第11話 オッサン、なぜか王女や剣聖から期待される

 俺が朝の鍛錬から帰ってくると、リエナが洗濯窯をのぞき込んでいた。


「わぁ~~洗濯が30秒で終わちゃった……本当にバルド様の【闘気】はとんでもないですね~そもそも洗濯窯の魔導石代わりに【闘気】を代用していること自体が凄いのに、そのうえこんなに早いなんて」


「ハハ、リエナは大げさだな。俺ごときの【闘気】の使い手は山ほどいるぞ」


「ええ~でも侍女に聞いたんですよ。普通、洗濯は高価な魔導石を使っても1時間はかかるって言ってましたよ~」


「ふむ……それはな、リエナ。おそらく王城の洗濯窯と一般市民の窯は全く作りが違うのだ。こと王族貴族ともなれば高価な服も多いだろう。こんなオッサンの白ティーシャツを洗うのとはわけが違うんだよ」


 これは本当の話である。かつての常連客に洗濯窯を作っている人がいた。彼はよく洗濯窯の違いを話していたからな。宿屋の親父をやっていると色んな人の話が聞けるのだ。


 最近は少しずつ客も増えてきたので、シーツやタオル、従業員服など洗うものが増えてきた。うちの洗濯窯も大いに頑張ってくれている。

 ただし、洗濯窯は文字通り洗うまでしかできない。乾燥窯があれば瞬時に乾かせるのだが、この宿屋には付いていいない。買うととんでもなく高いので資金に余裕が出てからだ。つまり洗濯後は干さないといけない。


「よし! リエナ、俺も洗濯物を干すの手伝うぞ」

「バルドさま~助かります! じゃあシーツはわたしがやるので、バルドさまは従業員用の衣類を干してくださいね」


「よしきた! 任せてくれ!」


 ふふ~こう見えてオッサン洗濯物干しは得意なのだ。まえの宿屋でもひたすら干していたからな。


 まずは……おお、俺の白ティーシャツか。ありがたい、毎回すぐに洗ってくれるから毎日綺麗な白ティーを着る事ができる。

 はじめは王女に洗濯させるってどうなんとか思っていたが、リエナはなんでも自分からやってしまう。まあ、花嫁修行とか良くわからんこと言ってたが。彼女にとって一般市民の生活を経験するのは新鮮なのかもしれないな。


 ふむ次は、三角形の布だ。ハンカチかな? 

 広げてパンパンっと……


 ―――ってパンツじゃねぇか!


 ええぇえ! もしかしてオッサンの白ティーシャツと混ぜて洗ってんの!?

 そうでないと願いたいが、もしかしたら臭うかもしれない白ティーと!?


 いや、どうなんだ。彼女たち的にOKなのか?

 とにかく美少女たちのパンツをパンパンしてるオッサン絵図はアウトだぞ。


 にしても、これ誰のパンツだ? 生地の面積が少なすぎないか? いやそんな事よりこんなヤバい物は早く洗濯籠に戻そう。

 とパンツ片手に焦っていると、後ろから誰かの視線を感じた。


「ああ……バルドさまたら……まじまじと私のパンツを♡ いやん♡」


 ヤバイ! オッサン現場を抑えられた! 完全に変態オッサンだ!


「いやリエナ! こ、これは違うぞ! パンツが入っているなんて知らなかった……」


 ブルブルブル


「うお!?」


 わぁ! またきた! 揺れるのきた! 通信石の着信揺れである。

 先日通信したばっかりじゃないか……なんの用だろうか。うわぁ、緊張が高まり汗がにじみ出てきた。


『バルド様、マリーシアですわ。いま少しお話できますかしら?』


 通信石から聞こえるのは、フリダニア王国第一王女マリーシア様のお声だ。

 相変わらず小鳥のようなかわいい音色。


 ふぅ……今日は機嫌良さげだ。もうこのブルブルはオッサン心臓に悪いぞ。

 俺は取り合えず顔から吹き出た汗を拭く。


「バルドさま、それ私のパンツ……」

「ぎゃぁああ! ご、ゴメン! わざとじゃないんだ! パンツ綺麗にして返すから!」


 これはヤバい、従業員セクハラで訴えられてもおかしくない!

 王都の新聞に載るのだけは嫌だ! とにかくリエナにしっかり誤解ということを伝えないと。……ってリエナなんでアレシアのところに走っていくの!?


