13. 変わらないもの
佐助は、心の配信予定を見て、今日が心たちの配信日であることは知っていた。タイトルからは内容を想像できなかったので、B1階をうろつき、偶然を装って出会おうとした。ダンジョンや他の人がいる状況だと、心も対応を変えるかもしれないと思ったからだ。しかし、結局鉢合わせすることはなく、B7階まで来てしまった。
(……しゃーない。やるか)
自分の配信を楽しみにしてくれている人たちがいる。チャンネルを確認すると、先ほど宣伝したにも関わらず、918人の人が待機中になっていて、コメント欄を見ると、待機中の人たちで雑談が始まっていた。彼ら彼女らを待たせるわけにはいかない。手慣れた動作で準備を整え、配信を開始する。
「こんにちは。RTA走者のサスケです。見えてますかね?」
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くのー:こんにちは!
あああ:きた
内気な夢泥棒:こんにちは!
うっぴー:キタキタ
黒の慟哭:待ってたぞ
キラキラスマイル:来たw
ねっとりめがね:今日もお手並み拝見と行こうじゃないか
くのー:見えてます!
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「皆さん。今日もありがとうございます。今日はB7階のRTAに挑戦したいと思います。その前に、軽くB7階について紹介しましょうかね。ここのフィールドは『洞窟』で、モンスターのレベル帯は1~10です。出現するモンスターはスライムやワーム、あとは迷宮ネズミや迷宮コウモリなんかも出現しますね。まぁ、ただ、今回もできるだけ戦わないようにして進みたいと思います。で、地形なんですけど――」
と話していて、佐助はスマホの通知に気づく。表示された名前を見て、嫌な予感がした。猿吉からの電話だった。
「すみません。電話です。ちょっと待ってくださいね」
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くのー:わかりました!
うっぴー:おけ
ねっとりめがね:少しだけだぞ
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佐助はカメラに背を向け、小声で対応する。
「もしも――」
「佐助さんっすか!」
「そうだけど、どうしたの?」
「心さんがB19階に取り残されちゃって、それで!」
状況が呑み込めなかったが、佐助は駆け出していた。カメラが佐助を追尾し、視聴者から戸惑いの声が上がる。
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黒の慟哭:ん? どうした?
キラキラスマイル:どうしたw
カマキリオ:何か問題発生か?
梅干し:?
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しかし佐助は、視聴者のことを忘れて、猿吉の言葉に集中した。
「ごめん、よくわからないから、もう少しちゃんと説明して」
「あ、えっとっすね。今日、撮影をするためにB19階へ行ったんすけど、そこで仏みたいなモンスターに襲われてしまって。それで、心さんが俺たちを逃がすためにその場に残ったんす」
「心は帰還玉を持ってるの?」
「わかんないっす。ただ、心さんは持っていた帰還玉を俺たちに渡したんで、もしかしたら、もう持っていないかもっす」
「わかった。B19階へは転送局から行ったのか?」
「は、はい!」
「なるほど。なら、行くにしても帰るにしても、しばらく転送の魔法が使えないわけか。OK。あとは任せろ」
「あn――」
猿吉が何か言いかけていたが、佐助は電話を切った。移動方法以外にも聞きたいことはあったが、確認している場合じゃない。すぐに心へ電話する。出てくれることを祈りながら。そして佐助の願いは通じ、心が電話に出る。佐助はすぐに呼びかけた。
「今、大丈夫? 周りにモンスターとかいない!?」
「何?」
心が反応してくれたことに安どするも、すぐに集中して音を拾う。心の声音や周りの音から判断するに、危機的な状況にいるわけではなさそうだった。
「猿吉から聞いた。今、B19階にいるんだろ?」
「そうだけど」
「帰還玉は無いの?」
「無い」
「大丈夫?」
「大丈夫だけど」
「そっか。なら、今から……」
助けに行くと言いかけて、佐助は言葉を飲み込んだ。心は、自分が助けようとすると、不機嫌になることが多かった。宿題や家事を手伝おうとしたら、「大丈夫。一人できるから」と言って、自分の善意を頑なに拒否する。だから、心を助けたいときは、言い回しに工夫が必要だった。佐助は頭をフル回転させて、考える。
「……何?」
「あ、いや、俺もそっちに行くわ」
「は? 何で?」
「B19階を探索したい気分になったから」
「急に?」
「急に。心がいるって聞いたからさ。だから、力を貸してくれないか? 心がいないとB19階の探索が難しいんだわ」
「べつに、私がいなくてもできるでしょ」
「最近、気づいたんだ。俺、心がいないと何もできない」
「そんなことないじゃん。一人で配信とかしてるみたいだし」
「あれも心が応援してくれたから、できたんだよ」
「私はべつに」
「いつも俺の配信を見てくれるじゃん。ココアさんって、心でしょ」
「……気づいていたの?」
「当たり前だろ。いつから一緒にいると思ってんの。俺が何かをするためには、心の力が必要なんだ。だから、今回も力を貸してくれ! 頼む! 心の力が必要なんだ!」
「……仕方ないわね。佐助がそこまで言うなら、手伝ってあげる」
「よし。なら、蓮の池の場所とかわかる? 多分、転送の魔方陣があった場所から北に2キロほど行ったところにあるんだけど」
「うん。わかる」
「んじゃ、そこで。あ、でも、蓮の池の周りにはモンスターが比較的多くいるから、近くに隠れておいて。俺が合図を送る」
「了解。時間はどれくらい掛かりそう?」
「ここからだと5分かな」
「駄目。30秒で来なさい」
「善処するよ。んじゃ、また後で」
佐助はスマホをしまい、笑みをこぼした。久しぶりに話したが、心の面倒くささは相変わらずだった。しかし、そんな面倒くさい一面があるからこそ、今でも飽きずにいられるんだと思う。人もダンジョンも少し難があるくらいが丁度良い。
(っていうか、もしかして……)
心と話して、これまで心が不機嫌だった理由が何となくわかった。自分の助けは拒み、逆にやたらと助けたがるあの幼馴染は、自立しようとしていたことに不満を抱いていたのかもしれない。心に助けを求めた瞬間、機嫌が良くなったのが、その根拠だ。
(やれやれ。マジで面倒くさいな。普通、自立するっていいことだろ)
でも、そんな幼馴染を助けるために、佐助は『闇魔忍法――変化の術』を発動した。
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