第30話 オッサン、面接をする

「バルドのおやっさん、じゃあな!」「また来ますね~~!」

「ええ、またのご来店お待ちしてますよ。気を付けて、ヤバくなったら命が最優先ですよ」


 俺はチェックアウトする馴染みの客に手を振る。

 今日も絶好調だな。客の出入りが凄い。


「バルドさま、さきほどの冒険者夫婦、すっかりうちのリピーターになりましたね」


 リエナが受付帳簿をパタンと閉めてニッコリ微笑んだ。


「ああ、そうだな。嬉しい限りだよ」


 ようやくこの宿屋にもなじみの客ができはじめた。旅人が何気なくフラッと戻ってくる場所、俺はそんな宿にしたい。

 目指す宿屋に少し近づいてきたってことだ。


「なんだか先ほどのご夫婦、前より重装備になっているような気がします」

「そうだな、ナトル大森林付近の魔物討伐に行くそうだ。ナトルのギルドクエストだな」


 ギルドとは各国にある冒険者組織だ。冒険者はここで依頼を受注して、その成果により報酬をもらう。

 先ほどの夫婦も冒険者だ。ギルドを渡り歩いて、日銭を稼ぐ。色んな国に行って稼ぐのだ。


「そういえばお父様も言ってました。最近は大森林付近で、魔物が頻繁に出現しているらしいと」

「けっこう手強いクラスの魔物も出始めているようだ。だから重装備なのだろう」


 冒険者ってのも過酷な職業だ。子供の頃は憧れの職業によくあがるが、現実はそう甘くはない。そもそも身の丈に合った依頼がそうそうあるわけもなく。危険なクエストは報酬もいいが、常に死と隣り合わせだ。


「しかし魔物活発化の件は気になります。この王都も大森林の近くですし」


 リエナの表情が僅かに険しくなる。

 さらに彼女は言葉を紡いだ。


「フリダニア王国のように優れた聖女様がいればいいのですが。残念ながらナトルにはそのような方はいません」


 たしかに聖女であれば【結界】をはることが出来る。

 使い手によりけりだが、聖女の【結界】は強力かつ神聖な力を秘めているので、並の魔物では近寄ることもできない。


 聖女か……


 ふと俺の頭に愛弟子の顔が浮かんだ。

 彼女は元気にやっているのだろうか。もう随分と会ってない。


「ああ! バルドさま! もうこんな時間ですよ!」

「え? なに? 急にどうしたリエナ?」


「どうしたじゃないですよ! 今日は午後から面接ですよっ!」


 そうだった……


 オッサン受付でのんびりとだべってる場合ではなかったよ!?


 セラの不調の件やみんなも大変そうな状況もあり、宿屋「親父亭」で従業員の募集をかけたのだ。


 今日がその面接日である。

 ということをすっかり忘れていたオッサン……


「リエナ! 1階の事務室で面接しよう! アレシアも呼ばないと……」



 ―――バタンっ! 


 いきなりロビーのドアが勢いよく開いて、アレシアが飛び込んできた。


「せ、先生! 外になんか不審な奴らが!」


 え? こんな時に! もしかしてリエナを狙った不届き者か? なんといっても王女だからな。


「先生! やつら手に紙切れを持っています! 何かの魔術を使うつもりだ!」


 んん? 紙切れ? おいそれは……


「なんかやつらソワソワしてます! 怪しいです! 斬りますか? いや斬りましょう!―――先手必勝ぉおおおお!」

 


 ――――――待てぇえええ! 

 

 それ面接受けに来た人だからぁああ! 履歴書持ってるだけだからぁあああ!



 俺は聖剣を抜いたアレシアを全力で止めた。

 そんな鬼の形相で聖剣振り回したら、面接前にみんな逃げちゃうよ。




 ◇◇◇




 というわけで―――


「これから面接をはじめる! リエナ、悪いけど1人目の応募者を呼んできてくれるかな」


 嫌な顔一つせずに、金色の綺麗な髪をなびかせながらにこやかに1人目を呼びに行く美少女リエナさん。

 もう~本当にいい子だなぁ~天使だよ。


 さて―――今回の募集だが……

 なんと10人も応募があったのだ! スゲー、0人かもとかビクビクしてたけど良かったぁ。


 ただし流石に10人も雇うお金は無いので、面接をして選ばなければならない。いや全員いい人だったらどうしよ。ウキウキ~


 そこへノックの音が。よ~し、1人目だな。


「失礼致します」


 あ、めっちゃ礼儀正しそう。そしてビビるぐらいの美人さん。

 いや、ここただのオッサンの宿屋だけど、面接会場間違えてないよね。


 おお! 促されるまで席に座らないっ!

