第45話 オッサン、ワガママを言う

 ブルブルブル―――通信石が揺れている。


 俺は恐る恐る通話ボタンを押した。なんだろう?


『ば、バルド様! ミレーネはそちらにいますかしら!』


 あれ? いつもの感じじゃない。

 通信石ごしのマリーシアさまの声は、緊迫した様子ですこし震えているようだ。


「ええ、ミレーネなら一緒にいますよ。今は【結界】を展開している最中です」


『そうですのね! 良かった。ナトルはこれで安心ですわね……ですがフリダニアは』


 マリーシアさまが言葉を詰まらせる。

 ふむ、これは何かあったのだろう。


『お兄様が逃げましたの!』



 ―――ええ! どういうこと!?



 ゲナス王子が逃げた?


「ちょ、マリーシアさま。落ち着いて」


『これは失礼しましたわ。わたくし取り乱してしまいました……』


 フリダニア王国第一王女マリーシアさまは、事の顛末を語りだした。


『フリダニアにも今回の魔物大量発生スタンピードにより、魔物が押し寄せていますの』


 魔物が発生する大森林はフリダニアの国境にも一部隣接している。魔物は国に関係なく蹂躙していくからな。


「でもフリダニアには、王国軍がいるじゃないですか?」


 フリダニアは大国だ。ナトルよりも多くの兵を動員することができる。

 魔物大量発生スタンピードとはいえ、そう簡単には国への侵入を許さないだろう。


『お兄様の主力軍は、さきのノースマネアとの戦争で大損害を受けました。現状再編成中で機能しておりませんの』


 ああ、たしか山岳地帯で敗北したとかいってたな。てか機能しないぐらいの大敗だったのか。


「いや……待てよ。たしか新しい聖女がいるはずですよね?」


『あの女も逃げましたの!』



 ―――ええ! どういうこと!?



『あの女~~随分と偉そうなことを言ってましたのに~~【結界】を展開して5分で「王国全土なんて聞いてない~もうあたい無理~~」とかふざけたこと言って、へばりましたのよ!』


 通信石ごしにマリーシアさまの怒りがふつふつと感じられる。


『そして王子も聖女も姿を消しましたの……』


 ああ……なるほど。国を守る兵もいない。国を守る【結界】もない。だから逃げたと……



 ―――なるほどじゃねぇええ!



 とんでもない王代理じゃないか。あの王子なにやってんだ!?


 衝撃の事実に憤りを感じていると……慌ただしい声が通信石から漏れてきた。


『(姫さま、上空にワイバーン3体! 魔法攻撃開始します!)』


 通信石の音声が乱れている。


『バルドさま……少し立て込んでまして……音声が……』


 魔物大量発生スタンピードは地上を移動する魔物だけではない。空を飛ぶやつもいっぱい出てくる。

 当然ながら空を飛ぶ魔物は、地上を移動する魔物よりも速い。

 これはすでにフリダニア王都上空に魔物の先頭が到達しているということだ。


『ふぅ……お待たせしましたわ』


 ……声がいつもより疲れている。


 間違いなく無理をしているのだろう。


「マリ―シアさま、大丈夫ですか? 今は通信よりも安全な場所に避難した方が……」


『民を見捨てて逃げることなどできませんっ!!』


 通信石ごしとは思えない大声が響いた。


 マリーシアさま……そうだよな。この人はこういう人だ。絶対に逃げないだろう。オッサンの言葉が浅はかだったよ。あの王子とはえらい違いだ。


『今はわたくしの親衛騎士団が各地でなんとか踏ん張ってくれていますわ。それにアレシアの元守備兵も奮闘してくれていますの。ですが……』


 ああ、アレシアの元部下たちか。頑張ってくれているんだなあいつら。


『このままでは持ちません! だから……恥を忍んでお願いします! 力を貸してください!』


 マリーシアさまの親衛騎士団にせよ、アレシアの元守備兵たちにせよ、そう数は多くない。

 いつかは、防衛ラインは破られるだろう。それに空の魔物たちまでは防ぎきれていないようだしな。


 つまり……


 フリダニアを守るには―――【結界】が必要だということだ。


 だが、すでにミレーネはかなりの無理をしている。

 ナトル全域に加えてフリダニア全域をカバーさせるのは……


『こんな事を言うのは、厚かましいにもほどがある事は百も承知です! それでもわたくしは―――

 無事に王国を守って頂けたら、わたくしの首でもなんでも差し上げます! だ、だから……』


 通信石の向こうでマリーシアさまが口ごもり、鼻をすする音がする。



 泣いている……



『(姫さま再びワイバーン5体! 近い! 危ない!) わたくしに構わず攻撃しなさ……』


 そこでプツリと通信が切れた。



 ゲナス王子……


 音声が途絶えた通信石を握る手に、グッと力が入る。



 俺を追放する程度ならまだいいだろう。


 多少のワガママぐらいは目をつぶってやる。


 だがな……



 ――――――かわいい妹を泣かしてんじゃねぇえええ!!



 俺はミレーネに視線を向けた。



 会話を聞いていたであろう彼女はすでに【結界】拡張の準備に入っている。



 あきらかに無理をさせてしまっているな……


 先日、王様に彼女の好きにさせてやれ! と偉そうに言ったのに……



 これは俺のワガママだ。



「―――ミレーネ!! すまないが【結界】をフリダニアまで伸ばすぞ! 俺も微力ながら助太刀する!!」



「フフ……もちろんです。微力とか言ってるあたりがバルド先生ですね」


 ミレーネが何かを呟いて頷いた。



「さて……弟子がここまで頑張ってくれるんだ。

 ―――――――――オッサンも全力でやらしてもらうぞ!!」





――――――――――――――――――


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