第60話 オッサン、出陣する

「なんですって! 王城の親衛騎士団はどうしたのですか!」

「奮闘むなしく、魔王軍に敗北したとのことです!」


「お兄様が魔王軍にいたというのは、どういうことですの!」

「ゲナス王子により復活したと、魔王自らが言ったそうです。魔王軍はこれよりフリダニアを制圧するとも」


「なんてことを……」


 その場で頭を抱える美少女―――フリダニア王国第一王女のマリーシアさま。


 どうやらゲナス王子は、魔王を復活させて魔王軍とともにフリダニア王都を占領したらしい。

 魔王なんて存在自体がにわかに信じられないが、事実マリーシアさまの騎士団はその魔王軍に敗北した。


「親衛騎士団はその後どうなりましたの?」

「それが、途中で通信石の連絡が途絶えてしまい……わかりません」


 マリーシアさまは、その綺麗な緑の瞳を閉じて暫く沈黙したのち、再び口を開いた。



「―――出立の準備をなさい! 各地で義勇兵を募りながら王都に戻ります! ゲナス王子と魔王の好きにはさせませんわ!」



 緑の瞳に力がこもる。

 騎士たちの顔は引き締まり、各自やるべきことに動き始める。


「バルド様、少しお二人でお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 俺は静かに頷き、彼女と別室へ行こうとすると……


 リエナたちが俺とマリーシアさまの間に割って入って来た。


「どうしたんだ。みんな?」


「ええ~~だってマリーシアさまと二人きりとか危ないじゃないですか~」

「フフ、たしかに、バルド先生も男ですからね」

「せ、先生は我慢できるぞ!」

「バルはキャルしかみてないの!」


 おい……なんの話だよ。普通に別室でマリーシアさまとお話するだけだぞ。

 俺は意外と信用がないらしい。


「マリーシアさま、密室に連れ込まなくてもバルドさまは一緒に行ってくれますよ」

「フフ、ワタクシも行きます。親友のピンチですからね」

「あ、あたしも行くぞ! マリーシアには世話になったしな」

「キャルも~マリ助けるの」


 リエナ、ミレーネ、アレシア、キャルの反応に驚きを隠せないマリーシア。

 4人の顔をぐるりと見て声を漏らす。


「み、みなさん……」


「そうだな、みんなで行くか。久しぶりのフリダニアだ」


「ば、バルド様……ありがとうございます」


 マリーシアさまが、熱くなった目頭をおさえて頭を下げる。

 三神と呼ばれる俺の元弟子たちは、マリーシアさまにはお世話になっている。俺もな。


「よし、リエナ、セラ! すまんが宿屋をしばらく任せるぞ。出来るだけ早く戻るから」


 セラはいつも通りの了解ポーズ。

 が……リエナはクビを傾げてキョトンとしている。


「え? 何言ってるんです? もちろん、私も行きますよ~」

「いや、今回は流石にマズいだろ。ナトルの王女なんだし……」

「だって、今回マリーシア王女が来たのは同盟強化のためですよ~~お父様も同意済ですし。それに魔王がフリダニアを制圧したら次は周辺国ですよ。ここで食い止めなきゃどのみち破滅です」


