してたって。だから、仕事を休まなくちゃいけないの?」


「ああ。でも盗難品とは知らない。父さんがずいぶん昔、菜々と同じ高校生の頃、人から預かったか、もらったかした宝石の件でね」


「装飾品って宝石だったの? 預かったかもらったかが、分からないの?」

 私は目を丸くした。


「変だと思うだろ? でも、実際そうなんだ。その人は『あげる』、『ニセモノだから』と言ったんだけど、それじゃ尚のこと誰も信じやしない。父さん自身もわけが分からないんだ。遠い昔の事をよく憶えていたつもりで全然憶えていない」


「父さんが私と同じ位の年齢の頃の話? そんな昔の話だったんだ。宝石をどこでもらったの?」


「バイトしていた店の前の路上だった。ティユルというフレンチレストランでバイトしていたんだ。くれたのはそこのお客さん。誰にも話してなかったし、警察も、もらったのは最近の事だろうって言うんだ」


「なんで黙って受け取ったりしたの? 父さんにそれをくれた人って、男の人? 女の人?」


「女の人だよ。とても綺麗だった……」


 その言い方は、まるで夕陽を見て綺麗だと言っている時の父さんの口ぶりとそっくりで意味深だった。

 そして、それ以上何も聞けなかった。




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