3. サムエル記前書第17章47節

「――それはこの地にグノーシア教を作り、神を信じ、天に仕え、隣人を愛し敬う素晴らしさを説いた最初の再誕者が遺した聖遺物、ロザリオと言います。」


 世紀354年、通貨の概念も無ければ倫理の概念も持ち合わせていない、ただ育てた簡単な農作物に調理を施し、作法も知らぬまま皆と卓を囲んで平らげるだけの毎日であった大陸リハルトのある村に宣教師と名乗る男が現れた。

 その奇怪な格好と髪型、そして得体の知れない教えを説く様に最初は誰もが訝しんだ。

 しかし病人に寄り添い積極的な献身を尽くし、痩せ細った土地を癒して彩色豊かな農作物を作る方法を伝え、苦難が襲い掛かればこれを「試練」と称し、自ら命を賭して立ち向かう姿に、村人は皆、宣教師を崇め教えを乞う様になったのである。

 縋る物のない無秩序な世界に、信ずるべき神と隣人を愛する他者への献身の心を授けたのだ。

 大事なのは名ではなく、その二つの教えによって、清く生きる事が本懐なのだと、共に生きて行く内に考えが変わっていった宣教師は、元の世界とは文化も言葉も違う大陸に合わせキリスト教を元に作られた教えを、「グノーシア教」と命名した。

 村を去る際、村人はこの行いを記すため、頑なに明かさなかった本当の名を教えてくれないかとの懇願に、彼はただ一言「フランシスコ=ザビエル」と名乗り、村を去っていった。

 元の世界にて病床に臥し生涯の幕を閉じた直後に、この世界で若き青年として再び生を受けてなお、教えを説き、人々を救う事に身を捧げた男ザビエルは、やがてこの地においても列聖に名を連ねた殉教者として語り継がれていったのである。

 亡くなる直前、自身が何時如何なる時も手放さなかったロザリオをこの地に託した。

 大陸リハルトに置ける、最初の聖遺物が誕生の瞬間であり、それは祈りによって神聖な力を身に宿した聖具となり、真に心の清い者でなければ、触れる事すら出来ない代物と化すのだ。

 代々それはヴァルフォロメイ家の管理下に置かれていたが、盗難や貴族社会に置ける政治的利用を防ぐべく、親族の中でも限られた者にしかその在処を伝えていなかった。


「このような神聖な物を、お父上が私の為に残してくれていたのですか。」

 目を見開いたままセルジオは告げる。

 そして直後に神父の目を見て口を開いた。

「しかし私にはただ剣を振るう事しか知りません、優秀な兄弟や力を持った名家の生まれの者、他にもより優秀な者はいたはずです、私如きが受け取るにはあまりにも不相応なのではないかと。」

 自身の胸の内を明かすセルジオに、神父は微笑みながら彼の両手を握りながら言った。

「何を仰っているのですかセルジオ様、貴方程この聖遺物に相応しい人物はおりません。」

「聖ザビエルのように身分も生まれも関係なく接し、隣人を敬い愛し続け、何時如何なる時も献身の心を忘れなかった貴方だからこそ、この聖遺物を受け取るべきなのです。」

 手を離し、少し間を置いた後続ける様に神父は告げる。

「この争いの果てにあるのは勝利でも敗北でもなく破滅。多くの貴族が自身の権力の為に他者を蹴落とし、聖遺物を交渉の道具としか見なしておらず、素晴らしい才を持った兄弟達も、それを自身の快楽に耽る為にしか使わなかった中で、貴方だけは授業と稽古を抜け出す事はあっても、教えを破る事はなかった。どの名家よりも莫大な富を心の中に築いていたのだと、御父様は仰られておりました。」

 決意によって堰き止められたセルジオの涙腺が、再び決壊するのを既で引き止めた。

「御父上…。」

 ロザリオに目を落とし、ただそう呟いたセルジオに今度は厳しい口調で神父は語る。

「そしてこの聖遺物が貴方の手に届いてる頃には、私は既にこの世を去り、貴族社会は崩壊し文明すらも今や消滅の危機にさらされていると言う事。そして貴方自身にも今までで経験した以上に大事な物を犠牲にする覚悟と壮絶な旅路が待ち受けているという事。」

 身を聖水によって清められ、刺繍の入ったシルクの布で包められた亡骸を抱えると、慈しむ笑みを取り払った真剣な表情で伝える。

「この地を救うには聖遺物が齎す秘蹟の力を持って、その罪過を贖う廉施者となり、過酷な巡礼の旅を為さねばなりません。

そして聖遺物の力を扱うには同じく今の肉体を天に帰し、聖体とならなければならないのですが。」

 覚悟を持って語る神父の口から、躊躇う様子を伺える。

 しかし、残された時間は多くはないと決心した神父から、衝撃の言葉が発せられる。



「――セルジオ=ヴァルフォロメイ様、貴方が聖体となるためには、息子様を贄に捧げなければなりません。」


 



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