第62話 キャル視点 キャルのバル(先生)

「燃えるの! 最上級火炎魔法ギガファイアーボール!」


 巨大な爆炎の玉が、魔族たちに直撃する。


 バルと別れた私たちは、フリダニア王都近郊にて魔王軍と激戦を繰り広げていた。

 マリーシアを大将として、占領された王都をゲナス王子と魔王軍から取り戻すために。


「剣技! ―――【一刀両断】!」

上級聖光弾魔法ハイホーリーバレット!」


 アレシアは最前線で聖剣を振るい。ミレーネは、攻撃魔法、補助魔法、回復魔法を適宜使用する。

 私は後方からの支援攻撃だ。


 私の周りには、マリーシア親衛騎士団とフリダニア義勇兵やナトル兵の中から、魔法が使える者たちが集まっている。


「キャルット殿! 敵の魔法攻撃がきます! 前衛部隊、防御態勢!」


「させないの! 魔法防御壁マジックシールド!」


 展開した魔法防御の壁が、迫りくる炎や氷の塊を相殺する。


 魔王軍は魔族という魔物とは別の個体の集まりだ。見た目は魔物よりは、どちらかというと人の形に近い。

 そして、魔族はそのほとんどの個体が魔法を使用することが出来る。


「魔法攻撃は全部キャルが相殺するの! だから安心してなの!」


「流石キャルット殿! よし! 前衛部隊! 攻撃再開だ!」


 にしても―――魔法攻撃が多すぎる。


 私の最大の切り札―――隕石魔法メテオを使用するには、多少の時間が必要だ。


 そのためには一旦戦線離脱しないといけないのだけど―――


「キャルット殿! 敵の魔法攻撃がきます!」


 ―――暇がないの!


 人族の兵士と違い、短い詠唱で魔法をバンバン撃ってくる。


 戦線は膠着状態となりつつあった。

 アレシアやミレーネも活躍しているが、魔王軍の数が多い。あとからあとから後続の部隊が到着する。


「キャルット殿! 魔王軍中央から怪しい光が! 今までの魔法とは違うようです!」


 見たこともない光が戦場全体を覆いはじめた。


 何かわからないけど! 


「―――広域魔法防御壁エリアマジックシールド!」


 味方全体を防御壁でカバーするが……!?


「お、おいおまえ! なにやって……ぐうぅう」


 味方が別の騎士に首を絞められている。


「なんなの!? 攻撃は魔法防御壁マジックシールドで防いだのに、おかしいの!」


 一部の者が正気を失い始めた。


 どうやら魔法耐性の弱い者は錯乱状態になるようだ。

 前線ではミレーネが鎮静化のために、浄化魔法を連発しているのがみえる。


 私は浄化魔法は使えないが、魔法効果解除魔法は使える。とにかく試さないと……



 ―――!?



 杖を振り上げようとした瞬間、ゾクりと悪寒が走った。

 腕があがらない。


「……るな」


 私が最も忌み嫌う事……



「―――キャルに触るなぁあああああ!!」



 数名の男が私の手を掴み、足を掴んでいた。


 吐き気がして……ゾクゾクする。

 頭の中がグルグルして、目がチカチカして―――自分の意思に関係なく空が真っ赤に染まっていく。


 こんな状態で隕石魔法メテオを発動したら……またみんな瓦礫に……。




 ◇◇◇




 私は孤児だった。


 幼いころに、拾われた屋敷でメイド見習いとして働くことになる。


 主人はそこそこ有名な商人で、大きな屋敷を構えて手広く商売を行っていた。この男は言っていた。孤児を引き取るのは、出来る限り若い子の将来を潰したくない。


 そう、商売で利益が出た恩返しなのだと。


 だが、真実は違った。


 私は、男の醜悪な性癖を満たすための玩具だったのだ。


 毎日のように行われる性暴力。


 思い出すだけで吐き気がする。


 地獄の日々が延々と続き、ある日私の頭の中で何かがプツリと切れた。



 ―――気づいたらその屋敷は無くなっていて、私だけが瓦礫の上にいた。



 空が焼けるように真っ赤だった。


 それからは、さらに悲惨な日々が始まる。


 帰る家もない。

 その日食べるものもない。

 ろくな仕事はなく、たまに仕事にありついても男ばかり。


 小さな女の子が、よく生き延びたなと思う。


 ある日、男たちが私を捕まえてどこかに連れて行こうとした。

 ―――イヤだイヤだイヤだ!


 あの時のように、また空が赤く染まりだす。


 また瓦礫にうもれるの?

 なんなのこれ? 呪い?


