第2話 メイド曰く『コレがお前のトイレだよ』

 ジョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!



「嫌ああああああああぁぁぁぁっっ!!!」




 絶望の悲鳴と共に、我慢に我慢を重ねた大量の小水が溢れ出す。



(あ……あぁ……嘘……出ちゃった……みんなが、見てる前で……おしっこ……漏らした……!)



 ジョボボボボボボボボボッッ!!


 ブジョォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!



(私……終わった……お父様……お母様……申し訳、ありま、せん…………あぁぁぁっ!)



 衆人環視の中の失禁など、皇族として、女として、人としてあり得ない大失態だ。


 自分はもう、一生この醜聞を背負って生きていくしか無い。


 今後どれほどの能力を見せ、功績を上げても、みんなは今日のことを思い出し、嘲笑うだろう。


 15歳……もう成人と認められる歳にもなってトイレも我慢できない、みっともない『お漏らし皇女』だと。




「――――殿下! 皇女殿下!」


「えっ?」



 はっきりと声をかけられ我に帰る。

 絶望に曇った目を凝らすと、そこは人の賑わうダンスホールではなく、閑散とした学園の廊下だった。


 恐れていた嘲笑や侮蔑もない。下着も、いつの間にかずり下ろされている。


 下に目を向けると、切迫した表情でアリアを見上げるメイドが一人。


 その手に持ったシャンパングラスは、アリアの『シャンパン』で泡立っていた。




 ◆◆




 メイド……パルシィがアリアの異変に気付いたのは、パーティ開始から1時間が経った頃だ。


 具体的にはわからないが、何となく佇まいから焦りが滲んでいるように思える。


 アリアが休みなく来賓の相手をし続けていることには、しばらく前から気付いていた。

 酔いか、疲れか、もしかしたら飲み過ぎで気持ち悪くなっているのかもしれない。


 もしそうなら、さりげなくノンアルコールの飲み物を勧めてみよう。

 最初、パルシィはそんな程度に考えていた。



 自分の考えに疑いを持ったのは、アリアが僅かに膝を擦りわせた時。



(まさか……お手洗いをっ……!?)



 アリアがここまでに飲んだドリンクは、8杯。グラスそれぞれの大きさから、合計で凡そ1.5リットルだ。

 一人の少女の体に、いつまでも収めておける量ではない。


 全く酔った素振りを見せないことに驚愕して忘れていたが、彼女は開始から一度も、トイレに立っていないのだ。

 寧ろ酔わないならその分、アルコールの分解が早く、トイレも近くなる筈。


 この時になってようやく、パルシィはアリアの置かれている窮地に気が付いた。



 その後は何とかアリアを救い出そうと試みたのだが、彼女への祝辞の声は全く途切れない。

 そしてその声の全てが、自分では声をかけることすら許されない上位貴族の物だ。



 状況を変えられないまま時間だけが過ぎ、アリアからは何度も、何度も限界のサインが発せられる。

 我慢の仕草も、少しずつ表面に出てしまっている。

 最後のダンスでアリアの足元に落ちた水滴に気付いた時、パルシィは心臓が止まりそうになった。



(もし、会場内で……して……しまわれたら……)



 大勢の賓客、高等部からの級友が集まる中での大失態。

 そんなことになれば、アリアは二度と表舞台に出れなくなってしまう。


 固唾を飲んで見守る中、アリアが話しをしていた貴族を突き飛ばして、扉に駆け出した。

 もう、本当に限界ギリギリなのだろう。


 だがこれで漸く、アリアもトイレに向かうことにできる。

 あの様子ではもしかすると、廊下に出た途端に動けなくなってしまうかもしれない。

 手を引くか、肩を貸すか、最悪抱き抱えて……。







 だが、アリアはパルシィの想像以上に限界だった。



 扉に近づく毎に、その足取りは不安定になる。そして最後の一歩と言うところで、大きく、とても大きくブルルッと震えた。



 パルシィが行動を起こしたのは、ほぼ無意識。



 手の届く範囲にあった2つのグラスを掴み、全力疾走でアリアの元に駆け付ける。



「あぁぁうあぁっ!?」



 アリアの絶望の悲鳴と、パルシィの到着はほぼ同時。


 急ぎ扉を開け、会場内でまさかの決壊に至ってしまったアリアを、扉の外に押し出す。

 そのまま自身の体を隠れ蓑に背後からアリアの下着を下ろすと、間髪入れずに金色の水流が迸った。


 パルシィはまさにギリギリで、それグラスで受け止める。



「嫌ああああああああぁぁぁぁっっ!!!」



 アリアはまだ、自分が会場内で失禁したと思っているのだろう。


 実際、ここはまだ会場と扉一枚隔てただけの隣り合わせ。

 誰かが背後の扉を開けば、アリアの痴態は白日の元に晒されてしまう。

 すぐに移動しなければいけない。パルシィの思考が、人の限界を超えて加速する。



 ここは校舎と会場を隔てる小エントランスで、目の前の外扉を開けて校舎を歩けばトイレに辿り着ける。

 だが、外扉の向こうには見張りの兵がいる。

 彼らに今のアリアの姿を晒すことは絶対に許されない。



 0.2秒の思考を終え、パルシィは茫然自失で放尿を続けるアリアの背中を押し、足を進ませる。


 向かう先は、通路右奥の従業員扉。

 あそこなら小エントランスからも死角になるし、パーティ中の従業員は別の通用扉から外に出るため、まず開けられることもない。


 それに、アリアは基本的に女性の従者達からの受けがいい。

 万一この大惨事を目撃されても、それを吹聴して回るような者はいない筈だ。


 歩いている自覚もないのだろう。それでも、ヨチヨチと歩みを進めるアリア。

 だが、道半ばにして新たな問題が発生した。



(溢れる!?)



