第6話 シトリンゴートの串焼き
「――これがシトリンゴートの特徴じゃな」
シトリンゴートの説明を終えたじいちゃんは満足げな顔で顎に蓄えている髭を触っている。
この話を聞いて点と点が繋がった。
それは町を歩いているとよく見かける冒険者とは違い鎧や盾、武器などを一切持たず、つなぎ姿で何かを掘ったり削ったりするような道具を持つ人たち。
彼らはきっとこの町のもう一つの特産品である岩塩を採りに来ているのだろう。
確かに大通りを歩く人たちの会話も「あそこ山より奥の方がいい」や「力任せにしたら大きな結晶が採れない」など岩塩を採取しに来ているような話をしている。
僕が周囲の人たちを見る様子に何か気付いたのか、じいちゃんはその手を引きながら話し始めた。
「お主のことじゃ、どうせまーたなんか考えておるんじゃろう? 例えばあのつなぎを着た者達は一体、何をしに来たんじゃろうとか? それにおおよその検討はついておるのじゃろう。違うか?」
「えっ!? またなんでわかったの?」
「ふふ、やはりか! それは……内緒じゃ!」
「な、内緒なの? またなんで?」
「ガハハハッ! それはな、紳士の嗜みじゃー!」
「え、じいちゃんが紳士……?」
冗談はその大きな体と態度だけにしてほしい。
それにじいちゃん基準が紳士なら、この世界から大多数の紳士が消えてしまう。
「なんじゃ、その目は……ワシが紳士じゃなかったら、誰が紳士なんじゃ?」
「う、うん…………」
「……ま、なんじゃ。つなぎ姿の者達は、お主が考えておるように、裏の山で岩塩を採る為、出稼ぎに来ておる者達じゃな……うん」
考えていることを当てたじいちゃんは、自分のことを紳士と言った時に微妙な反応をしたのを気にしているようだ。
それこそ言葉には出さないが、その背中からいつも溢れ出ている覇気が明らかに少なくなっている。
そんなよくわからないやり取りを繰り返していると、いつの間にか大通りを通り抜け、屋台のある通りに着いた。
☆☆☆
そこは、さすが名物と言われるだけあり、僕らの前以外にもシトリンゴートの屋台が
店舗ごとに工夫を凝らした宣伝文句の書かれた看板が置かれている。
値段や、捕獲してから店に並ぶまでの日数などだ。
早速、僕とじいちゃんも先に並んでいた獣人の人たちの後ろに並んだ。
列が前に進むたび、辺りに立ち込める匂いが強くなっていき、鼻から頭に直接刺さる感じがする。
すると「グォォォォオン……」という魔物が威嚇するような聞き覚えのある轟音が響く。
列に並んでいる獣人の人たちもそのあまりにも大きな音に驚き僕らの方に振り返る。
その直後――。
横に居たじいちゃんと頭を掻きながら笑い始めた。
「すまん! ワシじゃ!」
やっぱりじいちゃんだ。
腹の虫がデカい圧倒的に。
全く空気の読めないお腹の虫。
せめて並ぶ前であって欲しかった。
そして何よりも恥ずかしい。
僕は獣人の人たちの視線を受けて顔の中心から耳にかけて熱くなるのを感じる。
そんな僕とは違い、隣に居るじいちゃんは顔見知りでもない獣人の人たちに「ワシの腹の虫は世界一じゃからな!」など自慢をしている始末だ。
またこれが少し受けてしまったので、尚更、恥ずかしいし、真正面からじいちゃんを注意することもできない。
こんな恥ずかしい思いをしながら待っているとようやく僕らの順番が回ってきた。
香ばしい匂いと煙が立ちこめる屋台で立っているおじさんは僕とじいちゃんの姿を見ると注文を聞いてきた。
「らっしゃい! いくつで?」
「二つ頼む」
じいちゃんは指を二本立てている。
「はいよー! 200ペルになります」
おじさんは慣れた手付きでお金を受け取るとシトリンゴートを焼き始めた。
それにしても安い。
いや、安過ぎるくらいだ。
普段は目的がないと町の入りたがらないじいちゃんがこの町に入った理由がわかった。
行商人からカチカチパンを買うだけでも、五百ペルはくだらないのだ。
あんなに固くてお世辞にも美味しいとは言えないというのに……。
どちらを選ぶかと聞かれるまでもなく、誰だってこちらを選ぶだろう。
とにかく、これなら気兼ねなく食べれる。
そんなことを考えていると屋台のおじさんの声が響いた。
「はいよ、どうぞ!」
「おお! これじゃこれ!」
じいちゃんはおじさんから焼き立てのシトリンゴートの串焼きを二串受け取ると僕に一串くれた。
「ほれ、先に食べてみぃ!」
じいちゃんの顔は僕の感想を期待しているのか、ニコニコしている。
「いただきます!」
「うむ!」
その期待の眼差しを受けて僕がまず初めに口を大きく開けて焼き立ての肉汁が溢れている串を頬張り、それを確認したじいちゃんも続いた。
「どうじゃ?」
「――なにこれ」
これは、この食べ物は口に入れた瞬間に理解した。
これが本当に美味しい物だということを――。
確かに薬草のような独特な香りはある。
だけど、身は肉肉しく、噛めば噛むほどに味が出てくる。
また振りかけた岩塩のおかげで、元々甘い脂身がより一層甘く感じてジューシーだ。
僕がその味に驚いているとじいちゃんがシトリンゴートの串焼きを頬張りながら話し掛けてきた。
「ふふっ、美味いじゃろう!」
「うん! 凄く美味しい!」
僕の感想を聞いたじいちゃんは、まるで自分が作ったかのような笑顔を浮かべていた。
☆☆☆
――それからしばらくして。
腹ごしらえを終えた僕らは先程の草原にポツンと佇む木陰へと戻って来ていた。
スレイプニルにもお腹いっぱいになるまで、草を食べたのだろう。
僕らが戻って来ても見向きもせず横になっている。
というよりは、じいちゃんに無反応といった感じだ。
僕が近付くと、真っ直ぐに見つめてくる。
そして、まるで帰りを待っていたかのように「ブルルッ」と鳴くと立ち上がり体を擦り寄せてきた。
「ただいま、スレイプニル! 大丈夫だった?」
「ブルルッ!」
スレイプニルは、僕の言葉に大きな星空のような瞳を瞬きさせて応じてくる。
その様子を見たじいちゃんが、頭を掻きながらと本音をこぼした。
「まったく――。これじゃ、どちらが主人かわからんのう……」
「ブルルッ」
じいちゃんの言葉にまるで返事をするように、彼はふさふさのしっぽをゆさゆさと揺らしている。
きっとスレイプニルは、僕らの会話をわかっているのだろう。
なぜそう思うかは、いつも品定めするように僕らを見つめてくるから。
それは僕らだけでなく、自分に触れる全ての人に対してだ。
実際、気難しい性格らしく、じいちゃん以外の人がその背に跨ったのを見たことがないし、他人に興味を持つこともない。
そんなスレイプニルを見てじいちゃんは髭を触りながら溜息をついていた。
「ふぅ……まぁ、よいか」
そして、今度は僕の方を見て話し始めた。
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