第2話

【アカデミー:宿舎】


アキラ・ユガワラはベッドから起き上がり伸びをする。

アカデミー時刻六時。地球上と同様に二十四時間設定された一日の始まりは、部屋の皆を起こすことから始まる。

「おはよう、みんな。朝だよ」

三人を起こし洗面所へ。朝の時間はとても混雑する。

「まってくれ、キューティクルが」

「誰かシェービングフォーム持っていないか」

「しまった歯磨き粉が切れた。ミント味じゃないのはなかなか手に入らないんだぞ」

皆も他班も、やや浮足立っている。

仕方ない。今日からついに実機を用いた訓練が始まるのだ。

「アキラ、シャツのボタン掛け違えてるぞ」

「えっ」



【アカデミー:格納庫】


「……それでは、本日は実機への搭乗を行います。今日はシミュレーションモードで乗機、起動、基本動作、格納、整備の動作をチェックします。シミュレーションの動作ができた班から順にコロニー外実習へと進みます」

全長十数メートルの機械の巨人が四体佇んでいる。

ミシェル・L・ラングレンはそのうちの白い機体に触れる。

「調整は仕様通りに仕上げています。誤差はコンマゼロゼロイチ。でも実機の作動と坊ちゃんの成長にはどうしてもズレが出ます。感じたことはなんでも教えてください、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめてくれ。奇麗に磨き上げてくれて感謝するよ、整備長」

月のエレクセオン社から来たベテラン整備士ーーーミシェルが幼いころから機械のあれこれを教えてくれた老人は、彼を貴族の子としてではなく近所の悪ガキのように接してくれる。

余計な気遣いもへつらいもないのは、有難かった。

「アルペイオス。起動シークエンス開始」

船外服よりもスリムなランニングスーツをシートに収め、操縦桿を握り、ペダルを踏む。

彼の体格にとっての最適値で設定されたそれらの反応は期待以上であった。

「最高だ。これだけでも動かせそうな気がするよ」

サムズアップで応える整備士。心からの感謝を伝えるのに余計な修飾語は必要ない。

「接続する」

ヘルメットのポートにケーブルを接続。

共通規格のコネクタで人と機械が一つになる。

「起動シークエンス開始」

ヘルメット内の電極に熱が入ったような錯覚を得る。この電極が脳磁気、脳派、血流を測定し、即座に機械の動きへと反応させるのだ。

それでも情報の伝達は光の速度を超えることができず、スキャンから漏れた信号や、ヘルメットや機体を経由するうちにパケットロスされるデータも少なからずある。

それらを改善するのが昨今のLeフレーム開発の主眼であり、そしてこのアルペイオスはそれらの技術の最先端にいるのだ。

「アシストシステム、起動」

さらに、過去の操作情報が蓄積から今の状況に最適なパターンを自動で割り出し実行する補助機能も動き出す。

今は汎用データを転用しているが、いずれは彼が専用機で蓄積したデータのみを使用することで、より精度の高い動きを実現させられるだろう。

「アシストシステムの評価はいまのところ七十点だ。坊ちゃんの腕ならメイン操作八割、アシスト二割でいけるだろう」

「そうか。ではそのセッティングで」

ミシェルの操縦と脳波を彼自身よりもよく観察している整備士が言うのであれば間違いない。複雑なシステムを多数搭載するLeフレームには、ランナーと整備士の連携が必要不可欠だ。

