第6話 会社の成長は二人に影響がある
まどかと正式に付き合う様になった。週末のデートは勿論、会社の帰りにデートする事も有った。
今、俺が持っているプロジェクトは社内からお客様へ展開する為のプロ計(プロジェクト計画書)の部門レビューと本部長レビューへの参加。
それと社内開発した商用AI(生成AIでは無い)の販社展開の為の営業支援を行っている。全て社内作業が中心なのでまどかとは、いつも会える。
まどかとの正式な付き合いが始まって半年、今の俺の最大の悩みはまどかとキスもしていない事だ。したいんだけど、どういうタイミングですればいいのか…。
そんな事を悩んでいる時、
「神崎、ちょっと来てくれ」
いきなり第二開発部長に呼ばれた。心当たりが無い俺は直ぐにノートPCを手に持ってついて行くと防音設備付きの会議室に入れられた。
入社してもうすぐ丸三年になろうという時の部長からの声掛けに緊張しながら席に着くと
「この事はまだ社内でも一部の人間しか知らないが、対象者にだけは事前に教える事になった。
神崎、今度の四月からお前は○○通のAI企画開発室に移籍だ。もちろん社歴は全て継続する。給料も三割アップになる。悪くない話だが、本人が断る選択肢もある。どうする神崎?」
○○通のAI企画開発室と言えば商用AIの世界でもトップチームだ。断る理由なんてない。だけど勤務先はどうなるんだ。
「部長、とてもいい話で受けたいと思います。でも勤務先は確か静岡県の…」
「はははっ、あそこにはもう主力部隊はいない。今はここから三十分も掛からない○○通ストラテジーラボだ。お前も何回か行っているだろう」
そこなら通勤ルートを変えれば通勤時間はそんなに変わらない。
「部長喜んで受けさせて頂きます」
「そうか、良かった。あと同僚の何人かも行くから後で挨拶させる。但し社内発表有るまでは、口外無用だぞ」
「分かりました」
それから正式に社内に公表されたのは三週間後だった。もちろんまどかにも話していない。この時点ではまだ社外秘だ。
そして三月上旬に会社広報から正式に社外に対して発表が有った。メディアでも騒いでいる。
商用AIは生成AIとかの部分最適化の初期的な物とは違って、営業手続き、業者間受発注や銀行間取引、金融決済、経理処理、財務処理を人間の代りに処理してしまう。その情報は会社の中枢そのものだ。だから情報は完全にクローズド環境にある、当たり前の話だが。
当然その手の社員には面白くないAIだが、これは社会的に影響が大きかった。
俺は四月に移籍する時も周りには分からない様に移籍した。もちろんまどかには言ってある。彼女が口を滑らす事はないと思っているからだ。
だけど、移籍初日から仕事はきつかった。ウエルカムパーティなんて時間はない。朝らか夜遅くまで、AIの理論構造の構築課程に検証を入れ、誤った判断をしない事を確認するという、今までの俺の仕事とは全く違っていた。この検証自体も対抗AIが行う。
まともにアパートに帰る日は週に一度あるか無いかだった。でもまどかとは毎日連絡した。
『りゅう、会いたいよ』
『ごめん、俺も思い切り会いたいけどラボも出れないんだ。この施設は終日生活できる設備を全て備えているから』
『そうなんだ』
『少しでも仕事の隙を見つけたら会う様にする』
『楽しみにしている。好きだよりゅう』
『俺も好きだよまどか』
こんな程度でも声を聞こえるのは心が休まる。
ラボに常駐して商用AIに取り組む様になって一ヶ月した時だった。ラボの地下研究室の廊下を向こうから歩いて来る女性が居た。直ぐにそれが誰だか分かった。
向こうも気付いたようで
「りゅう、久しぶりね」
「御手洗(みたらい)さん」
「酷いなぁ、別れた訳じゃないんだから千賀子(ちかこ)って呼んで」
「で、でも」
「あっ、そうだ。今日午後五時から三十分だけスリットがあるじゃない。七階のカフェテリアで待っているから」
