第49話 オッサンは、褒美よりもスローライフを送りたい

「ふぅ~~~~~」

「お加減はこのぐらいでいいですか? バルド先生」

「ああ……最高だよ……ミレーネ」


 魔物大量発生スタンピードの翌日。

 俺の背中を絶妙の力加減で優しく揉んでくれる聖女さま。


 なぜオッサンが、こんな超絶美人聖女にマッサージしてもらっているのかって?


 それは、オッサンの壁を最大出力で飛ばしたからである。

【闘気】を最大まで濃縮して一気に放出したので、例の時間差激痛が俺の全身を襲った。


 いまだかつてない激痛に、思わず「アキャ!」って叫んでしまうぐらいだ。

 かなり恥ずかしい思いをした。


 今朝になって痛みは落ち着いたが、全身の筋肉がピキピキに張ってしまった。どうしようかと思っていたら、ミレーネがマッサージしてあげますよと、女神のごとく微笑んでくれたのだ。


 しかしこれ天国だな。


 程よく揺さぶられて……


 なんかおれの尻もブルブルしているような気がする。


 ブルブルブル……


 うおっ! 通信石の着信バイブじゃないか!


『バルド様~~~~~ご機嫌よう~~~♡♡♡』


 フリダニアのマリーシア王女殿下の元気な声が聞こえてくる。

 昨日の悲壮感漂う声とは全然違う。


「マリーシアさま……元気になられたようで良かった」

「フフ、そのようですね」


『もちろんですわ~~バルド様♡。ミレーネの【結界】にフリダニアは救われましたわ。本当に感謝致しますわ~~』


 ミレーネとマリーシアさまが楽しそうに会話をはじめる。

 この2人は本当に仲が良いな。


 俺はしばらくの間、最高のマッサージを受けつつ2人の会話を聞いていた。


 2人の会話がひと段落したら、俺はマリーシアさまとの通信が切れたあとのことを伝える。

 ミレーネが、ナトルはおろかフリダニア全域まで【結界】を発動せんと奮闘したことだ。


 本当に凄い子だ。この子の頑張りが、みんなを魔物から守ったんだから。


 あと、おれも少しばかり助太刀したことを伝えた。


『やっぱり~~あの壁~~バルド様の匂いがしましたもの~~♡ わたくしまた助けられましたわ♡』


 マリーシアさまのテンションが急にあがる。

 なんか語尾にやたら♡ついてるけど。


 というか臭いだと! まさか……


「うむ、あたしも先生の匂いがした!」

「セラもご主人様の匂いを感知シマシタ」


 アレシアとセラまで……


 がっくしと項垂れる俺。やっぱ臭ってるんじゃないの? オッサンの白ティーシャツ……


 くっ……毎日洗濯じゃダメなのか。

 これは午前午後で着替えた方がいいのか。


「あらあら、ではワタクシも匂ってみようかしら」

「ええ~~私も~~バルド様~~」

『ズルいですわ! わたくしも匂いたいですわ!』

「じゃあ、わしも~~」


 俺の背中越しに女子たちが臭い臭いと騒ぎ始めた。ミレーネとリエナも……そしてマリーシアさままで。 それに……んん!?


 なんか知らない人、混ざっていない!?


 じょりじょりと背中が痛い。


 なんだ? 悪乗りした客か?


 俺が振り向くと、見たことのある髭が視界にガッツリ入ってくる。



 ―――って王様じゃないか!



「ふむ、わしじゃ」


 わしじゃ、じゃねぇええよ!