〈起動前チェックリスト七十五パーセントまでクリア〉

同時に他の整備士たちが脚部やスラスタ、その他機械部分の点検を済ませていく。

「想定、出力上昇」

〈想定、出力上昇。回転確認、推力2。燃焼良好〉

〈油温正常、アクチュエータ良好〉

実際にスラスターを吹かしはしないが、データ上異常なしの数字が出る。

〈チェックリスト九十パーセントクリア〉

「視覚クリア、オーバーレイ……クリア」

〈チェックリストクリア。操作系バイパス確認、シミュレーションモードで立ち上げ確認。各部作動無し〉

機体の視覚が捉えたデータが目に投影される。燃料やレーダーといったデータも重ねて写される。

「アルペイオス、シミュレーションモードで起動完了。続いてデータリンク……接続確認」

同時に起動中の班の機体と連動。

ランドグリーズ、ユキカゼ、そしてレンジャー。

〈十四班、全機シミュレーションモードで起動完了〉

〈コントロール了解。テスト項目を開始。プログラムは基礎挙動一から十〉

〈十四班了解。基礎挙動プログラム開始〉

通信からやや硬いアキラの声が聞こえる。

〈了解だ班長。いいとこ見せてくれよな〉

〈了解、プログラム開始〉

「こちらも開始する。アキラ、気負わずいこう」


ミシェルの一言で気が楽になった。

アキラはレバーを握りしめる。

基礎挙動訓練はごく簡単な挙動の訓練である。

前に進む、後ろに下がる、横に動く。無重力空間でスラスターを吹かし、適切な逆噴射で静止。

次に手足の操作、レーダーやセンサーの使用、それらを使った信号の識別。

造船所で旧型のLeフレームを使用していたアキラからすれば、慣れた挙動である。

しかし、反応がとてもいい。

これまで使っていたエンデバーでは、動きにくい船外服と反応の悪い操縦系で精密操作をやってきた身。仲間内では一番腕がいいと言われてきた。

「すごい、操作にラグがない!」

〈何十年も前の機体に比べりゃ、レンジャーだって新型さ〉

「おっと」

ついスラスターを吹かしすぎた。乗っていたエンデバーでは右の噴射が弱く、癖のないこのレンジャーとの差に戸惑ったのだ。

〈それでも規定値内に収まっている。流石だアキラ〉

「ヴァンセットこそ一発じゃないか」

他の二人も一連の過程を余裕でクリアしている。

「十四班、基礎挙動プログラム、すべてクリア」

〈コントロール了解。テスト終了、システムのシャットダウンと、使用後整備の講習に移行〉

「十四班了解」

機体のシミュレーションモードを終了し、エンジンを停止。機体との接続を切り離す。

急に等身大の身体に戻ってきた感覚に酔う。

「金持ちのボンボンどもの付き人かと思えば、存外やるじゃねぇか」

「レンジャーは初めてか?上手いな」

「L2の労働者階級か。なら俺たちの仲間だ。応援するぜ」

「ありがとうございます!」

搭乗するときは腫物を触るような扱いだったけれど、結果を出せば味方になってくれる。

これまでもよくあったことだ。

「専用機持ちどもに負けるなよ、坊主」

彼らは学園に所属する整備士たちだ。

最新の機体を扱う企業の整備士たちに比べ、汎用のレンジャーを担当する彼らは肩身の狭いところがある。

企業のバックアップを持たない学生は、弱い。つまり結果を残せない。

だからこそ、彼らはアキラに期待しているのだ。

「期待に応えて見せます」

今実習を行った二十五の班の中で、彼ら十四班が一番早かったらしい。

班によってはいまだに起動が終わらないとも。

「お前のレンジャーは俺たちがばっちり仕上げておいてやる。奴らをぎゃふんと言わせてやってくれ」



【アカデミー:食堂】


「確かに、学園の整備士は企業の整備士より給料低いからな。新型に触れる機会もないから技術力も上がらないし。そんな中で腕の立つ学生がいれば応援もしたくなる」

酷い言い方をするなら、企業に採用されなかった者たちが彼らだ。

ヴァンセット・ツィナーは明石工房の担当整備士に伝えるメモをまとめながらバゲットをポトフに浸す。

「しかし、基礎挙動を一日でクリアできるとはね。ここでは数日かかると聞いたが、経験者揃いで助かった。明日からの作業もハイペースで進められるだろう」

コンソメがやや薄い。芋も人参も小さくカットされすぎている。今日のメニューは外れか。

「来年のことを語るにはやや早いが、僕たちが皆に先んじたことは間違いないね」

ミシェルは上品にマカロニサラダをつついている。

「……すこし茹ですぎだ」

「調理担当が変わったのか?昨日まではこんな味じゃなかったんだが」

「え、美味しいよ?」

アキラは分かっていないらしい。

「それより、明日からはいよいよ外だね」

「マケイラ教官が付くんだったな。この学年の主任教官直々の引率だ。ここでいいとこ見せれば、ショートカットできる」

デイラがタブレットに出したのは、明日の実習のコース。

基礎挙動を実地でこなした後、学園の周囲を回るコースが設定されている。

「天気予報は晴れ。風も穏やかで散歩日和だ」

デブリも太陽風も気にしないでいいらしい。

「付近に重力源はなし。宇宙港の周囲は飛行禁止区域で、航路が被る心配もなし」

不安要素は何一つない。

自身の有用性を示す第一歩だ。



【アカデミー:屋上】


ヴァンセットは一人屋上にいる。

通信端末を開き、学園のネットワークから外へアクセス。

「良い月夜だな、伯爵」

〈定時連絡ご苦労様。異常は?〉

「班編成に手を加えた誰かは依然として不明。それと、食堂の飯が不味くなった」

通信相手はL5、ヨコハマ・ノアの貴族ーーーヴァンセットの支援者/飼い主。

〈妙ね。アカデミーの給食部門はシャンハイ・ノアの業者が受注しているはず〉

「俺の舌を疑うのか?」

