共食い

佐久間清美

本編

開幕

命に感謝を 1/2

 車のエンジン音が夜の世界に響き渡る。


 聞きなれた音。


「帰ってきたのね」


 読みかけの本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。


「もう前みたいに動くのは無理ね」


 言うことをきかないカラダを無理矢理動かす。


 車のエンジン音が止まった。


 私が玄関に向かっていると、三重にかけられた鍵を一つひとつ開錠する音がする。


 人里離れた山に建てられた屋敷。


 こんな厳重に鍵をする必要があるのか?


 ある。


 この屋敷には他人に知られてはいけない秘密が詰まっているから。


 最後の鍵がカチャリと音を立て、


「ただいま!」


 二十歳はたちだというのに未成年――下手すれば中学生に見える顔立ちの、愛しい彼女が元気よく扉を開けた。


 顔だけじゃなくて、身長も幼く見られる要因の一つだと思うわ。


 155cmしかないんだもの。


「おかえりなさい。無事でなにより」


 両手を広げれば抱き着いてきた、私と色違いの黒いジャージを着た小鳥ことりの背に手を回す。


 スンスン。


「はいはい、動物みたいに首に顔を埋めて匂いを吸わないで。こそばゆいわ」


「だって癒しなんだもん」


 もん、って。


 言動も幼い彼女。


 全てが愛おしい。


「はいはい。お遊びはここまで。早くしないと目を覚ますわよ」


「そうだね!」


 小鳥は無駄にクルリと一回転をし、車の元へ走って行った。


 私は玄関に準備しておいた業務用の台車を、車まで押していく。


「よいしょっと」


 後部座席のドアを開け、


せい、ちょうだい」


 小鳥が手を差し出してくる。


「はい」


 麻酔薬と注射器を渡す。


 彼女が過剰な量を注入し、ぐったりとした様子の女性を引っ張り出し台車に乗せるのを見て、アイドル時代のことを思い出した。


 私ともう一人の日本人がいた韓国の7人組。


 楽しい思い出以上に頭を支配するのは、イジメられていたこと。


 主犯格は今日の獲物『ハル』。


「完了ー」


 ここでバトンタッチ。


 私は浴室へと台車を押していく。


 小鳥は地下室から段ボールとボストンバッグに詰めた解体道具を持って上がり、もう一つの台車に乗せて浴室へ。


「お待たせぇ」


 ニコニコ可愛らしい笑みを浮かべる彼女に微笑み、


「「せーのっ」」


 二人で台車から、栓をした空っぽの浴槽へとカラダを移す。


 かなり大きい浴槽だから、人間を一人や二人横たえても余裕たっぷり。


「よいしょ」


 小鳥が自慢の一眼レフで写真を撮ったのを確認してから、服を脱がせる。


 そのままゴミ袋に突っ込む。


「準備できたよー。聖、刺す?」


「……私はいいわ。恨みは貴女が晴らしてちょうだい」


 私の分と、イジメを苦に自殺してしまった仲間の分まで。


「はぁーい」


 ゴム手袋、防護服を身に付けてピースをした小鳥は、包丁で臓器を傷つけないように何か所も刺し、浴槽に血の花を咲かせる。


 復讐なんて無駄、そう考える人は沢山いるでしょうね。


 でも、私の考えは違う。


 復讐しても人は生き返らない。それなら、復讐した方が得なのよ。


「それじゃあ」


「うん。用意してくるねぇ」


 血を抜いている間に別行動。


 小鳥がゴム手袋と防護服をゴミ袋に入れ、無残に散った命を写真に収めたのを横目に、私は段ボールを抱えだだっ広いキッチンへ。


 ブルーシートを敷き、ナイフや包丁を並べる。


「OKね」


 今度は地下へ。


 着火剤やガスバーナー、火ばさみなどを持って上がり、台車に乗せて裏口から庭に出た。


 庭と森は塀で仕切ってあるけれど、森への入り口に観音開きの門がある。


 南京錠に鍵を差し込み軋む扉を開け、台車が押しやすいように少し整地した道を10分ほど歩くと左右に分かれた道。


 左に進み、ゴミというか、証拠品を燃やすための焼却場へ。


 この間小鳥はなにをしているのかと言えば、地下から汲み上げポンプとバケツを取って来て、浴室に置いておく。


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