「第二話」『風の魔術師』

 風よりも早く空気を裂きながら、空飛ぶ騎獣はものの数分で目的地へと降り立った。


「とうちゃーく!」

「……死ぬかと思った」


 青ざめた表情のシエルは口元を押さえながら、軽く私の事を睨んでいた。本当に高い所が苦手なのだろう、冗談ではないその様子に、私はおろかノリノリで空を駆けていたイルもしょんぼりしてしまっている。


「ご、ごめんね」

「……まぁ、いいでしょう。それより師匠の家とやらは何処なんですか?」


 シエルがそう言うのも無理はない。辺りを見渡しても家どころか、人が住んでいるかどうかも分からないような野原が広がっている。のどかではあるが、とても人がいるような場所とは思えないだろう。──そう、普通は。


「ねぇシエル。面白い物見せてあげるからさ、魔法使ってもいい?」

「何を言っているんですか? 駄目ですよ、娯楽の為に魔法を使うなんて」

「いいからいいから~」


 私はにんまりと笑みを広げ、困り顔のシエルにおねだりをした。彼女は始めこそ厳しい顔をしていたものの、徐々に表情が解れていき、溜息と共に軽く頷いた。


「では見せましょう! ロゼッタちゃんの大スペクタルをっ!」


 自慢の赤い頭髪を抜き取り、それを人差し指にぐるぐると巻く。髪の毛が巻かれた指で、空中に星を描く……すると空間が揺れ始め、光が歪に反射していくではないか。


「なっ、これは!?」

「師匠はとっても用心深い人なの。だから家に入れるのは信用してる魔術師か、愛娘の私だけなんだよね~。あっ、義理の娘って意味だよ?」

「これだけの隠蔽魔法、相当な腕の魔術師ではありませんか? もしかして魔法を使えるのは、貴女の師匠から教わったのですか?」

「うん、凄く教えるの上手なんだよ~」


 人差し指で星を描き終わる頃には、私たちの目の前には立派な木造建築があった。私はドアノブに手をかけ、開きっぱなしのドアを開いて中に入る。


「ただいま~。お客様いるんだけど、家の中に入れてもいい~?」

『ロゼッタが人を連れて来るとは珍しいな、門限を過ぎて、連絡も無く他人を連れてきたことにはいろいろ言いたいが……まぁパーティに行かせたのは私だしな。今回は見逃してやろう、そこで待っていなさい』


 そう言って、奥から足音がかつかつと響いてくる。私はシエルの方を見て、にんまりと笑って見せる。


「交渉とかは任せたよ、シエル」

「え、ええ……」

「? どうしたの、豆鉄砲喰らったみたいな顔してるけど」


 瞬きの回数がやけに多いシエルに小首をかしげていると、背後から肩に手を置かれた。振り返ると、そこには私の育ての親が優雅に佇んでいた。


「──貴方は」

「おやおや、これは驚きましたな」

「え?」


 深く頭を下げてから、師匠は地面に膝をついた。深い敬意を示すその態度に、私は思わず声を漏らした。


「お久しぶりです、シエル王女。私はウィジャス……『風の魔術師』と名乗った方が、分かりやすいですかな?」


 不敵に笑う義父の言葉、困惑するシエル、二人に接点があったことに驚く私。お互いに状況を飲み込めていない私たち三人は、しばらくの間、玄関前で硬直していた。

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