〈最後に調整した時、あなたの味覚に異常は出なかったわ。そっちで拾い食いでもしてるんじゃないでしょうね〉

「食べ過ぎには気を付けてるって」

〈本当かしらね。アカデミーの経営に関してはこちらからシャンハイに探りを入れるわ。それで、学園生活はどうかしら。楽しい?〉

聞こえる声は、子を心配する親のそれとは程遠い。

「せっかく与えてもらった機会。精一杯生かさせてもらってるよ」

〈結構。良い成果を期待してるわ〉


「親子の会話にしては、情が欠けているようだね」

「そりゃ、拾われた捨て犬と拾った物好きの関係だからね」

「それなら一層……まぁいい。ジオローパ伯のご機嫌はいかがだったか?」

声をかけてきたのは、ミシェル。

月面開発を主導したラングレン博士を初代に仰ぎ、月の南極のシャクルトン・ポリスに影響力を持つラングレン伯爵家の次期当主。

「いつも通り、心労に折れそうなところを気丈に振舞っているよ」

「ノア系列は政治的に安定していると思っていたが」

「偉い人には偉い人の世界があるんだろうさ」

「先々代ジオローパの手腕は、ナガサキ・ノアの事故を最小限の被害で押さえたことからも明らかだ。それだけにプレッシャーもあるだろうね」

宇宙貴族の筆頭だけあって、よくご存じらしい。

彼が味方であって良かったとは思う。だがそれも二年限定だ。

「そんな顔をしないでくれよ。僕たちは友達じゃないか」

「そうだな、友達だ」

「それよりも、アキラが呼んでいる。誰がアイスを買いに行くか、今日もやるそうだ」

「彼が学園生活を楽しめているのは何よりだ」

「かくいう君の頬も緩んでいるよ?さぁ行こうか」



【アカデミー:格納庫】


「デイル・ハラルドソン、ランドグリーズ、スタンバイ」

〈ユキカゼ、スタンバイ〉

〈アルペイオス、スタンバイ〉

〈レンジャー、スタンバイ。十四班、全員準備完了。発進許可願います〉

〈コントロール了解。訓練宙域への発進許可〉

ブザー音とともに床が下へ動き出す。

下=自転するコロニーの外へ。

赤い照明が頭上へと流れ、星明かり眩しい宇宙空間に身をさらす。

「これが、宇宙か」

寒い。まずはそう感じた。

コロニーの影に隠れ、太陽光を浴びないという以上に、底知れない寒気を感じる。

そして、遠い、と感じた。

どこまでも遠くにある星々。足元を支える大地はなく、溺れても誰も助けてくれないという感覚。

地球は……見えた。故郷も見える。

大丈夫だ、孤独ではない。

左右を見れば、班の仲間がいる。

〈発進に備え〉

赤のランプが灯る。赤、赤、青ーーー発進。

カタパルトが作動し、冷たく深い宇宙に投げ出される。

〈推力2で十五秒移動後、ターンしてランデブーポイントへ向かう〉

「了解」

すぐにターンしないのはコロニー外壁への接触を避けるため。

先行するアキラのレンジャーに続いてターン。

コロニーの外壁に沿うように速度を緩めながら移動。

〈ランデブーポイントに到着……だれもいない?〉

〈教官は酒好きだと聞くが……〉

〈酔って遅れたのか?〉

レーダーに反応はない。赤外線スキャンを実施ーーー見えない。

「陰で動力を切って隠れているのか?」

〈推力の残滓も見えない……上だ!〉

〈回避!〉

たちまちロック警報が鳴るーーー真上から狙われている。

咄嗟に出せる最大出力で前へ。四機はばらばらに散開、しかし絶えないアラート。

〈合流より回避を優先!〉

悲鳴のようなアキラの声に従い加速しつつ上昇。

一瞬アラートが切れた隙を見て反転→突撃/〈待て、デイル!〉/〈甘いわよ〉

訓練のために付けられた判定装置が、赤く染まる=撃墜された。

コクピット部を一撃で、照準すらされずに、待ち構えられて落とされた。

〈デイルはコロニー表面で死んでなさい。次に死ぬのは誰?〉


「デイル!」

相手はレンジャー、その改修機らしい。

乗っているのは、

〈流石マケイラ教官。アカデミー元主席、二冠の鬼、低軌道軍の元エース!〉

〈良く知ってるじゃない。ならこれも知ってるでしょ〉

次の瞬間、レーダーからヴァンセットの姿が消えたーーーデータリンクからロスト、撃墜されたのだ。

「アキラ、まだ生きてるな?」

〈なんとか!〉

教官の次の狙いは間違いなく僕だ。動きの遅いアキラは脅威とすら見なされていない。

「非武装の訓練機を襲うとは、なかなか良い趣味をしていらっしゃる!」

〈最初の一撃を避けられる訓練機が、果たしてどれくらいいるかしらね〉

咄嗟にブースト→一瞬前にいた空間を熱量が奔る。

動きを読まれてレーザーを撃たれていた。

訓練出力とはいえ、当たっていれば判定装置ではなく実際の警報が鳴っていただろう。

「アキラ、挟撃するぞ!」

〈わかった!〉

非武装なので教官のレンジャーを撃墜することはできない。だが、優位を取ればあるいは。

フェイントを掛けつつ急迫→突撃。レンジャーはバックスラストで回避/狙い通り。

〈ッ!〉

アキラの間合いに教官が入る。だがこれで落ちるはずがない。

機体性能ギリギリのターンで切り返し、訓練機に赦された最大推力20で突撃。

〈良い判断ね〉

しかしアキラのレンジャーが振り向きすらされず撃墜される。

〈実機二日目にしては上出来。点数をあげるわ〉

腕を掴まれ、投げ飛ばされる。

関節部のダメージはないーーーそれだけの実力。

〈減速しながら外部演習宙域をつかってターンしてきなさい。戻ったら反省会よ〉

「……了解、教官」


〈伊達に最速で課程をこなしていないわね。皆基本はできてる。来週からは私が専属で教えるから、喜びなさい?〉

「……」

素直に喜べない。レンジャーの弱点である下背面から接近したところをノールックで討ち取られたヴァンセットは、何かを言おうとして、耐えた。こんな化け物に目を付けられるのか?

