第28話 オッサンの噂

 あ、流れるように即答してしまった……でも最近は、元からあった洗濯窯1台では追いつかなくなっているのだ。


 それに、オッサンの白ティーシャツとリエナたちのパンツを混ぜて洗っているのもどうかと思うし。彼女たちは何も言わないが、たぶん嫌だろう。


 だからこそもう一台欲しいなぁって。



 ―――なんか静かになってしまった。



 王様は首を傾げているし、まわりはみな口をあんぐりと開けて固まっているような。



 ―――しまったぁ、さすがに洗濯窯はハードル高すぎたかぁ。確かになぁ。新品はかなりお高いからなぁ。新品白ティ5枚とかにした方が良かったか……



「んん? 洗濯窯ってなんじゃ? リエナ知っておるか?」

「お父様、衣服などを洗濯する魔道具の事ですよ。ふふっ、バルドさまらしいですね」


「なるほど、そんなもので良いのか? なら10個ぐらいやるわい」



 ええ―――!? じ、じ、じゅ、10個ぉおおおお! 



 マジで!?


 新品10台だぞ……本当にわかっているのか、この人?


「しかしのう~~この程度ではわしの誠意が伝わったとは到底思えんのう。ほれ、バルドよ。もうちょっと凄いモノ言ってみよ」


 マジで!? 


 これ以上欲しがる奴がこの世にいるのか?

 洗濯窯10台以上に凄いものとかあるのか?


 ―――いや、あったな。


 最大にして最高のものが……


 ゴクリ――――――


 この流れならワンチャンいけるかも……言ってしまうのか、オッサン。


「で、でしたら! 王都の福福アンパン店の年間割引パスポートください!」


 言ってしまった……そして、王様が若干呆れ顔にて黙ってしまった。

 これはドン引きしているんだろう。周囲も驚きで目を白黒させている。



 グッ……年間割引パスは流石に言いすぎたかぁ。ここは超有名店らしいしなぁ、これは踏み込みすぎた……人間欲をかきすぎると碌なことが起きない。まあ洗濯窯10台だけもじゅうぶんすぎる恩賞だ。ここは潔く引き下がろう。


「こ、国王陛下。洗濯窯10台でじゅうぶんでござい……」


「―――よかろう!」


 はい? なにが?


「じゃがな―――ただの年間割引パスごときでは王の名がすたる!」


 ええ? なに言ってんの?


「ナトル王国すべてのアンパン店!」


 なに……すべて? だと……


「永久割引パスをくれてやる!」



 え・い・きゅ・うぅううううううう!? 



 マジかぁあああ!!



「割り引かれた金額はすべて王国がアンパン店に支払ってやるから、お主は遠慮せず国中のアンパンを存分に楽しむが良い! どうじゃ!」


「あ、ありがたき幸せ~~~」


 俺は今までの人生で一番深く頭を下げた。おそらくオッサン史上最高の謝意だろう。

 いや~~楽しみだな。


「ふむ、ではこれにて褒賞の儀は終了とする! 中央広間にて宴の用意をしておる。みな存分に楽しんでいくが良い」


 謁見の間からゾロゾロと人影が減っていくなか、王様がスッとおれの傍で呟いた。


「バルドよ、お主はちょっと残れ」


 ヤバイなんだろう……リエナのパンツ干したことバレたか……王女のパンツをオッサンが手にしてる時点で処刑ものだよ。

 どうしよう、先手を打って速攻で謝るか?



 などと焦っているうちに、謁見の間は王様と俺だけになってしまった。


「バルドよ、前々から聞きたかったんじゃが……」


「こ、国王陛下! パンツの件でしたらこの通り謝罪いたします! このバルド、誓って王女殿下に邪な心などございません! あくまで従業員の衣服管理として洗濯していただけで……」

「パンツ? 何の話じゃ? そんなことよりもお主。5年前の【血の会戦】に参加しておったかの?」


 あれぇ? パンツじゃなかった……やべぇ、いらんこと口走ったよオッサン。


「えと、フリダニア王国の一兵卒として参加しておりましたが」


【血の会戦】とは5年前の大陸最大勢力である帝国と、俺を追放したフリダニア王国および周辺同盟国が衝突した最大の会戦だ。もちろん同盟国としてナトルも参加していたはず。

