第36話 オッサン、思いもよらぬ来訪者に不意打ちをくらう

 ハチの魔物騒動から数日が経った。


「せいっ!」

「せいっ!」


「やあっ!」

「やあっ!」


 俺はアレシアと日課の朝錬にいそしんでいる。

 魔物大量発生スタンピードの件は気になるが、だからといって宿屋を休業するわけでもない。

 そう、日常の何かが変わるわけではないのだ。


「アレシア! もういいでしょ! 次はワタクシの番ですっ!」


 ―――いや、変化はありました。


 ミレーネである。


 彼女が宿屋で働くようになって、朝練が少しメンドクサイことになった。


「なっ! ミレーネ、勝手にあたしの先生を連れて行くな! まだ終わってないんだぞ!」

「何言ってるのアレシア! あなたの持ち時間は終了なの! ワタクシのバルド先生を返しなさい!」


 もう、毎日こんな感じだ。


 グイグイ無理やり俺の手を引っ張るパープル縦ロールの清楚な聖女様。

 負けじと反対の手を引っ張る可憐な銀髪の剣聖様。


 オッサンちぎれちゃうよ。

 2人とも三神とまで言われるほど実力をつけたのだから、オッサンの朝練に付き合う必要はないんだけどな。


 こんなネタみたいなことやっているが、ちょっと昔を思い出した。


 アレシアは人見知りだ。対してミレーネは初対面からけっこうグイグイいけるタイプで、2人が顔を合わせた当初は基本的にミレーネが一方的に話しかけていた。

 そんなミレーネになかなか心を開かないアレシアだったが、ミレーネは俺とアレシアの朝練でちょっかいを出すようになった。


 アレシアの気をひくためだろう。当然ながらアレシアは怒るのだが、なんとなくミレーネの意図を感じ取ったのか、対抗して俺を引っ張り始めた。はじめはただ俺を引っ張り合うだけ。だけどいつの間にか2人は会話を交わすようになっていた。


 う~ん、懐かしい。


 ―――さて、聖女様の朝練にもお付き合いするか。


 俺はミーレネとある程度の距離をおき、両手を広げて大きく空気を吸い始めた。

 ミレーネも同じくその細腕を広げて空気をいっぱい取り込む。



「せぇ―――――――――い!」

「え―――――――――いっ!」



【闘気】は体中に循環させるが、実際には飛ばさない。やると先日のように一時的に脱力状態になってしまう。

 ようはイメージ訓練みたいなものだ。

 これをひたすら反復する。


 ミレーネは俺のように【闘気】を飛ばすというよりは、自身の結界の基礎にするようなイメージだ。

 彼女が聖女になりたいと言った時に、なにかの足しになるかと思って【闘気】を教え始めたのが始まりで、俺から離れて教会に行った際もずっと【闘気】の鍛錬は怠らなかったようだ。


 彼女は自身の努力により、【闘気】と聖属性の結界魔法をブレンドさせることに成功した。

 俺の元を離れてその才能を開花させたことを誇りに思うよ、オッサン。


「うわぁあ……バルドさまと聖女が大声出してる……」


 後ろを見ると、リエナが俺たちの朝練風景に目を白黒させていた。

 まあ、あまり見ない訓練かもしれん。


「やあ、リエナおはよう」

「あ、おはようございます! 凄い大声ですね……地下通路が揺れてましたよ……ってもういちいち驚きませんけど。あ、バルドさま。セラが朝食の準備ができたと」


 今日は王城と宿屋を繋ぐ秘密の地下通路から出勤してきたようだ。


 リエナは王様に魔物発生の件を報告し、その後の対応とこちらの仕事で王城と宿屋を行ったり来たりしていた。

 あまりオーバーワークになってもダメなので、宿屋のシフトを減らそうかと声をかけたら……「そんなのダメです! バルドさまに会える回数が減るじゃないですかっ! 何考えているんですか!」


 と、きつめに怒られた。


 なぜ? オッサンはブラック宿屋にしたくないだけなのに。


 まあ、とにかく朝練終わらして、朝食にするか。




 ◇◇◇




 朝食を終えた俺たちは各自の仕事に就いた。


「バルドさま、魔物発生の件はお父様に報告済です。お父様は魔物大量発生スタンピードの予兆ありと判断して、すぐにも防衛ラインをひく予定です」


 俺は溜まった書類整理をしつつ、背中越しにリエナの会話に耳を傾ける。


 大森林に隣接する王都およびいくつかの街を守備隊で固めるらしい。賢明な判断だろう。ことが起こってからでは遅いからな。


「王都守備隊の指揮官選びやら、軍の編成やらで大わらわですよ~」

「なるほど、リエナも負担が大きければちゃんと俺に言うんだぞ。にしても指揮官か……さぞかし有能な騎士さまが務めるんだろうな」



「―――なにを言うておる。指揮官はお主じゃぞ」



 あ、リエナのやつ。王様のものまねか。うまいもんだな~~さすが親子。

 ―――よし、ここはのってやろうじゃないか。


 俺は背中越しに王様ものまねをするリエナに返答する。


「はは~ありがたき幸せ~このバルド謹んで指揮官の任に就きます~」


 現実的にオッサンが守備隊の指揮官などなるはずがない。しかも王都の守備隊だよ。

 まあこれはノリなので、リエナにのってみただけだ。


「良くぞ申した! さすがわしの見込んだ男よ!」


 んん? ちょっと待て……


「わしの大事なリエナを任せるだけのことはあるわい! 特別役殿!」


 なんか似すぎてないか……


 俺はそろりと後ろを振り向いてみた。


 あれ~~リエナって髭はやしていたかな。

 あれ~~リエナってこんな髪白かったけ。

 あれ~~なんか王冠かぶってるんですけど。



 ――――――って本物じゃねぇええか!



 どっから来たんだ!


 王様はニヤニヤしながら、床の隠し階段をちょいちょいと指さす。



 ――――――なに娘とおんなじノリで隠し通路つかってんだよぉおお!!



「フォフォフォ~ではバルドよ、お主に任せたぞ」


 任せたぞじゃないよぉおお! あ……やりますって言っちゃったか……俺。


 どうしてこうなった?





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