第二章 ゴロツキ

第3話 ゴロツキ1

 数日後、猫背で出っ歯の男が峠の団子屋にやって来た。

 峠の団子屋というのは柏原から漆谷へ向かう途中の峠の手前にある茶屋で、栄吉が住んでいる家だ。ここには茂助という五十三になる男と、二十一になったばかりのお藤という娘が住んでおり、栄吉は居候させて貰っている身である。

 茂助はこの歳にして既に躑躅つつじの枯れ枝の雰囲気を漂わせている。だが、それと同時に、隙あらば花を咲かせようとする強かさも兼ね備えている。

 一方のお藤は花の盛りの二十一だが、所帯を持つどころか全く男に興味がない。なかなかの美人で艶やかな雰囲気と肉感的な肢体を持ち、歳の割には婀娜あだっぽいという言葉が似合う。

 まるで似ても似つかぬ親子だが、実はこの茂助とお藤には血のつながりはない。つまり栄吉を入れて、三人とも赤の他人なのだ。

 この峠の団子屋は表向きの姿であり、実際のところ三人は茂助を頭とした殺し屋集団なのである。そして猫背で出っ歯の男は伝次と言い、彼らに仕事を持って来る『殺しの仲介人』のようなものだ。

 茂助たちは基本的に断るということをしない。だから伝次からの仲介は一方的でいい。茂助たちからの返事は必要無いのだ。そのため、伝次は普通の客と同じように団子を注文し、食べ終わると前回の殺しの代金から仲介手数料を引いた金額を団子代と一緒に置いて行くのだ。

 今回も、前回分から仲介手数料を引いて団子代を入れた金と共に、次の標的と依頼人を書いた紙を茂助に渡して、長居は無用とばかりに伝次はとっとと帰って行った。

 次回の仕事の依頼人と標的を書いた紙を見て、茂助は黙ってお藤に渡した。二人で考えろということだろう。お藤はそれを一瞥するなり「これ、あたしやりたくないねぇ」と言った。お藤がやりたくないというような相手はいったい誰なんだろうかと思いながらも栄吉は「貸してみろ」と手を出した。栄吉は『総受けの栄吉』と呼ばれている。どんな相手でも必ず受けるし、必ず仕留める。俺に仕留められねえヤツはいねえ、そう思いながら紙を広げた。

 だが、書き付けを見て栄吉は我が目を疑った。標的は彦左衛門、依頼主は天神屋となっていたのだ。

 栄吉の様子を見たお藤が言った。

「どうする? あたしがやろうか」

「いや、ちょっと待て。これは何か裏がある」

「へえ。理由を問わず仕事は総受けする栄吉さんが珍しいじゃないのさ」

「あれはどうもおかしい。調べる必要がある」

 四十年以上も真面目に働いて来た彦左衛門を慌てて追い出すような真似をして、手代を番頭に昇格させる。もしかすると手代を昇格させるために彦左衛門を追い出したのか。それなら他にやりようもある。それに彦左衛門を亡き者とする意味も分からない。

 栄吉が彦左衛門と会って話したことを茂助とお藤に伝えると、二人は途端に眉根を寄せた。

「天神屋さんが急に人が変わったようになったというのが気になるねぇ」

「天神屋さんのご主人にしてみたら、彦左衛門さんは一言えば百わかるような奉公人だ、一番可愛がってるはずなんだがな」

「見てはいけない天神屋さんの秘密を彦左衛門さんが見てしまったとか」

「彦左衛門さんのことだ、四十年も務めてりゃ、そんなことは十も二十もあるだろうよ。そんな事で殺すとは思えねえ。しかも今の主人は生まれたときから彦左衛門さんに面倒見て貰ってる。彦左衛門さんに育てられたと言っても過言じゃない」

 お藤は胸元で腕を組むと「うーん」と唸った。

「そうだよねぇ。これ、ちょっと調べていいかい、お父つぁん」

 茂助が「まあいいだろう」と許可を出すと、栄吉とお藤はすぐに団子屋を出て行った。


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