〈カリキュラムが変わったんですか?〉

アキラは旧式のレンジャーであの化け物相手によくついていったほうだ。始末を後回しにされていたとはいえ、瞬時に加速して背後をとるセンスは中々のもの。

それをあの速度と角度から背面撃ちする教官がおかしい。

〈そう。重点育成プログラム。見込みのある班にリソースを集中させて、より良い成果を目指す。貴方たちはそれに選ばれたのよ〉

〈他の班もいるんですか?〉

〈五班と二十八班が今日、基礎挙動プログラムを終了したわ〉

五班は月の裏側のマルドゥック社の支援を受けるズオ・シェンや、L5最大手企業台南空のコヨーテ・アリマがいる。二十八班には低軌道軍の提督令嬢、ツバメ・テシガワラ。他はあまり記憶に残っていないが、これら三人は間違いなく実力者だ。

〈来年の三冠、期待してるわよ?それじゃ、簡単なトレーニングから始めるわ。コロニー表面を基準に高度十五メートル以下、私を追いつめてみせなさい。五班と五十四班も映像で見てるから、下手なとこ見せないようにね〉


コロニー表面十五メートル。この場合足先が十五メートル以下という意味だ。

デイルは推力10、高度十メートルで前進する。

事故を避けるには速度を落とし可能な限り距離を取ったほうがいい。

だがそれでは、

〈つまんねーよなっ!〉

〈その通りだとも!〉

バカ二人が弾けやがった。

「お前ら、連携を取って追いつめるんだ!」

〈俄か仕込みの連携で勝てるのか!?俺たちが突っ込んで攪乱する。お前たちは隙を見つけて切り裂け!〉

ヴァンセットの両足はコロニーにぎりぎり触れないほどに低い。

その向こうに見えるミシェルは機体を完全に寝かせている。

〈いい気合よ!〉

教官もノってきた。

互いに非武装。教官の逃げ場を奪うチェス・プロブレム。

しかし、一歩引いた視点で見ればわかる。

〈教官、隙が無い……〉

「こちらが飛び込んでくるのを待ってるんだ。制限時間はないが、体力の限界はある」

二人が息切れする前に、詰めに行かなければ。

〈デイル、位置を固定しちゃいけない。加速して周回しながら狙おう〉

「アキラ、よそ見しながら地表すれすれを飛べっていうのか?」

〈そうだよ〉

アキラのレンジャーのスラスターが光るーーー加速。

「くそ、死にたがりどもが」


ミシェルはさらに深く抉る。

デイルを待ってはいられない。

推進剤の残量も僅かだ。

「ヴァンセット、あと何秒!」

〈三十秒!〉

あと三度も仕掛けられない。

短距離のブーストに急角度のターン、これを上下にブレることなく繰り返している。

何度も、何度も。

ヴァンセットとタイミングをずらし、角度を変え、上下に分かれ、太陽を影にしてセンサーを鈍らせながらーーーそれでも隙がない。

焦る。残り二十秒。

この速度ではもはやアキラは追随できないだろう。デイルのランドグリーズでも、よほど加速していなければこの速度についてこれまい。

〈参ったな、教官の尻を追うあまり、詰将棋ということを忘れていた〉

〈ようやく気づいたのね。諦める?〉

〈まだ一度は、やれる!〉

「そうだな!」

残り十秒。

この速度で教官を完全包囲は不可能だ。だから、ぶつけて止める。

相対速度で推力40近いが、教官は多分大丈夫だろう。それにレンジャーは生存性が高いのが取り柄だ。

同じ速度にいるというのに、教官の息は上がっていない。僕たちは高負荷に慣れていないというのに。残酷なまでに差がある。この差は集中力、判断力に大きく影響する。

きっと反省会では見るべきところが山ほどだろう。

でも今は、全力を尽くすのみ。

隙が無いなら、逃げ場をなくせばいい。

〈今だ!〉

アキラの声が届くーーー右手がコロニー表面に触れるすれすれまで高度を下げ→右肩を支点に思いっきり仰け反って加速。

太陽側からアキラ、地球側からデイル、星を纏ってヴァンセットーーーあたれ。


破れかぶれの突撃は、実際破られた。

デイルの視覚素子はそれぞれの機体の位置を正確に把握し、その隙間を踊るようにレンジャーがすり抜けていく様を知覚した。

ミシェルを軽く飛び越え、ヴァンセットを踏み台にし、アキラを交わして包囲から飛び出した教官を誰も追えないーーーいや、バカがいた。

〈根性だアキラ!〉

作業用のアンカーを咄嗟に放ち、アキラに引っ掛けて使って強引に軌道を変えたミシェルが、あっさりと交わされた。

吹き飛ばされたアキラをヴァンセットが受け止める。

〈訓練終了。ミシェル、そっちは港湾区よ。すぐに針路を変えなさい〉

息一つ上がらない教官の声ーーー完全敗北。

「ミシェル、今行くぞ」


ヴァンセットに支えられてスラスト、姿勢を保つ。

大回りの軌道を描いてミシェルとデイルが降りてきた。

〈美女のお尻を追いかけて、満足できた?〉

教官は余裕たっぷりといった様子。

「ご指導、ありがとうございました」

〈あら、つれないわね。それじゃ講評といきましょうか。まずミシェルとヴァンセット、盛った犬みたいに馬鹿の一つ覚えの突撃、良かったわよ。賢らに距離を取って連携なんてしようなら個別に沈めようかとも思ったんだけど、実技二日目のくせに私の動きを止められるなんて大正解。良い判断だわ。次は連携を教え込んであげるわ〉

