第42話 聖女ミレーネ視点 ミレーネを救う者

 グゴォオオオオオオ!

 グゴォオオオオオオ!

 グゴォオオオオオオ!


 ドラゴンタートルの3つ首が同時に唸り声をあげる。

 教会全体を覆いつくすぐらいの巨大なドラゴン。本体はカメのような甲羅に覆われており、その太い四肢が地を踏むたびに、王都全体が揺れるかのような地響きがうねりを上げる。


 おそらく大森林から地中を移動してきたのね。

 ワタクシの【結界】は地中まではカバーできない。もちろん並の魔物であれば聖属性の効果で多少は防げるかもしれませんが……このドラゴンは並じゃないです……クッ……


 ランクで言えば間違いなくSS級……


「ど、ドラゴンだぁあああ!」

「ひ、ひるむなぁあ! 総員抜刀! 魔法詠唱開始ぃいい!」


 護衛騎士たちがドラゴンタートルに立ち向かっていく。


 騎士たちの放つ矢が、魔法が、投げやりが、巨大な魔物に直撃するものの、ドラゴンタートルは何もなかったかのように周辺を蹂躙し始めた。



「はあ…はあ…わ、ワタクシも行かなければ……それに魔法陣を破壊されたら【結界】も消失してしまう……」



 護衛騎士のみなさんに補助魔法を……

 ドラゴンに聖属性の攻撃魔法を……

 負傷者に回復魔法を……


 動かなければという思いとは裏腹に、身体が委縮して呼吸が荒くなっていく。

 手の汗で、聖杖がズルりと手からすべり落ちそうになる。


 魔法の詠唱すらできない。



 ――――――魔物が怖い。



 見ただけで体が動かなくなる。

 頭が真っ白になって、ただただ震えてしまう。


 両親はワタクシの目の前で魔物に食い殺された。

 幼い女の子にとって、一生のトラウマとなるにはじゅうぶんすぎる出来事だ。


 だから【結界】が使えるようになるために頑張った。

【結界】が使えれば、魔物に会わなくていい。そう―――本当に単純な理由だ。


 その理由は、他者に同じ悲劇を起こしてほしくないという想いに変わる。

 聖女を目指した理由のひとつだ。


 でも……


 どんな負にも立ち向かうのが聖女なのに。


 立ち向かえないものがワタクシにはある……




「「「わぁあああん!」」」



 ―――あれはさっきの子供たち!


 何をしているのですか! 早く逃げなさい!


 叫んだつもりだが、これも言葉にすらならない。


 3人の子供は互いを抱き合うようにその場で立ちすくんでいた。

 そりゃそうですよね、あんなに巨大な魔物ですよ。見ただけで動けなくなります、普通は。


 ましてや子供……


 ………ふぅう。


 なにをやっているんですか……ワタクシは。



 ―――これではバルド先生に笑われてしまいますね。



 ギュッと手に力を入れて、小さく息を吐くいて、震える身体を少しでも落ち着かせる。

 体内に可能な限り【闘気】を巡らせて。グッと地面を蹴った―――



 ワタクシは子供たちのところへ駆けつけると、その両手を広げて魔物の前に立ちふさがった。

 そんなことはお構いなしに、頭上からその巨大な前足を振り下ろしてくるドラゴンタートル。



「聖なる壁よ、厄災から我らを守りたまえ! 聖結界ホーリーシールド!」


 バチンッ! と迫りくる魔物の爪が【結界】の壁に弾かれる。


「「「わぁあああん! せいじょさま~~!!」」」


 ―――ふぅ……なんとか間に合いました。


 3人とも元気に泣いています。

 これなら大丈夫でしょう。


 小さいながらも、子供3人とワタクシを覆う即席の【結界】を展開することができた。

 大結界に多くの魔力と【闘気】を使用しているとはいえ、このぐらいの【結界】は問題なくはれます。

 そう簡単には破られません。


 普段のワタクシならば……


 グゴォオオオオオオ!


【結界】に阻まれて苛立ったのか、3つの首が高く持ち上がり耳を潰すような咆哮をあげる。


 クッ……無意識のうちに一歩後ろへさがる足。

 だが、ここで退くわけにはいかない。

 ワタクシは気圧されぬよう、無理やり一歩前へと踏み出す。


「クッ―――フゥウウウッ!」


 一瞬ひるみかけたところへ、再び魔力と【闘気】を注入して【結界】を維持する。



「―――この【結界】は破らせませんよ!」



 ドラゴンタートルがこちらを向いて「グォオオ」とひと吠えすると。3つの首の1つが、大きく口を開いてこちらに襲い掛かってきた。


 ガキンッ! と鈍い衝突音が響き、【結界】に魔物の口がガブリと突き刺さる。



 ああぁぁぁああああああ!



 絶望と恐怖の声が漏れ出してくる。


 魔物の口……

 両親を食い破っていったその口……

 ワタクシが最も恐れるもの……


 身体の震えはピークに達したかのようにガクガク揺れている。

 その瞳からは涙がとめどと無くあふれて出て、ワタクシの法衣を濡らした。


 ドラゴンタートルの凶悪な牙が、結界の壁を徐々に崩していく。


 やはりダメですか……


 聖女になって、多くの恐れと向き合ってきましたが。

 上手くはいきませんね。


 ギュッ―――


 ワタクシの袖を何かが掴んできました。


 ああ……小さな天使たちですか。不安いっぱいのお顔ですね。


 ワタクシがよっぽど怯えた顔をしているのでしょう。でなきゃ、こんな顔になりませんよ。


 小さな天使の手から、コロンと何かが落ちた。



 ―――アンパン



 フフ、バルド先生……そうですよね。


 アンパンを小さな手に戻すと、涙をぬぐって両頬をバチンと叩いた。


「しっかりしなさいミレーネ! あなたはバルド先生になにを教わったのですか!」


 すぅうううう―――


 思いっきり深呼吸して、【闘気】を少しでも多く身体中に巡らせていく。同時に魔力を高めて―――



「―――かかってきなさい! ドラゴンタートル! この子達は絶対に守ります!」



【闘気】と聖属性魔力が混ざり合って、新たな光が壊れそうな壁を二重三重に覆っていく。


 ギャガッ! グゥオオオオオ!


 ドラゴンタートルの牙はワタクシの【結界】に押されてどんどん後退をはじめる。


 まずはこの窮地を脱します! いきますよっ!


「聖なる壁よ、その厚みに祝福を! 増聖結界プラスホーリーシールド!」


 さらに【結界】に厚みが加わり、ドラゴンタートルの牙は完全に結界の壁に弾かれる。

 これでいったん離れてくれれば―――


 グゥウ! グゥオオオオオ!


 ―――!? これは! 魔力が口に集中している!



 ―――まさか!? ブレスを吐く気!?



 こんな至近距離で何を考えているのですか!?


 マズいです! ドラゴンのブレスに耐えうる魔力がワタクシには……

 今も広がりつつある【大結界】に魔力の大半を使ってしまっている。



 ―――やっぱり……ここまでなのでしょうか



 せめてこの子達だけでも!

 とっさに3人に覆いかぶさるように抱きしめる。



 背中ごしにブレスの閃光が周辺を埋め尽くすかと思われたその時―――



 ド――――――ンっ!



 轟音とともに飛んできたのはブレスではなく、ドラゴンタートルの首。

 根元から綺麗に切断されてドスンと地に落ちる。


 顔を上げると……



 ああ……来てくれたんですね。バルド先生。




―――――――――――――――――――――


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