 ふふん~と鼻息を荒くして存在感ある胸を張ってみせるリエナ。

 この子、なんだかんだ毎回ついてきている気がする。


「それにバルド様の傍が一番安全ですから。そうと決まれば準備してきますね~マリーシアさま、ナトルからも兵と物資を可能な限り都合つけるようお父様に相談してきま~す」


 そう言うとリエナはピューと隠し階段の方へ消えて行った。




 ◇◇◇




「報告! 親衛騎士第4小隊20名、合流しました!」

「報告! マルタ辺境伯120名の兵とともにまいりました!」

「報告! ターミヤの村から15名の義勇兵合流!」



 俺たちはマリーシアさまと共に、フりダニアの王都を目指して行軍中である。

 行軍の最中にも次々と集まってくる兵力。

 王都から撤退したマリーシアさま親衛騎士団の生き残り。

 各領主の保有戦力や、各地の街や村からの義勇兵だ。


 ナトルを出発する際に、各地に挙兵の知らせを飛ばしたマリーシアさま。

 通信石、伝書バト、早馬、ありとあらゆる手段を使って、出来る限り多くの場所へ。


 元々マリーシアさまは、国民から人気のある王女だ。

 魔王復活の危機感も重なってか彼女が行軍を進めるほど、どんどん人が集まってくる。


 ゲナス王子ならこうはいかないだろう。


「凄いなマリーシアさまは」

「むぅうう……凄いですぅ。私も負けられないですぅ」


 リエナが頷くも少し複雑な顔をみせる。

 よくよく考えてみれば、リエナとマリーシアさまは17歳の同い年で同じ王女。対抗意識があるようだ。


「こっちでは勝ってますけどね」


 なんか2つの膨らみをタユンポヨンさせながら俺に存在感アピールするリエナ。

 いや……なにで対抗しようとしてるんだこの子は。


「ちょ、リエナ。それやめてなの」


 俺とリエナの間にいるキャルの頭が、2つの揺れるタユンポヨンにむぎゅっと埋もれている。


 なぜこんなところにキャルがいるのか。


 彼女は男に触れられると平静を保てなくなってしまう。

 だが、触れられない限りは我慢できる。


 といっても、我慢しているのであって、近づかれるのは基本好まない。


 だから、フリダニア時代の彼女が率いる魔導士隊は全員女性だった。布陣も後方からの支援攻撃なので、他の部隊とは離れた位置取りができる。

 しかし、今回は急造の混成軍だ。必然的に男が多い。というか男ばかりだ。さらに義勇兵やナトル兵も混ざっており、そんな一個人の事情など考慮できる状況ではない。


 なので移動時には、免疫のある俺とリエナの間に挟まれたいとの本人希望からここにいる。


 まあ、頭上からリエナのタユンポヨン爆弾をくらうはめになってしまっているのだが……


「ま、マリーシアさま!」


 俺たちがそんなやり取りをしていると、1人の兵士が後ろにいるマリーシアさまへ駆け寄ってきた。


「ま、マリーシアさま! 南方20キロの街が急襲されたとの連絡あり!」

「なんですって! 魔王軍ですの?」

「いえ……途中で通信が途絶えましたが、最後に帝国と……ただ雑音が多くて……」


「帝国軍だと!?」

「それは誤報ではないのか?」

「数は?」


 ざわめき始める兵士たち。

 もし事実だとしたら、最悪のタイミングだ。


「マリーシアさま。俺が様子を見てきます。本体はこのまま行軍してください」


 そう、今回の目的はゲナス魔王連合軍の撃破だ。

 現状の情報では、敵の数もわからんし、そもそも帝国軍なのかすら定かではない。


 ここで足止めを喰らうのは良くない。

 俺が偵察に行き、状況を確認してから然るべき対応を取るべきだ。


「わかりました。バルド様にお任せしますわ。部隊長、行軍速度を維持してください。このまま王都へ向かいますわ」


 俺の意図を瞬時に理解してくれたマリーシアさまは、迅速に指示を飛ばす。


「バルド様、万が一にも帝国軍ならすぐさま通信石でご連絡を! お気をつけて!」


 俺はコクリと頷くと、アレシアたちに視線を向ける。


 アレシアもミレーネも魔王軍との決戦には絶対に必要な戦力だ。

 ここで抜けさせるわけにはいかない。


 ―――それに


 俺は横にいる小さな魔導士に視線をうつした。


 キャルは切り札になり得る存在だ。

 彼女の究極魔法は絶対に必要になる。


「キャル、大丈夫か?」

「もう昔のキャルじゃないの。アレシアやミレーネもいるし大丈夫なの。バル、気を付けてなの」


 そうだよな、昔のキャルじゃない。

 みんな成長してるんだ。


 俺はマリーシアさまに一礼すると駆け出した。



 帝国軍か……どの程度の規模かまったく予想がつかないが。



 ―――オッサンがやれることをやるだけだ!





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