ある女子高生と先生の、2人だけの夏休み
星月小夜歌
1. Prologue 初めてのお泊まり?
夏休みに入る少し前。もう地獄のような暑さが毎日のように襲ってきている。
「旅行、ですか?」
「ええ。と言っても、琴葉とお泊まりするわけにはいかないから日帰りだけれどね。」
櫻子からそんなお誘いがあって、私たちは櫻子の家で計画を詰めている。
私 ‐
櫻子 ‐
櫻子は、私が高校2年生の春に異動してきて、私の国語の教科担任になった。
華奢な身体に笛のような軽やかな声、艶のある黒髪、朝露をのせた薔薇の花びらのような唇。
そんな綺麗な姿で為される厳しく現実的な授業。
かと思えば、櫻子のもう一つの居所である図書室では、優しい笑顔をたたえて接してくれる。
そんな櫻子に私は惹かれてしまって、私は櫻子に告白して、晴れて恋人となった。
「櫻子とお泊まりしたいです。……駄目、ですか。」
「貴女のご両親になんて言って説明するのよ。いくら私達が女同士だと言っても、先生とお泊まりなんて怪しまれるわ。友達とお泊まりするとか貴女に嘘をつかせるのは、私は嫌なの。」
しょんぼり。でも、私が嘘をつくのを櫻子が嫌だったらもう仕方ないよね。
「櫻子。来年は……私が卒業したらお泊まりしましょうね。」
櫻子の厳しい表情は解かれて、優しい笑みに変わっていく。
「もちろんよ。初めてのお泊まり、どこがいいかしら!」
「温泉旅館とか良いと思います! 春先に!」
「夢が膨らむわね! 楽しみにしてるわ。……だから今回は日帰り、ね。」
「はーい。」
私と櫻子がお付き合いをしているのは、もちろん二人だけの秘密。
私と櫻子は、生徒と先生だから。
秘密がバレたら、櫻子は懲戒免職にされて一緒にいられなくなっちゃう。
だから私達は、私の卒業まで秘密を守り通さなければならないのだ。
「でもせっかく行くのだし、日帰りできる範囲で遠くに行ってみない? ……遠ければ、気兼ねなく一緒にいられるでしょう?」
出たー! 櫻子はそうやって私を甘やかして、照れさせてくるの!
「はうう。櫻子、そんなこと言われたら落ち着いていられませんよ……! ふぅ……櫻子はどんなところがいいですか?」
「琴葉と一緒に過ごせるならどこでもいいわ、と思っているけれど、これだと質問の答えにならないわよね。前々から思っていたのだけれど、海辺の温泉旅館とかはどう?」
「旅館?? さっきお泊まり駄目って言ったよね。どういうこと?」
「温泉旅館って、お食事付きの日帰りプランもあるのよ。客室でご飯を食べられるところもあるわ。もちろん温泉にも入れるの。」
温泉。日帰りとはいえ、櫻子とお部屋で2人っきり。櫻子と温泉。
「温泉……。あの。」
え、そういうこと、だよね。
「なあに?」
「あの……。その。櫻子と一緒に温泉、入る……って、こと、ですよね。」
「そうよ。」
さも当たり前かのように、涼しい顔から放たれた答え。
でも。それって。
「あの。……良いの、ですか……?」
「修学旅行でも大浴場にみんなで入るし、普通に温泉やお風呂屋さんに行っても知らない人と一緒に入ってるでしょう。それと何が違うの?」
「言われてみればその通りですけど……!」
櫻子はきっと、わざとこんなことを言ってる。
何もおかしなことも、やましいことも無いと。
でも、でも。
女同士、といえども。
私たちは……恋人同士、なんですよ!?
「……琴葉。」
「はいいい。」
あたまがぐるぐるしすぎて、へんじもなんだかまのびしてる。
「お部屋に付いてる貸切風呂はまだお預けよ。それはまだ私達には早いわ。」
「かしきり、って。ああああああ!」
−−わたしもどうなってしまうか、わからないもの−−
そんなようなことばがきこえたきがしたけれど、わたしはもうどうしたらいいの。
「……落ち着いた?」
「……あれ。私。」
「温泉の話をしていたら、琴葉が固まっちゃって。」
「温泉……。貸し切り……。」
「貸切風呂は、私達にはまだ早いと思うから今回は無しよ。それに、どうせなら広いお風呂にのんびりと浸かりたいと思わない? 足も手も思いっきり伸ばして。」
「そ、そう、ですね……!」
正直、貸し切りじゃないと聞いてホッとした。
もし貸し切りで、櫻子と2人きりでお風呂になんて入ったら。
私はどうなってしまうかわからない。
よくわからないけれど、超えてはならない所に行ってしまう。そんな気がしている。
「お風呂だけじゃないわよ。美味しいごはんを2人で食べて、お部屋で2人でのんびりして。それだけで……たった1日、日帰りでも、素敵だと思わない?」
もしかしたらそういう場所や過ごし方が好きな子もいるのかもしれないけれど、吹奏楽部では、夏休みは大体カラオケとか遊園地とかっていうのがほとんどな気がする。
3年連続クラスメイトの美登はずっとゲーム三昧とか言ってた。……宿題は計画的にやろうね。夏休み明けに死んだ目で登校してくる美登の顔がもうはっきりと見えてるよ。
私の夏休みは、去年までは部活漬け、時々ある休みで友達とカラオケやショッピングモール、もしくは家族で旅行、こんな感じだった。
今、櫻子と話してるみたいな温泉旅館は家族旅行や小学校の修学旅行で行ったことはあるけれど、家族ではない人……いや、いつかは家族になれるのかしら……と2人っきりで行くのは初めて。
でも。櫻子と一緒に過ごせるなら。どんな所でも素敵なはず!
「素敵だと思います!」
「じゃあ、夏休みの旅行は海辺の温泉旅館に決めていい?」
「はい!」
「うふふ。ありがとう! 実は前から行ってみたかったところがあって。琴葉が良くて、お部屋が空いてれば、そこに決めていい?」
「お願いします! 櫻子が決めてくれたところでしたら、どこへでも!」
「まあ。それなら、ね……。」
わあ、お料理は美味しそう! 温泉は気持ちよさそう!
櫻子がパソコンで見せてくれた宿のホームページに、私はわくわくが止まらなくなっていく。
予約ページから、櫻子と私の都合が合う日を探す。……あっ、空いてた!
「じゃあ、予約するわね?」
櫻子がクレジットカードの番号をささっと入力して予約は完了した。
こういうとき、クレジットカードって便利なんだなあ。
櫻子に子どもとして見られてるのが悔しくて春休みに櫻子と喧嘩しちゃって、それから櫻子も私に甘えてくれるようになって、私も櫻子に頼られて甘えてもらえるくらい、大人のように頑張らなくちゃと思っている。……それでもやはり、子どもでは出来ないことはあって、早く大人になりたいなと思ってしまう。
自分の分は払いたい、とまたクリスマスの初デートの時みたいに問答になったけれど櫻子に
「今回はちょっと高級なとこだから琴葉に払わせるのは申し訳ないし、私の趣味で決めたから私に払わせて。」
と押し切られてしまった。
……まあ、金額見て私もちょっとびっくりしちゃったし、櫻子とは将来アルバイトを始めて自分でお金を稼ぐようになったら少しずつ返していく、と約束をしてるから、金額は専用の小さなノートに控えておいて今回は甘えさせてもらおう。
櫻子と文書作成ソフトで旅程表を作りながら、私は胸を弾ませていた。
きっと、櫻子の心も踊ってる!
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