〈ありがとうございます〉

〈恐縮です〉

盛った犬、と評されながらも訓練が終われば礼儀正しく。二人は器用にLeフレームで頭を下げてみせる。

〈アキラ、班長として一歩引いた判断も良かったわ。機体性能で劣るのに無理しても危険なだけだもの。突撃を欠けるべきタイミングがほんとは七回あったわ。どれが隙で、どれがブラフかは教えてあげる〉

「よろしくお願いします」

レンジャーの可動域はアルペイオスやユキカゼに比べて狭い。

礼ができないーーーこれでは無礼な生徒と思われてしまう。

膝関節も使い、どうにか一礼/苦笑で返される。

〈それで、デイル。ランドグリーズの加速なら三匹目の馬鹿になれたと思うんだけど、どうかしら。もしあなたまで突っ込んできてたら、さすがに本気を出さなきゃ不味かったわ。最後の突撃も予想よりコンマ七秒遅かったわね。突撃の軸線に殺意が籠ってなかったし、避けやすかったわよ〉

〈……っ〉

〈機体の損傷を気にしたのかしら。遠距離兵装を武装した状態であれば悪くない判断だったけど、無手の詰将棋では悪手よ。十分な兵装がない場合も想定しなさい。それに破損の修理は整備部の教材になるの。遠慮することはないわ。それとも誰かの目を気にして?重点育成プログラムではこの速度で、さらに高密度な駆け引きを繰り返すわ。次の実機訓練までシミュレーター訓練を積んでおきなさい。ミシェルの飛び方ですら、まだ詰める余地はあるわよ。明日は中継を見てる五班、二十八班も同じ条件で小手調べするわ。今のうちに覚悟しておくことね〉

〈……了解〉

〈これで今日の訓練は終了、整備に回しなさい。その後レコーダーを見て自習すること。他の班と意見交換してもいいわよ。どうせ三班束になっても、私には勝てないから。何か質問は?〉

二冠の元低軌道軍エース、マケイラ教官の言葉に驕りはない。

〈教官、次の実機訓練も同じメニューでしょうか〉

ヴァンセットだ。冷徹な猟犬の声をしている。

〈あなたたちの進捗次第で、よちよち歩きの練習から軽武装訓練まで考えているわ。それともまた私のお尻を追いかけたいの?〉

〈よろしければ是非に〉

やっぱり盛った犬だ。

〈面白いこと言う男は嫌いじゃないわよ。七番のレンチ担いでグラウンド十周してきなさい〉

〈了解です教官!〉



【アカデミー:宿舎】


「思ったより早かったがな」

デイルはシミュレーターの資料から顔をあげる。

汗だくになったヴァンセットは入ってくるや、シャワーを浴びにすぐ出ていった。

「さすがに十キロ近い七番レンチを抱えて走るのは、しんどそうだ」

Leフレームの脚関節を交換するためのレンチだ。一抱えもある大きさのレンチを抱えて広いグラウンドを十周、律儀なやつだ。

「でも、フォーメーションは組んだほうがいいよね」

「それもそうだな。今日はいきなりの訓練で、何をしたらいいのかもわかっていなかった」

お陰で恥をさらした。次はない。

「機体の特性から言えば僕のアルペイオスとヴァンセットのユキカゼは戦闘型、デイルのランドグリーズとアキラのレンジャーは支援型。前衛後衛はひとまずこれで分けるとして、もっと詰めたいね」

「低軌道軍の標準編成ってどうだったっけ」

二人の視線がこちらを向く。

アキラはともかく、ミシェルは知っていると思っていたが。

その視線は、君のほうが詳しいだろ、と語っている。

「低軌道軍は学園と同じく四機編成。実際は任務ごとに降下小隊や近接打撃小隊、砲撃小隊、電子戦小隊なんかで組み替えられるが、基本の構成は前衛二機、後衛二機。前衛は突撃手と砲撃手、後衛は狙撃手や爆撃手が基本だ」

他にも任務や機体特性によっていくつかの戦種があるが、四人編成では採用されにくい。

そもそも低軌道軍は国連軍の指揮下にある治安維持部隊。これまで宇宙で戦争が起こったことはなく、テロへの警戒と遭難者救助が主な仕事となれば。

「2+2編成は、たしかに市民への威圧感が少ないし、しかし四機もあれば大抵の作業は行える。平和な宇宙にはちょうどいいわけだ」

平和な宇宙。そう、人類はいまだに宇宙戦争を経験していない。

低軌道軍もかつては開拓民たちの支援と監視を行っていたが、いまでは各段に牙を丸くしている。

もっとも、軍事任務が皆無というわけではないが。



【アカデミー:屋上】


「やぁ伯爵。俺の声が聴けなくて寂しかったか?」

〈今すぐその口を縫い合わせてやりたいわ〉

汗を流し終わったヴァンセットだ。コロニー内を流れる風が濡れた髪を乾かしていく。

〈食堂の業者が変わった件、入札時の不正を理由に変更されてたらしいわよ〉

「再入札をしないで、一社指名なのか」

没落しかけとはいえジオローパ伯爵の手は長い。そうでなくてもコロニーの有力者であればこれくらいの情報はすぐに入手できる。

入手された情報はただの欠片にすぎない。それらをつなぎ合わせることで、隠された事情も見えてくる。

「指名されたコバヤシ食品加工はハインツの傘下。ハインツは中欧連合の企業で、L1にも出資している。コバヤシはほぼ末端といってもいいが、学園の食堂を抑えればL1内のLeフレーム部隊を抑えるに等しい、といったところか」

