16限目
アーリャが授業の回想をする話です。
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「うふふ……」
「お嬢、何ですかその締まりの無い顔は?」
「え~、そんな事無いよ~……うふふ」
「まぁ、ここは学校では無いですし自分の部屋くらい気を抜いても良いですけどね」
あきれ顔のマリナが目の前の空のティーカップを下げて行ったが、わたしはそのまま今日の授業の事に想いを馳せ続ける。今日の授業、まーくんと一緒に受けた授業……思い出すと、だめだニヤニヤしてしまう。
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講堂の中にはわたしの愛しの王子様……マクシス様がいた。綺麗な金髪の髪の毛がキラキラ輝いていて、その顔は凜々しいよりもまだ可愛らしさが強く出ている美少年だ。
その周りには彼にお近づきになりたいとばかりに沢山の取り巻きがいたが、わたしは物怖じせずにそこに近づいていく。
「ご機嫌ようマクシス様……今日は授業をご一緒出来て光栄です」
「アーリャじゃ無いか。授業場所が変更になったけど君と一緒になるとは……今日もよろしく頼む」
突然登場したわたしを見て取り巻きの令嬢たちは多少の警戒を込めた視線を送ってくる。入学前のわたしなら目立たないためにこんな人目を引く真似はしなかったけれど、既に悪役令嬢を決意している為そんな事お構いなしだ。
……とは言え悪意だけを無駄に受ける必要も無いよね。
「皆様、わたしはこのたびアルダーク領を任されることになりました、アーリャ・アルダークと申します。以後お見知りおきを……」
「アルダークですって?」「ではあの噂の?」「同い年の子が当主だって!?」
わたしの自己紹介に警戒を継続する子や興味の視線に変わる子など様々な反応だった。
「今日は私の用意した新しい教材を使って授業を行うんです」
「教材? 教師の書いたモノを大きく映し出す魔道具はこの講堂にありますわ」「一体なんだと言うんだ?」
この言葉で8割の子は興味を引けたみたい。今日ここにいる生徒は勉強熱心な人を集めているのでそれが良かったみたい。
「ふん、庶民から成り上がりが大層なことを……」「いやだわ、そうやって周りの気を引こうとするなんて……」
残りの2割、典型的な身分至上主義の人もいるけどそれはしょうがないよね? やがて先生がやって来ると皆はそれぞれ席に着こうとする。わたしはすかさずまーくんの手を取ると……
「マクシス様には前のお席で皆の見本になるようにその教材を使って欲しいのです……わたしが隣で捕捉しますから」
「そうか? わかったよ。今日はよろしく頼む」
わたしの行動に眉をしかめた生徒も数名いるものの、授業が始まる直前での素早い行動に文句を言う隙を与えなかった。
「アーリャさん、私もご一緒したいです」
「私も……ちょっとこの講堂は身分の高い方が多くて心細いですから」
「もちろんです、ご一緒しましょう」
わたし達の後をベスさんとヘレナさんが付いてくる……席に着くと授業が始まった。
「今日はここにいるアルダーク伯が新た教材『教科書』という本を用意してくれた。おそらく今後使われるであろう画期的な勉強方法になるはずだ。これもひとえに植物紙を大量に生産し安価に本を作ることが出来るようになったお陰だな」
教師とその補助教員的な人? がカートに乗った大量の教科書を持ってきてわたし達前の席の生徒に渡す。
「まだ全員分は無いから二人で一つを使うように。そのまま後ろの席の者に渡していってくれ。授業が終わった返却だが、そのまま机に置いておくように」
生徒達は前の席に置かれた本の1冊を取ると後ろの席の生徒に回していく。一番後ろの席まで教科書が行き届いたタイミングで授業が始まった。
「マクシス様、今日は一緒によろしくお願いします」
「ああ、これが『教科書』か……凄いな、今まで習った内容にこれから習う内容が書かれているぞ。そうか、今までは教師の口頭での授業だったが、これは視覚的に理解を深めるために役に立つぞ」
記憶を失ったまーくんはあくまでこの世界基準での記憶のみが残っているようで、教科書については初めて見た驚きの反応だ。
それはともかく……本当は全員分の教科書を用意するなんてわたしなら簡単にできるんだけどね~もちろんわざとだよ。
「各ページ下方に数字……ページ数が書いてある。五十六ページを開きなさい」
教師の声と共に講堂内に紙をめくる音が各所で聞こえる。わたしは慣れた手つきで本をめくるとまーくんの方へ開いて寄せる。
「ここになりますマクシス様」
「ありがとうアーリャ……そんなに離れていては見づらいだろう? もっとこちらへ来れば良い」
「はい……それではお言葉に甘えます」
これだよ、これこれ! 一つの教科書を二人で見せ合うシチュエーション。敢えて教科書の数を絞ることでなし得るこの高度なオペレーション。完璧すぎて怖いわ。
まぁ、前世ではナチュラルに教科書を忘れてまーくんに見せてもらった事があるから初めてじゃ無いんだけど、今世ではそうじゃない。今後も何時チャンスがあるか分からないから確実にこなさないと行けないイベントだよ!
浮かれていたわたしの手がまーくんの指先に軽く触れてしまうと慌てて引っ込める。
「ごめんなさい、マクシス様に触れてしまうなんて」
「気にしないで良い……ここでは身分は関係ない。ん? アーリャの髪からとても良い香りがするな」
「あ、これは南の国の珍しい木の花から作られた香料です……あ、あの、お顔が近いです」
「あ、すまない、女性に対して失礼だったな」
「あーオホン、マクシス殿下、アルダーク伯、そろそろ授業を始めても良いかな?」
「すみません!!」「すまない!!」
講堂内に二人の様子をクスクス笑う声が聞こえてきた。
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「やだ、もう恥ずかしい~」
「お嬢、楽しそうにクネクネしているところ申し訳ございませんが、そろそろ寝ないと明日に触りますよ」
「はっ!? そ、そうだね、明日のためにもう寝るね」
……こうして充実した一日が終わったのでした。あしたもまーくんとなかよく出来るといいな。
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