 これはなかなかできないぞ。オッサンならすぐ座っちゃう!


「……ど、どうぞ」


 俺は着席を促したが、声が若干プルプルしてる。

 いかん、オッサンの方が緊張してる!


 履歴書に目を通すと、これまた素晴らしいの一言だった。

 ナトルの有名ホテル客室係、名物旅館の女将補佐、大貴族のメイド長などなど。

 なにこれ、ぶちゃけオッサンより全然凄いじゃないの。


 これは逸材だぞ! リエナも大満足だろう、そう思いチラリと隣に視線をうつすと……!?



 ―――めちゃくちゃ不機嫌そうな顔してらっしゃるけど!!



 どうしたの! さっきまで天使のような笑顔だったのに。


(なにこれ、美人すぎるわ……わたしに足りない大人の色気ムンムンじゃない……バルドさまに限って浮気はしないと思うけど。でも念には念を入れて不穏分子は徹底的に潰しておかないと。潰す潰す潰すツブスツブスツブス……ブツブツブツ)


 なんかブツブツ呪文みたいなこと言ってる!? しかも顔が怖いっ!

 と、とにかく面接を進めよう。


「うむ、すばらしいご経歴ですね。では、うちに応募した志望動機をお聞かせください」


 これは是非とも聞きたいところだ。正直なところここまで出来るなら、我が宿屋よりも待遇が良いところは無数にあるはず。


 なぜうちを選んだのだろうか?


「はい! バルド様のお近くで是非とも働きたくて!」

「ええ? 俺の? えと、それはどういう……」

「だって、ナトルを救った英雄さまですよ! それに中央広場で暴走馬車を止めた謎のイケオジもバルド様のことですよねっ! そんな方のお傍に仕えるのがわたしの夢だったんです!」


 まてまて、色々意味不明な単語が出てきたぞ。

 仕えるって……これ従業員の面接だからね? 俺とあなたとの間にはちゃんと雇用契約があって、オッサンは好き勝手できるわけではないからね。あと、謎のイケオジってなんだ?


「わたしじゃダメですかぁ? お願いします~バルド様ぁ~♡」


 どうしたんだこの子!? 

 急にキャラが変わったような……あ、後ろから強烈な殺気が。


「貴様ぁあああ! 先生に近寄りたいだけだろうがぁああ!!」


 やっぱり、アレシアさんでした。


「貴様ぁあああ! そんな肌の露出した服で何を企んでいる!!」


 いや、オッサンを前にして何も企まないでしょ。

 というか、今のアレシアのメイド服の方が色々ヤバいぞ。とくにスカート短すぎ。って―――


 聖剣抜いちゃったぁあああ!

 ちょ、だからすぐに聖剣抜くんじゃない! どこに聖剣抜く面接があるんだ!!


「だ、大丈夫ですよ! 斬るわけないですからね……!? ちょっとしたパフォーマンスというか……あれ?」



 ―――消えたぁああ! 逃げちゃってるぅううう! 



(フッ……アレシア、ナイスですね)


 リエナもリエナで、何をブツブツ言いながらアレシアにサムズアップしているの!?



 こうして、残りの応募者たちも、ことごとく意味不明な面接にビビって逃げて行ってしまった……

 なぜか全員がビビるぐらいの美貌の持ち主だったけど。


 どうしたんだ? 2人とも? なんかおかしいぞ!

 セラは精神的にまいってそうだし。そのうえリエナとアレシアまで……


 まさか!


 これは俺が過重労働させすぎたのでは!?


 ヤバイヤバイヤバイ! 


 これは絶対に従業員を確保して、彼女たちの負担を軽減しないと!

 みんな辞めちゃう。


 え? 最後の1人!? 


 マジかよ……今まで良い人だらけだったような。全員逃げちゃったけど。


 そして最後の1人が入ってきた。なんか白い清楚なフードを被っている。


「ああ……バルド先生……」


 んん? 聞き覚えのある声だぞ。


 声の主が純白のフードを脱いだ。その正体は……



 ―――聖女ミレーネ・フォンレリア


 フリダニア王国史上最高の大聖女。俺のかつての愛弟子。



「やっとお会いすることができました。バルド先生」

「み、ミレーネか!? どうしたんだ、こんなところに来て!」


「フフ、バルド先生ったら。何しに来たですって?

 ―――面接に決まってますでしょ」



 はい? どういうこと?

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