第5話 ゴロツキ3

 次にお藤は天神屋に行ってみた。二十五、六の若者が店の前でせっせと働いていた。確かこの若者は天神屋の手代だったはずだ。

 お藤はたまたま立ち寄ったような顔をして店を覗いた。

「いらっしゃいませ」

 先程の若者が声をかけてきた。まだ彦左衛門ほどの貫禄や余裕はない。

 ひょろりとした馬面に八の字に下がった眉毛、更におちょぼ口と来たもんだ。実直そうな雰囲気ではあるが、どうも頼りない。

「おや、今日は彦左衛門さんはいないんだねぇ。お出かけかい?」

 お藤は彦左衛門とは面識がないが、そんなことをこの若い手代が知っているとは思えない。

「あ、いえ、彦左衛門はお暇をいただきまして、現在はわたくしが番頭でございます。弥市と申します。どうぞお見知りおきを」

 この頼りない雰囲気の若者が番頭か。どう考えてもこの青年を百人束にしても彦左衛門一人の方が有能だろう。

「もしかして先日のゴタゴタの責任をとったのかい?」

 途端に弥市が俯いた。

「はい、そうです」

「いい番頭さんだったのにねぇ。長かったよねぇ、彦左衛門さん。ご主人は引き留めなかったのかい?」

「ええ、まあ」

 お藤は一段声を低くした。

「まさか、ご主人が追い出したんじゃないだろうね」

 弥一は慌てて顔を上げた。

「そ、そんなことはありません。彦左衛門さんのご意思で」

 嘘つきやがれ。彦左衛門ははっきりと栄吉に「馘にされた」と言ったはずだ。しかもゴロツキどもからも聞いた、主人は番頭を追い出したがっていた、と。

 とすれば、この弥市は天神屋の主人から口裏を合わせるように言われているのだろうか。

「あんなに有能だったのに、なんで?」

「いや、それは……」

 語尾が小さくなっていく。これは何か知っている顔だ。それなら弥一のことを突っ込んで聞いた方がいいだろう。

「まあ、彦左衛門さんには気の毒だけど、そのお陰であんたが番頭さんになったわけだろ」

「ええ、まあ」

「この若さで大出世じゃないか。あんた、所帯は?」

「あ、あの、今、嫁の腹に子が」

 この男は若いせいかそういう性格なのか、判断する間を与えずにどんどん突っ込んで聞くとサラリと答えてしまう。自信が無いのだろう。

「おめでたかい。どこで嫁さん見つけたんだい?」

「あの、ここの女中でして」

「へぇそうかい。そりゃあご主人も盛大に祝言挙げてくれたんだろうねぇ」

「いえ、それが、その、挙げてないんです。あの、子供が先だったもんですから」

「そうだったのかい。こりゃ悪い事聞いちまったね。まあ頑張っとくれよ」

 お藤は弥市に軽く手を上げると、弥市は解放されるとわかったのかホッとしたように肩を落とした。

 何事もなかったように踵を返したお藤は、天神屋を後にしながら考えた。

 手代の子を女中が身籠り、手代を番頭に格上げする。そのためだけに彦左衛門を追い出すだろうか。どう考えても関係がない。なぜ天神屋は彦左衛門を消そうとしたがるのだろうか。

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