「えっ、でも」
「じゃあねぇ」
全く昔のままの彼女にちょっと苦笑いしてしまった。
りゅうか、懐かしいな。
高校時代に知り合った。彼の事は好きだったけど、彼は思い切りの奥手。私も自分からは言い出せない。お互いに踏み込めないまま、大学が別々な事で自然消滅。
大学時代に彼氏が出来て半年付き合ったが、肉体しか求めない相手に飽きて、それ以来彼氏無し。社会人になって声を掛けてくれる人はいたが恋人は出来なかった。
まさか、ここで会えるなんて。あの人は中堅私大に行って居たはずなのに。ここは国立大学院卒かその道のドクタークラスしかいない筈。
でも高校時代から頭が切れたからな。おかしくは無いか。午後五時が楽しみだ。
もうすぐ午後五時。室(しつ)移動の為、地下廊下を歩いていたら、まさかの元カノと出会ってしまった。
あの時は髪の毛が肩位までしかなかったはずなのに今は腰まで有る。目が大きく切れ長でスッとした鼻に可愛い唇はそのままだった。
「神崎、スリットに入るぞ」
「はい」
強制休憩時間だ。ここではダラダラ作業は許されていない。工程進捗をターム毎に区切って休みはチーム毎に強制的に取らせられる。
俺は急いでこのラボの最上階七階にあるカフェテリアに行くと窓の傍に彼女は座っていた。近づくと直ぐ俺に気付いた。
「りゅう、こっち」
「御手洗さん、社内でその呼び方は」
「何言っているの。皆りゅうって呼んでいるじゃない」
「それは仕事の時だから」
「今も拘束時間という意味では同じでしょ」
「…………」
全く昔のままだ。
「それで、りゅうはなんでここに?」
「俺が聞きたいよ。一月の半ば位かな部長に移籍を言い渡された」
「へーっ、流石だね。ここは院卒かドクタークラスしかいないのに」
「御手洗さんはどうしてここに?」
「私は元々この会社のこの企画室当初からのメンバーよ。だからあなたがこの企画室に来るって知った時は驚いたわ。でもこれであの時からの続き出来るかなと思って」
「あの時って」
「りゅうって記憶力良かったよね。いじわるでもなかったと思うけど」
彼女は別々の大学に行って自然消滅した関係を復活させる気なのか?
「ふふっ、今考えている通りよ。昔から変わらないわね。りゅうの頭って。で、どうかな。今彼女いるの?」
答えようがない。彼女の考えが見ないからだ。部長からは個人の情報に紐づく関係は全て口に出さない様にと言われている。
もしこの人が何らかの意図をもってまどかに近付いたら彼女に迷惑が掛かってしまう。
「無言っていう事は居ないって事で良いのかな。じゃあ、もう一度恋人同士を復活させよ。もう大人なんだから、ねっ!」
どういう意味で御手洗さんは近付いて来たんだ。積極的だったけど、なんか違う。
「ごめん、もう時間だ。俺、室に戻る」
「あっ、もうこんな時間。休憩出来なかったね。じゃあ、またね。同じ企画室だからまた会えるね」
俺は急いで室に戻った。このプロジェクトは部屋ナンバーで行っている事が分かる為、会議室以外の部屋は自分では言わない。会議中もあくまでも会議ゴールに向けた質疑だけだ。
でも御手洗さん、本当にどういうつもりで?
それからも何回か御手洗さんと会ったけど、あの時の様な会話はなかった。会う時にほとんど他の人がいたという状態だったからかも知れない。
まどかとは一日一度スマホで連絡を取るだけだ。日曜日偶に帰っても疲れているし、洗濯や部屋の掃除もしないといけないので彼女と会う事が出来なかった。
―――――
書き始めのエネルギーはやはり★★★さんです。ぜひ頂けると投稿意欲が沸きます。
それ無理と思いましたらせめて★か★★でも良いです。ご評価頂けると嬉しいです。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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