「ねぇ聞いてアレシア~バルドさまたら私のパンツにお顔を埋めて……」

「なにぃ、先生がパンツを!? 先生……言ってくれればそんな王女のではなくあたしのを……なんて恥ずかしくて言えない! うぅうう……」


『ちょっとバルド様! いったいなにしてますの! パンツパンツってなんのことですの!』


 会話開始10秒で、マリーシア様の小鳥のようなかわいい音色はどこかへいってしまった……


 それから延々とマリーシア様の説教タイムである。その間、オッサンは無意識に正座してました。


 その後なんとか誤解は解けたが、アレシアとリエナのことは完全にバレてしまった。

 そりゃ、うしろで王女だのアレシアだのとヤイヤイしてりゃねぇ。マリーシア様はかなり鋭いからな。


『さて、バルド様が私をほったらかして、美少女王女や美人剣聖に囲まれて鼻の下伸ばしている件はあとでじっくりお話するとして、今日ご連絡したのは他でもありません。バルド様にお伝えしなければならないことがあります。ナトル王国にも関係することですからリエナ姫も聞いてください』


 マリーシア様が改めて本題を切り出した。ていうか後で詰められるのか……俺。


『どうやら魔導国家ノースマネアが、フリダニア王国に侵攻してくるようです』


 マリーシア様の話によると、ゲナス王子が大敗したことにより、国境線付近でのノースマネアの動きが活発化しているらしい。


 予想侵攻ルートは2つ。フリダニア王国北部山岳地帯と、このナトル王国だそうだ。

 どちらもノースマネアが国境を交える場所である。


 ナトルを撃破して抜けば、フリダニアの穀倉地帯に出る。守備兵もほとんどいないし、制圧は容易だろう。ノースマネアは魔道具製造などに長けた国だが、国土の大半が山岳地帯のため、自国での食料自給率が低い。彼らにとっては、フリダニアの穀倉地帯はかなりおいしい土地に見えるだろう。


「ふむ、ということはフリダニアは主力をナトルの援軍として送ってくるんですね?」


 俺はマリーシア様に問いかける。

 フリダニアは盟主として国境を接したいくつかの周辺小国と同盟を結んでいる。小国たちは他国との防波堤の役目を果たす代わりに、フリダニアという大国の後ろ盾を得るのである。ナトルもその小国のひとつだ。


 他国が攻め込んできた場合は、小国で時間を稼ぎナトルの本体にて迎撃する。そんな関係性だから、俺は間違いなく主力をナトルに派遣するのだろうと考えた。


 だが、マリーシア様の回答は違った。


『お兄様は、おそらくナトルに主力を派遣しないでしょう』

「そんな……なぜ? マリーシア王女?」


『リエナ姫、わたくしにもわかりませんの。戦略的に重要な拠点ではないのですが、なぜかお兄様は山岳地帯に主力部隊を展開しようと固執していますわ』


 なんだそりゃ? 山なんかに主力を送ってどうするんだ? もちろん守りを固める必要はあるだろうが、必要最低限にしてナトルに主力を派遣しないとダメだろ。

 リエナは俺の方を見つめて黙っている。色々と考えを巡らせているのだろう、なんたってこの国の王女だしな。


『ごめんなさい、リエナ姫。今のわたくしには、情報をお伝えすることぐらいしかできませんわ』

「大丈夫です、マリーシア王女! たしかにナトルの兵力では長くは持ちません! ですが幸運なことに今のナトルには特別役様がいらっしゃいます! バルドさまの出番ですねっ!」


 いやいや、この子は何を言っている!? 俺はただのオッサンだぞ!


 剣聖アレシアならまだしも、このオッサンに何を期待してるの?

 そのアレシアも「おお! 間違いなく先生の出番です!」とか悪乗りしてるし。


『たしかに、バルド様がいるなら安心ですわね』


 マリーシア様まで……3人とも何言ってるんだ。

 何度も言うが俺は宿屋のオッサンだ。それに大事なことを忘れているぞ。


「―――リエナ、仮に特別役の招集が来たとしても俺は行けないぞ。俺が行ったらこの宿屋を誰が回すんだ?」


 リエナには悪いが、オッサンはこの宿屋をあけることはできん。役立つにせよ、戦闘ではなく負傷兵の救護室などで使ってもらった方がいいしな。それなら俺もみんなの助けになる事ができるだろう。


「ふふ~バルドさま~そこはご安心ください~新しい従業員を雇えばいいだけですぅ~」

「え? 何言ってんの? そんな資金はないし。そもそも募集してもすぐには人は集まらないんだぞ」


「あ、それは大丈夫です~宝物庫にいるから~お給料も不要ですし~」

「はい?」

「じゃ、新しい従業員連れてきますね~~♡」


 満面の笑みでそう言い放つと、リエナはピューと王城につながる地下の隠し通路へと消えて行った。



 どういうこと? オッサン不安しかないんだけど。




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