〈バカね。誰がそこまで飛躍しろって言ったの。食堂のおばちゃんたちがそこまで怖いのかしら?学園に置かれた兵装はごくわずか。脅威度は皆無といっていいわ。それに学園の整備士も各社からの出向。彼らが易々とハインツごときに屈するわけないでしょ。なにかあればすぐ機体とデータを引き上げるわよ。子供にそういう心配はまだ早いわ。大人しくお友達でも作ってなさい〉

伯爵の声はため息交じりではあるが、子供を相手にするようなものだ。

望んだ反応は得られなかったか。

「せっかくいいところを見せようと思ったのに」

〈なら結果で有用性を示しなさい。分解槽が欲しければすぐに手配するわよ〉

分解槽、つまり処分。

冗談とわかっていても、気分が良いものではない。

「ご冗談を。有用性といえば、重点育成プログラムとやらに選ばれたよ。五班、十四班、二十八班の十二人」

〈理事会に参加する企業の支援があったらしいわ。有限の開発予算を効率よく配分するために、有望なLeフレームとランナーを選抜する、って名目〉

「市場が停滞した今、企業内でもパイの奪い合いか」

〈分かってるじゃない。ところで、教官は誰?〉

「二冠のマケイラ教官。ちょうど伯爵と同じくらいの歳かな。もちろん伯爵のほうが美人だよ」

〈……知っているわ〉

帰ってきたのは重たい声。

確かに伯爵は学園のOGだが。

〈彼女から最後の冠を奪い取ったのは、私だもの〉



【アカデミー:格納庫】


「さすがにおなじ手は食わないか」

班の格納庫に椅子を持ち出し、ミシェルたちは壁に投影した五班の訓練の様子を注視していた。

デイルは一人だけシミュレーション訓練中である。

「頭上からの奇襲を警戒してたところを背後から突入されたが……良く持ちこたえた」

ミシェルの視線は先頭を行く宙五式サンゲイに注がれる。

大瀋航空公司製のLeフレーム。L1のポリス系列でよく使用されている機体だが。

「だが班長のズオ・シェンはマルドゥック社重役の娘。出身もL2、プリヴォルヴァ1」

マルドゥック社の製品では、ML9セレウキアがある。火星航路の船団に積まれているのもこれだ。

アキラに目が向くが、直接の面識はないと首を振られた。

「……マルドゥック社が大瀋と協力関係を結んでいることは周知の事実だが、こうまで深い関係になっていたとは」

「どういうこと?」

「大瀋は火星開発を主導するネルガル社の筆頭株主で、マルドゥックは木星を目指す開拓急進派。どちらも人類圏を拡大したい側だ」

火星の開拓は遅々として進まず、木星には初めての有人観測機が来年にでも到達するといった今時点、地球を遠く離れる両社に共通点は多い。

「各社とも新標準機の開発が大詰めを迎えている。来年、つまり僕たちのトーナメントでお披露目をしたい大事な時期だ。そんな時期にマルドゥック社の重役の娘、いわばプリヴォルヴァの看板を背負ったランナーが大瀋の機体に乗る。次世代機は大瀋の技術をだいぶ取り込んだ形になるだろう」

「そうなんだ」

アキラにとっては、故郷の事情が絡んだ話になる。少し踏み込んだ話をしておいたほうが良いだろうか。

「動いたぞ」

いや、今は観戦の時間だ。

「五班の編成はサンゲイ三機、ユキカゼ一機。二機で分隊を組んで左右から教官を挟みに行った」

「躊躇ないな。後衛は誰だ?」

突撃に遅滞はない。昨日のミシェルほど低空を掠めるような無謀はないが、息があっている。

「いや、ズオとコヨーテに他の二人が合わせている。完全に尻に敷かれているのか?」

ヴァンセットが端末で呼び出したのは、完璧なタイミングでのサンドイッチを教官に軽々蹴散らされた五班のデータ。

「班長、ズオ・シェン。席次はミシェルに次いで二位。コヨーテ・アリマは席次が五位。台南空のお嬢様だ。機体は俺と同じユキカゼ。他は、クウェト・バックマン。四十二位、L1出身。ガルシア・ベラスケス、七十三位、L1出身。二人とも上流階級の出身。俺たち以上に編成が偏ってるな」

