20. 再会
佐助が中学3年のときのこと。担任からお願いされた資料を運んでいると、胡桃から声を掛けられた。
「あなたが佐助君だよね?」
「はぁ、そうですけど」
「私のこと知ってる?」
「はい。2組の胡桃さんですよね?」
「うん、そう。良かった。知ってるんだね」
「そりゃあ、まぁ。可愛いことで有名じゃないですか」
「……へぇ、意外。佐助君ってそんなことが言えるんだ」
「それで、何の用ですか?」
「単刀直入に言うわ。私と付き合って」
「付き合うというのは」
「恋人同士になれって言っているの」
「……何で?」
「嬉しくないの? この私と付き合えるんだよ?」
「いや、嬉しいとか嬉しくないの前に、何でだろう? という疑問の方が大きいです。だって、俺たちが話したことはほとんどないじゃないですか。そんな関係性なのに、なぜ?」
「わかった。なら、私が佐助君と付き合おうと思っている理由について教えてあげる。それはね、心ちゃんの負け顔を見たいからよ」
「心の? 何で?」
「私さ、心ちゃんのこと嫌いなんだよね。だって、彼女、何でもできるじゃん。頭もいいし、運動もできる。それでいて、顔まで良いとか、神様はさ、あの子に何物与えてんのって感じ。せめてブスであれよって思うわけ。だからさ、あの子の無様な顔を見るために、あの子の超お気に入りであるあなたと付き合おうと思ったんだ」
「なるほど。胡桃さんは、その話を俺にして、俺が付き合うと思っているんですか?」
「思ってるけど。だって、私と付き合えるんだよ? 勉強も運動もあの子には勝てないけど、顔だったら負けないわ!」
「……すごい自信ですね。でも、何か面白そうなんで、付き合ってあげます」
「本当!」
「が、1つだけ条件があります」
「条件?」
「はい。実はですね、心と契約していることがありまして。俺が誰かと付き合う場合、付き合う前にその子を心に紹介して、心から許可を貰う必要があるんですよ。だから、心と面接して、許可をもらえたら、付き合います」
「はぁ? 何その契約。キモいんだけど。佐助君はそれでいいわけ?」
「はい。面白そうなんで」
「……変わってるね」
「お互い様だと思いますよ。それで、どうしますか? 心との面接に臨みますか?」
「もちろんよ!」
「わかりました。なら、心に言っておきます。あ、でも、覚悟だけはちゃんとしておいてくださいね?」
「覚悟って大袈裟な」
胡桃はけらけら笑うが、佐助は心配そうな顔で胡桃を見た。
そしてその日の放課後。佐助は胡桃を連れて、心が待つ教室へ移動した。教室で待っていたのは、可憐な少女ではなく、1匹の野獣であった。野獣が放つ殺気立ったプレッシャーに胡桃の冷や汗は止まらない。その隣で、佐助はにやにやしながら心に胡桃を紹介する。
「心。こちらが、俺の彼女になりたい2組の胡桃さん」
「こんにち――」
「足のサイズは?」
「は?」
「佐助の足のサイズは?」
「えっと、それは」
「佐助の好きな食べ物は?」
「え、あ、肉、かなぁ」
「佐助がエッチな本を隠している場所は?」
「え、あ、あの、ベッドの下とか?」
「そうなの?」と心に振られ、佐助は首を振る。
「持ってないよ」
「持ってないらしいけど」と逆切れ気味に言われ、胡桃は涙目になる。なぜ、怒られているのか理解できなかった。
「はぁ」と心は大きなため息を吐いて肩を
「そ、それは、これからお互いにわかっていけば」
「で? お互いのことをわかったとして、あんたは佐助のために何ができるわけ?」
「えっと、その、一緒に出掛けたり、ご飯を作ってあげたり」
「はい、残念。それはすでに私が佐助に何度もやってあげています。それで、他には? 他にあんたが佐助のためにできることって何があるの?」
「……至福の時間」
「は?」
胡桃は涙目ながらも心を睨む。
「私みたいな、超絶美少女と過ごせる至福の時間よ!」
「はぁぁぁぁぁ」と心はひときわ大きなため息を吐くと、胡桃を睨み返した。「あんたさぁ、何か勘違いしているみたいだけど、あんたなんて、所詮、井の中の蛙。都会にはあんたクラスの女なんてたくさんいるわ。勘違いしてんじゃないわよ! ブス!」
胡桃の目から大粒の涙がこぼれ、胡桃は涙を拭いながら走り出した。
佐助は呆れ眼を心に向ける。
「流石に言いすぎ」
心はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「何もわかっていないくせに、佐助と付き合おうとするあいつが悪い」
佐助は肩を竦めると、胡桃を追いかけた。胡桃は他の空き教室の端っこで声を押し殺しながら泣いていた。佐助は歩み寄り、ハンカチを差し出す。
「ごめん、胡桃さん。俺が面白がって、心に会わせたばかりに、胡桃さんをいたずらに傷つけてしまった」
胡桃は佐助からハンカチを受け取り、そのまま佐助の胸に飛び込む。佐助は戸惑うが、押し返すのも悪いと思い、黙って受け入れる。
「佐助君は優しいんだね。でも、佐助君は悪くないよ。悪いのは、あの女だから」
佐助は肯定も否定もしなかった。自分にも非があると思っていたからだ。心に彼女候補を紹介した時、心がどんな反応をするのか確かめたいという危険な好奇心があった。しかし結果的に、胡桃を泣かせてしまったので、申し訳なく思っている。
それからしばらく胡桃は泣き続けていたが、落ち着きだすと、勢いよく顔を上げた。
「私、決めた。絶対にあの女を見返してやる! まだ、その方法はわかんないけど、絶対に!」
佐助は、涙で滲む瞳の中に、燃えるような炎を宿す胡桃を見て、強い人なんだなと思った。
――それから中学校を卒業すると同時に、彼女が上京して女優になったことは風の噂で知っていた。しかし、まさかこんな形で再会するとは思っていなかったから、佐助は驚いて言葉が出なかった。
(ま、まぁ、でも別人の可能性があるし)
しかし彼女は、佐助の知っている胡桃だった。
胡桃はマネージャーとともに佐助の対面に座ると、朗らかな笑みを浮かべて言った。
「はじめまして、晴好胡桃です。よろしくお願いしますね、サスケさん」
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