 失禁開始から僅か4秒。アリアは、グラスの半分を満たしてしまっていた。


 アリアに押し当てたグラスの容量は220ml。

 限界を超える程に溜め込んだ尿。その全て受け切れるとは、パルシィも思っていない。


 が、それでも予想以上の速さだ。



「皇女殿下! 皇女殿下!」



 手遅れになる前に、グラスを変えなければ。

 そのためには、一度放尿を止めてもらう必要がある。


 既に力尽きたアリアに無体な願いは心苦しいが、これも彼女の名誉のため。


 パルシィは、心を鬼にして口を開いた。




 ◆◆




「少しだけ、止められないでしょうか!? もうっ、溢れそうで……!」



 ジョボボボボボボボボボボボボボボボッッッ!!!



「えっ? あっ? あっ! んっ、んぐううぅぅぅぅぅっっ!!!」



 ジョォォッ……ジョロッ……ジョッ………。



 何が何だかわからないが、自分がまだ床を水浸しにしてないこと、そしてグラスを溢れさせれば、今度こそ水浸しにしてしまうことはわかった。

 疲弊し切った括約筋に鞭を打ち、死ぬ思いで放尿を止めると、すかさずメイドは次のグラスを押し当てる。



「んんっ!」



 冷たい刺激が、一瞬だけアリアの頭に冷静さを取り戻させる。

 身を隠す場所もない廊下、そんな所での放尿などありえない。止まっているうちにトイレに……。



「あはぁぁっ!? 出るぅっ!!」



 だが思考はそこまでだった。

 既に力を失った括約筋は、ほんの数秒小水を止めることすらできない。

 意思とは無関係に溢れ出す黄金の奔流を見ながら、アリアは自分が、ここで全て出し切るしかないことを悟った。


 だが、覚悟を決めたアリアに更なる苦難が襲いかかる。



「そんなっ、こんなに……!? 皇女殿下っ、もう一度お止め下さい! あ、溢れる!」


「え? そんな!? あぁぁっ!? はぐぅぅぅぅぅっっ!!!」



 まさかの二度目の『待て』に狼狽えながら、アリアは何とか、再び尿道を閉める。


 冷静に考えれば当然なのだ。

 これまでの多くの苦難で鍛えられたアリアの膀胱容量は、900mlを超える。


 対して、目の前のグラスはおそらく200ml程度だ。

 そして、アリアの膀胱はパンパンに膨らんでいた。


 受け切るなど、到底不可能だ



 2度に渡る『待て』で、アリアの括約筋は完全に力を失おうとしている。



 ――自分はあと何回、放尿を止めなければならないのだろう。



 アリアの心に暗雲が広がっていく。



 ジョロッ! ジョッ! ジョォッ!


「あぁぁっ!? ま、まだっ!? まだなのっ!? 私っ……もうっ……!」



 暗澹たる思いで3杯目を待つアリアだったが、いくら待っても次のグラスがやってこない。



「今すぐお持ちします!」



 どうやら、メイドが用意したグラスは2つだけだったらしい。

 追加の器が来るのに、あと何秒かかるのか。止めておくのも、もう限界だ。



 ジョッ! ジョロロッ!


「うぐぁぁっ!!? も、もうっ……私っ……おしっこ、止めていられないっ!!」



 括約筋に力が入らない。我慢しようとしても、体は勝手に小水を溢れさせいく。



(で、出ちゃうっ……全部出ちゃうっ! 床にっ……廊下の……床に………しちゃうぅぅぅぅっっ!!!)



 ジャァァァッ!


「ああぁぁっっ!? 早くぅぅっっ!!!」



 泣き叫ぶアリアの元に、漸く花瓶を手にしたメイドが駆けつけた。



「アリア様! こちら――」


「もうダメええぇっ!! ぁあ゛あ゛ぁぁっっ!!!」




 ブジイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィッッッ!!!!!




 花瓶があてがわれるよりも一歩早く、アリアの『待て』は限度を超えた。


 吹き出した小水は、穴を空けんばかりの勢いで大理石の床を穿ち、直後に差し出された花瓶に吸い込まれていく。



 ジョオオオオオオオオオオオオオオォッッ!!! シュゴオオオオオオオオオオオオオオォッッ!!! ブジュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィッッ!!!



 極限の我慢と、2度の決壊。

 もはや精神が焼き切れる寸前のアリアにとって、この花瓶は紛れもなくトイレだった。



 ジュボボボボボボボボボボボボボボボッッ!!! ジュオオオオオオオオオオオオォォッッ!!!


「んんんっ! ああぁああぁっ!!」



 放尿が生み出す凄まじい快感に、艶めいた声が溢れる。

 足元に広がる惨状も、ここが本当はトイレではないことも忘れて、アリアは暫し、この天にも登るような気持ちに酔いしれた。

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