「確かに。うちにはアキラがいるが、本来はこれを狙っていたのかもしれん」

WhoとWhyを省略するが、彼女たちの班と僕たちを対抗させるつもりだった可能性は高い。

「アキラをどうこう言うつもりはないよ。事実として、君と僕たちは基礎挙動プログラムを最速で修了した。間違いなく最高の仲間さ」

「大丈夫、気にしてないよ」

なら気にすまい。

「せっかくなら、この訓練後に接触してみないか?」

「私たちが先ではダメだろうか」



【アカデミー:格納庫】


デイルは一人、シミュレーターに乗っていた。

昨日の実習でミシェルが行ったコロニー表面を舐めるような低軌道を追体験しているのだ。

瞬きするよりも早くコロニー外壁の継ぎ目が上から下に流れていく。

アルペイオスの高感度視覚センサーは過剰ともいえる情報量を送り込んでくる。

「……っ!」

急角度での旋回。ミシェルはこの速度を視認すらしていない。

音の響かない宇宙空間で、音速を超える速度で、Gに押さえつけられる身体で。

「未知の共感覚でも備えているのか?」

体中の血液が加速に置いていかれ、足に溜まったはずだ。思考が鈍り、視野は狭まり、レーダーを視認する余裕なんてなかったはずだ。

ミシェルの視点から見るーーー最後の突撃、確かに自分のポジションが穴になっている。

そして教官はそれを知ったうえで、その穴に逃げなかった。

全身のどこかが接触するよう体を開いたミシェルをワンステップで交わし、ヴァンセットの背中の構造的に頑丈な箇所、つまり踏んで故障しても生死に影響がない個所を踏みつけ、悠々とアキラを回避した。

「……はぁ」

再生を停止して、自機の視覚に切り替える。

シミュレーション中の俺を気遣って格納庫で五班を観戦している班の仲間。

各社から送られた整備士たちと共に機材をセットしている。

「次はヴァンセットか」


ヴァンセットの軌道はミシェルほど過激ではない。だが、個性的だ。

「冗談だろ、戦闘中によそ見しかしていない」

教官機、他三機を視認したのは一瞬、すぐに何もない宙を見た。次の瞬間には太陽を、港湾部を、地球を見ている。

それでいながら機体はミシェルの動きを予測して、教官を追い込む位置に移動させる。

「こいつら、脳に未知の器官でもあるだろ」

一歩引いた視点で見ればわかる。

もしヴァンセットが武装していれば、教官を攻撃する機会は何度かあった。

背面から至近距離での攻撃、いかに教官でも数発は当たるだろう。装甲の厚い部位で止められたとしても。

もしこの宙域にデブリでも浮いていれば、それに隠れて教官の視界外から急迫でもしていたはずだ。

あるいは、追加の敵の出現を警戒してもいるのだろう。

「こいつらを援護しろってのか」

後衛は前衛よりも幅広い視野を持たなければならない。

前衛が自由に動くせいで支援ができないのなら前衛の動きを制限するべきか。

だがそれでは自分が無能であると言うに等しい。

それは、できない。

「せめてアキラは、御しやすくあってくれ」


頭痛をこらえながらコクピットを開く。

生存性を高めるため三重の装甲に守られたランドグリーズは出るのも一苦労だ。

緊急脱出機構は備えられているが、日々の運用には面倒を感じる。整備士も好んではいないらしい。

既に五班の訓練を見ていた仲間たち、とその後ろからやってきた四人が見えた。

あれは、二十八班。ツバメ・テシガワラ。

「いいね。ちょうどデイルも補習が終わったところらしい」

いいタイミングで出てきたらしい。



【アカデミー:格納庫】


アキラは八人分の茶を淹れてきた。

整備士たちはデイル機の対応に戻っている。

「私はツバメ・テシガワラ。二十八班よ。よろしくね」

黒髪の女性、どこかでみたような。

ふと見れば、皆が自分に視線を向けていることに気がついた。

「あ、僕はアキラ。アキラ・ユガワラ。十四班の班長だよ」

班長の仕事なんてほとんど押し付けられたようなものだけど、皆が僕に成績点をくれたと思えば有難くもある。実力と支援のある三人と違い、身一つの僕は確かに不利なのだから。

「初日以来ね。よろしく」

そうか、彼女が本来この場所にいるはずだった人なんだ。

でも、今ここにいるのは僕だ。


因縁のある相手にどうなるかとも思ったが、気にする必要はないらしい。

気にしているようであればお荷物と切り捨てることも考えていたヴァンセットは、昨日の自分たちの実習のデータを壁に映し出した。

解説はアキラに投げる。面倒をやらせるには班長というのは便利な存在だ。

「教官の動き、どう思う?」

「うん、とても速かった……と思う」

ダメだ。アキラの弱点は戦術眼の足りなさ。素人のような感想しか口にできていない。

ツバメも素朴な返答に面食らった顔をしている。

なるほど、意表を突いたというわけだな。ならば次は我らが班長はどうでるか。

重点育成プログラムとやらに選ばれたおかげで、アカデミー外の有力者と話す機会も増えるだろう。代表として喋る経験を積むのもいいだろう。

「……ヴァンセット、君が一番教官の動きを見てたよね。解説してくれるかな」

そうきたか。


高みの見物を決め込もうとしていたヴァンセットが引きずり出された。

アキラも人を使うことを覚えたようで何より。

ミシェルは班長が用意した茶を口にする。こういう雑用こそ人に振ればいいのだけど。

「俺たちの時、教官は完全に死角になる位置、コロニー平面に対して直上から襲い掛かってきた。先ほどの五班では、警戒の薄かった背後から。教官の狙いが俺たちを初動で潰して鼻をへし折ることだというのは間違いない。初回はコロニー表面での二次元軌道だから、次に打ってくるとすれば」

