メアリーが死んでしまった。
ㅤ裏庭へ行くと、白い箱を持った少女がいた。
「何をしているの?」
「鍋を探しているの」
「どうして?」
ㅤ少女はこちらに目を向け、白い箱の蓋を開いた。青い瞳に見据えられる。凍った水溜まりに映った空の色。箱の中には何やら小さな棒状のものが見える。
「それはなぁに?」
「メアリー」
ㅤ少女が持ち上げたそれは小指だった。ふっくらとした小さな小指だった。
メアリーは、このスクールで一番年上のお姉さんだ。彼女は今日結婚式を挙げるのだと言っていた。
「メアリーは死んじゃうから」
ㅤと、少女が言い、胸の前で小指を握った。その、ミルクを溶かしたような爪の先に、てんとう虫が止まる。メアリーとホットミルクを飲んだ夜を思い出した。彼女は夜更かしが好きで、眠れない夜にはいつもおはなしを聞かせてくれた。彼女が諳んじるおとぎ話を聞いているうちに次第に微睡んでいくのが心地よかった。そんな日々ももう、今日で終わりだ。
ㅤ少女が手を振ると、微睡んだように動かなかったてんとう虫が飛び立った。
遠くで教会の鐘が鳴っている。その下には、純白を纏ったメアリーがいるのだろう。
「鍋を探しているの」
ㅤと、少女がもう一度言った。
「キッチンを見てくるから待っていて」
ㅤ少女を置いて向かったキッキンからは、甘い匂いが微かに漂ってきていた。コンロの上には小さい鍋が一つ火にかけられている。中を見れば、半ば形の崩れた木苺が鍋いっぱいに敷き詰められている。ジャムを作っているらしい。
火を消し、鍋をそのまま少女のもとへ持って行った。
ㅤ彼女は、あどけなさを感じさせる表情で、弾んだ調子で「ありがとう」と笑った。
白い指がぐちゃぐちゃとした木苺に沈む様は、皮膚の下に戻っていくようだ。薄らと陽の光を反射する爪が見えなくなって、少女は小指を押し込んでいた自らの指を持ち上げた。指先についた木苺を舌で拭う。
「砂糖が足りないみたい」
ㅤこの子が死んでしまうときは、私に何をくれるのだろうかと思った。
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