 この人なんで勝手に来ちゃうの? 暇なの? 国の仕事しろよ。


「今回の魔物大量発生スタンピードはすでに収束にしたぞ。各地で大きな損害は確認されておらん。これもミレーネ殿、そなたの【結界】のおかげじゃ。国を代表して礼を言う。そしてアレシア殿にセラ殿、そなたらの奮闘ぶりは娘のリエナや騎士たちから聞いておる。本当に感謝しておる」


 ミレーネとみんなに礼を言う王様。


 ミレーネが、立ち上がり王様にうやうやしく一礼した。

 ああ、本当に良くやったなミレーネ。みんなもよく頑張った。

 俺は、とんでもない弟子や従業員に恵まれているのだと実感する。


「してバルドよ、お主本当に王城の式典には来んのか?」


 王様の言う式典とは、今回の魔物大量発生スタンピード騒ぎの功労者たちを集めた授賞式のことだ。


「ええ、わたしは行きませんよ」


 行くのは功績のあったミレーネ達でじゅんぶんだ。

 何度も言ってることだが、俺はこの宿屋でこじんまりとスローライフを楽しみたいだけなんだ。


 オッサンが行ってどうするんだ。前回みたいにさんざん待たされたあとに、さいごにネタにされるかもしれん。もう騙されんからな。


『まあ、バルド様は相変わらずですわね』


 通信石から、事のやり取りを聞いていたマリーシアさまが、呆れた声を漏らす。

 だって、ネタにされるのはもう嫌だ。この王様は本当にやるからな。


「ふむ、フリダニアのマリーシア王女じゃな」

『はい、マテウス王、ご無沙汰しておりますわ』


 そして王族同士の会話がはじまった。


 いいんだけど、そういう話は王城とかでやって欲しい。

 ここ、ただのオッサンの宿屋なんすけど……


 といったオッサンの願いが聞き入れられるわけもなく、なんかトップ会談が進んでいく。


『フリダニアも損害は被りましたが、最悪の事態は避けられました』

「ふむ、それは良かったですのう。しかしゲナス王子はこの非常事態にどこにおるのかな? 王代理として最もその手腕を発揮せねばならん時じゃが」


『兄は……行方がわかりません……』


 マリーシアさまの話によると、ゲナス王子は南端の砦に逃げたらしいが、砦は跡形もなく崩壊していたらしい。

 そこには、巨大な魔物の死骸があるだけで、ゲナス王子の遺体は見つかっていないとのことだ。


 巨大な魔物……


 恐らくは、今回の魔物大量発生スタンピードの発生元である魔物だろう。


 神話級の強力なドラゴンだったらしい。

 そんなん目の前に出たら、オッサン何もできないぞ……恐ろしい。


「ふむ、そうであるか。では現状マリーシア王女が国を取り仕切っておるのですな?」

『ええ、そうですわ』


 マリーシアさまがフリダニアの王代理なのか。

 俺には気さくに声をかけてくれるが、今も凄まじいプレッシャーがのしかかっているのだろうな……彼女には。


 まったく、カワイイ妹にどれだけ迷惑かけてるんだ、あの王子は。


『さあ、暗い話はこのぐらいにして。バルド様のことをお話しませんこと』

「おお! そうじゃったバルドのことを話しておる最中だったわい。すまんのバルド」


 いや……オッサンの話とかする必要ないでしょ……もっと国の事を話し合ってくれ。


 が、王様はなんとしても俺に褒美を与えたいらしく。

 また、マリーシアさまも同じくで。


『このご恩は一生忘れませんわ~~なにかお礼をすべきなのですが、お恥ずかしいことに今のフリダニアには金品も乏しく……差し出せるものとしたら、わたくしぐらいしか、キャッ♡ 言っちゃった♡』


 みたいな意味不明な会話が始まってしまった。

 こういう感じのやつは返しが難しいんだよな。マリーシアさまのご機嫌は天気のように変わりやすい。


「え~と、ナトルの王様にも言いましたけど。わたしに褒美は不要です。ミレーネ達を労ってあげてください」


 こんな感じでいいか?


『―――なぜですのっ! そこは普通にもらうところですわ! わたくしのこといりませんの!!』


 返答を間違えたようだ。

 語尾の♡は一切無くなった……


「しょうがないのう~~ほれ」


 王様がやれやれとため息をつきながら、何かを差し出してきた。


 ―――鍵? 

 ―――なにこれ?


「我が王城の宝物庫の鍵じゃ」



 はい??



「バルドよ、宝物庫に入って良いぞ。好きなの持っていくがいい」


 なに言ってんの?  


 どういうこと!?





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