「地表からのアンブッシュ、だよね」

「そういうことだ」

画面を切り替え、訓練宙域のマップを表示。

だが、待ち伏せに適した場所はない。コロニー表面は凹凸が少なく、Leフレームほどのサイズのものがあればたちまち発見できる。

「だから、メンテナンスハッチにカバーをかける」

「そこまでするかしら。アカデミーの管理用でしょ、それ」

「やるだろう。ちょっと器用にLeフレームを動かせる連中のプライドをへし折るためなら」

現に五班は僕たちの実習を見て襲撃を予想し、即座に対応をしていた。

「それを抜きにしても、これは教官からの小手調べ。反応や腕前をこれからの重点育成プログラムに反映するためのデータ取り。あちこちのセンサーや、機体のログも取ってるのは間違いない。ついでにぎゃふんと言わせたいくらいの遊び心もね」

ヴァンセットが画面を止めるーーー蹴散らされる五班たち/教官は明らかなカメラ目線。

「言っておくが、実力で勝とうとは思わないほうがいい。ついでに奇策に走ってもまっとうな訓練計画の種にはならないから、せいぜい蹂躙されてくるといい」

「それでも、一矢報いたいとしたら?」

ツバメの視線はまっすぐだーーー彼女の父は低軌道軍の艦隊司令。期待を負っているのだ。

「どうしても、というのなら……」

ヴァンセットがアキラを見た。何か策があるのだろうーーーおそらく自分たちで教官に一矢報いるための。

策が上手くいけば、教官に土を付ける名誉を譲ることになる。それを問うている。

デイルの視線もアキラを向く。ツバメたちもアキラを見る。

「いいよ、言って」

「……そうだな。レンジャーはセンサー能力が比較的低い。俺たちも五班も、いくつもあるレンジャーの弱点を知ったうえでそこを狙っていた。それで、負けた。レンジャー本来の性能では反応できない位置から攻めて、受け流されたということだ。だが機体にセンサーを増設している気配はない。それゆえ、アカデミー側の観測機材によるバックアップがあるとみている」

「私たちの動きを他の教官が知らせてるってことね」

「そうだ。教官は一人じゃない。マケイラ教官の二冠以外にも勲章持ちはたくさんいる。俺たちヒヨッコの動きなんて簡単に読まれるだろう」

学園の三冠の他にも低軌道軍や各社主催の競技会は多数行われている。それらの中でも格付けの高い競技会で結果を残すことでアカデミーの教官や各社のエースであるテストパイロットに採用される。

「訓練使用の機体に通信を妨害する機能はない。だから視覚センサーのうち可視光に絞って遮る。もちろんそれくらい予想してると思うけれど、アンブッシュから起動したばかりの機体の初動を挫くにはいいだろう」

可視光、つまり通常のカメラによる監視、あるいは赤外線でブースターの廃熱を捕えるか、レーダーで機影を電波に写すか、振動探知センサーを使用するか。

「まぁ、五秒くらいは生きながらえるだろう」



【アカデミー:格納庫】


翌日。

ミシェルたちは五班に招かれ、彼女たちのブースで二十八班の健闘を見守っていた。

「あんたたちが入れ知恵したんですってね」

「カメラに砂かけしたらどうだ、と言っただけだ」

「それで勝てるなら苦労ないわよ」

「まったくもって、その通りだ」

五班のツートップ、ズオは既に二機落ちた二十八班の軌跡を追っている。

席次はボクの次の二番。家格は同等なので、かろうじて成績が上回ったというところ。油断ならない相手だ。

「また落ちた。ガスパール、ヨナタン、エルロイ。正直ツバメほどの技量は期待できないけどセンスは悪くないわね」

「前に習えと右向け右ができれば、見込ありってことだ」

まだ実機訓練が始まって一週間と経っていない。

「たまたまそれができただけで重点育成プログラムに選ばれるなんて。焦りが見えるわね」

ズオの顔には自嘲にも似た笑み。

実際、彼女は重点育成プログラムを主導する側に籍を置く身。

席次上位ともなれば、誰も似たような出自である。


「切り返しが速い」

「レンジャーであの旋回はいいセンスをしている」

見ればヴァンセットとコヨーテも観戦している。

彼らは技量を主に見ているらしい。だがコヨーテとて席次五番、台南空の重役令嬢。

ちなみに見たところズオとコヨーテの中は良くない。

出自の企業がライバル同士ということも、席次が近いことも、同族ゆえにライバル視するのだろう。男二人が口を出さないのは、すでにやり込められているからに違いない。

「......思ったより長かったな」

「とはいえ、俺たちや五班よりは早いゲームセットだ。早々に三機が落ちたのが痛いな」

画面の向こう、悠々と漂う教官機がこちらを見ていた。

「次はお前だ、ってことね」

「調子乗ってるじゃない。いつか叩き落してやるんだから」

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