第25話 「一介の」の使い方

 某全国紙の一面、自民党の「裏金」問題を扱った連載記事に、次のような一文がありました。


「トップの方針を派閥職員が覆すとは思えない。還流継続を決めたのは派閥内の有力政治家で、不記載も○○被告に指示していたのではないか――。」(傍点は私)


 私は、上記文中の「一介の」に違和感を覚えました。

 私の感覚では、「一介の」には、つまらないもの、取るに足らないものという、その対象をおとしめるニュアンスが、若干含まれています。


 たとえば、次のような場合に使うと、しっくりくると思います。

「一介の素浪人の身で、殿に対し何たる口の利き方か!」

「一介の百姓から身を起こし、やがて天下人となった」


 派閥の職員に「一介の」という修飾語を使うのは、適切なのでしょうか?


 例により、国語辞典に当たってみます。


「一介」

■『新明解国語辞典 第8版』:〔「介」は「个」と同じく、個の意〕〔権力の庇護を受けることもなければ、また、こびることもない、名声を博することもなければ、また求めることもない〕独立した存在として見た、個人。「―の浪人の身でありながら、王政復古に大きな貢献をした/権力の座を捨てて―の市民として一生を終えた」


■『広辞苑 第7版』:(「介」は「あくた」に通ずる)ひとり。わずかなもの。価値のないつまらぬもの。「―の勤め人」


 二つの国語辞典を比べると、語義にややズレがあるようです。


 私の認識は、『広辞苑』に近いです。つまり、「一介の」には、価値のないつまらないもの、というニュアンス、あるいは価値判断があると思うのです。


 上記記事の一文は、派閥の職員には、いったん安倍氏が廃止の方針を示した「還流」の継続を決める権限も力もなかったといいたいのでしょう。それならば、「取るに足らないつまらないもの」という価値判断を含んだ「一介の」を使うべきではないと思います。


 上記の文は、「一介の」は使わず、次のようにする方が適切ではないでしょうか。


「トップの方針を、権限も影響力も小さい派閥職員が覆すとは思えない。」




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