 この決戦では俺の弟子3人が大活躍したこともあり、帝国は大敗した。それ以来帝国はフリダニアに侵攻しなくなった。


「ふむ、してバルドよ。お主はどの部隊に所属しておったのだ?」

「ええ~と、どこだったかな。とくしゅなんちゃら部隊とか長い名前だったような。申し訳ございません。昔の事でして……とにかくただの一兵卒として、魔物部隊と戦いました」


「なんじゃと! 特殊部隊じゃと!?」


 いきなり王様が玉座から立ち上げり、俺の方に降りてきた。鼻息が荒い。

 え? なになに? そこ掘り下げてもなにも出ないよ。オッサンもう忘れつつあるから。



「ふふ、お主が戦った魔物とはドラゴンであろう?」

「ドラゴン? まさかご冗談を。私にドラゴンを仕留めるだけの力などありませんよ」


 何を言ってるんだこの人? ドラゴンなんて一般兵の俺が倒せるわけないでしょ。あの時はたしかトカゲの魔物を使役している部隊と戦ったんだっけな。まああんな戦闘程度で、戦局にどうこう影響するわけもないけど。


「ふむ、あくまで隠す事情があるか……本人に自覚がないか……」


 なんだか良くわからんが、王様がブツブツ言って勝手にウムウムと頷いている。

 まあ、【血の会戦】は帝国とフリダニア王国や同盟国を巻き込んだ大会戦だった。いろんなところで情報が錯乱しているからな。


 王様はそれ以上は何も聞かずに、俺を下がらせた。


 はぁ~良かった~王女パンツ事件で打ち首にならずに済んだよ。

 とりあえず早く宿屋に戻ろう。セラにワンオペさせすぎるのはダメだ。




 ◇ナトル王視点◇


「やはりか……あやつは」


 わしは一人となった謁見の間でポツリと呟いた。


 5年前の【血の会戦】はわしもナトル軍として、そしてフリダニア陣営として参戦していた。開戦前の帝国有利の下馬評を覆したのは、まぎれもなく剣聖、聖女、大魔導士の3人じゃ。フリダニアで三神と呼ばれている存在。そしてバルドの弟子たちのこと。


 彼女たちの活躍により、【血の会戦】はフリダニア陣営の大勝利となったのは間違いない。


 が、わしはある噂を知っている。


 三神の他に、人知れず活躍したオッサンが存在すると―――


 そのオッサンは帝国最強のドラゴン兵団を1人で壊滅に追い込んだと。


「せいっ!」と言いながら、帝国の最強精鋭部隊を恐怖のどん底に叩き落した無名のオッサン。

 そう、悪魔の「せいっ!」オッサンである。


【血の会戦】は多くの周辺勢力を巻き込んだ歴史的大戦だった。ゆえに戦場が多数の領域に展開し、情報が錯綜して正確に全体像を把握できている者はおらん。


 わしはずっと疑問じゃった。

 帝国の最強精鋭部隊はなぜ三神と交戦した記録もなく、消えたのか?

 少なくとも、最強精鋭部隊が健在で的確に動けば戦局はひっくり返ったかもしれない。


 答えは―――先ほど出て行ったオッサンだ。


 さすがにこの噂はにわかに信じられんかったが、今回のバルドの実績を見ても明らかじゃ……


 そう、オッサンが全滅させたのだ。



「せいっ!」で―――ドラゴン兵団を。



 ―――三神よりもとんでもない奴ではないか。



 あのオッサンの逆鱗にだけは触れてはならんな……


 しかしバルドの奴、爵位や称号には興味を示さんし。

 おそらく5年前の【血の会戦】の恩賞もまともに受けておらんのじゃろうな。今日のあやつを見てよう分かったわい。


 引き続き娘のリエナをつけて様子を見るとするかのう。



 しかし愛しのリエナは、最近バルドの事ばかり話して一切わしの相手をしてくれんのは癪にさわるがのぅ。

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