 でも―――前のように瓦礫には埋もれなかった。


 1人の男が、私を掴んでいた男たちを追い払ったからだ。


 その男は、自分の宿屋に来てご飯を食べなさいと言う。


 ―――そう、バルだった。


 どうせこいつも人さらいの類だ。

 ―――もう騙されない。


 そう虚勢を張ったものの……

 空腹で我慢できなかった私はバルの宿屋に行く。


 バルはなにも言わずに、ご飯を食べさせてくれた。

 絶対にあとで何かするつもりだと警戒していた私は、食べるだけ食べて逃げてやろうと考えていた。


 でも一向に何かをしてくる気配はなかった。

 なら、次のご飯も頂いてから逃げる……その次も……


 いつの間にか私はバルの宿屋に住み始めていた。


 すでに2人の女の子がいた、アレシアとミレーネだ。

 2人とも身寄りがないからここに住んでいるらしい。バルのことを嬉しそうに先生とか言ってる。


 バカだこいつら……あとで暴力の餌食になるか、どこかに売り飛ばされるだけなのに。

 私は警戒を解かなかった。


 ―――こいつもあいつらと同じ。


 近づいてくるたんびに噛みまくった。

 私の唯一の武器。


 でも……


 バルは不思議なやつだった。

 噛んでも殴ってこない。


 今までの男は、抵抗したら倍返しで殴りつけてきた。


 バルは……褒めてきた

 いまのは痛かったとか、いい噛みつきだとか。


 私は一切信用してないのに。

 意味がわかんない。アホなの?


 ある日―――どうせ噛むならこれを噛んでみろと、何かを口に突っ込まれた。


 ―――アンパンだった。


 アンパンは美味しかった。

 そもそも菓子なんて食べたことがないから、そう思ったのかもしれない。

 ……その日はバルを一回しか噛まなかった。


 また別の日―――


 宿泊客が酔っぱらって私に抱き着いてきた。男だ。


 体中に悪寒が走って、頭の中がおかしくなって……


 また空が真っ赤になっていた。


 また瓦礫に埋もれるんだ。結局なにも変わらない。変なオッサンにご飯を恵まれただけ。

 そしてここも瓦礫と化して……また家もない日々に戻る。


 ―――もういいや、疲れた。


 良く分からないけど、空が赤くなったら何かが落ちてきておしまい。

 そういう呪いかなんかなんだろう。


 そう思った時だった。


 バルが私に向かってサムズアップしてきた。


「大丈夫だ、安心しろ。終わったらアンパン買いにいこう」とか意味不明な事を言う。


 こいつ緊張感なさすぎ―――


 バルは小石を手にもつと、力を込め始めた。

 たぶん【とうき】とかいうやつだ。


 どういう魔法か知らないけど、私の呪いに勝てるはずがない。どうせ瓦礫に埋もれるだけ。



 でも―――前のように瓦礫には埋もれなかった。



「せぇーい」って意味不明な大声とともに、空にあった何かを粉々に粉砕したからだ。


 思い出した―――初めてバルに合った時も瓦礫に埋もれなった。


 なぜか自分の瞳から涙が溢れだす。


 バルが私をギュッと抱きしめていた。



 ―――私は初めてバルを噛まなかった。



 そして、はじめてバルと一緒に買い物に行った。アンパン屋だ。

 その日を境に、私は少しずつ心を開くようになる。


 それから数年後―――


 呪いと思っていた赤い空については、星属性の魔法だった。

 過去のトラウマから、過度に刺激を受けると勝手に発動してしまっていたらしい。


 私は稀有な才能の持ち主だったらしく、客の1人だった魔法師団の師団長が、私を魔導士見習いにしたいと言ってきた。


 バルから離れるのは嫌だったけど。「才能が認められたんだ。いいチャンスだ」とバルに後押しされて、魔法師団に入団。その後は13歳で大魔導士の称号を得て、14歳の時【血の会戦】で究極魔法メテオにより、帝国軍の移動要塞を一撃で壊滅させた。




 ◇◇◇




 なぜ、こんなことを今になって思い出したのかわからない。


 だけど、バルに初めて抱きしめられたことを思い出して、少しだけ楽になった。

 空を見上げる余裕が出来た。


 真っ赤に染まりつつある上空。


 発動してずいぶん経つ。もはや解除は出来ない。


 ―――でも


 制御すればいいの!


 今まで出来なかった?


 出来ないんじゃない! やる!


 今度こそ、なんとか制御する!!


 意識が飛びそうだけど、必死に正気を保って……魔法陣を再構築する。

 ブレそうになる軌道を修正。上空の空が完全に赤色に染まった。


 今度は瓦礫の山になんか埋もれない!


 赤い空は――――――嫌な思い出じゃないの!



「―――究極魔法! 隕石魔法メテオ!!」



 巨大な岩が真っ赤に染まった空から、寸分の狂いもなく魔王軍の中心部に落下していき―――



 轟音とともに大きなクレーターを作った。




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