閑話『過去から現れた継承者』

 時は1150年代。その時代の陸奥の国は、藤原の一族が広く権力を持っていた。その藤原氏に使える武士の家、鎌久家には、二人の跡継ぎが居た。長兄の鎌久 高平は、この時代の人間の中ではかなり目立つ長身で、その長身から繰り出される力による剣技は、他の武士の一切の追随を許さないほど強力なものだった。


 彼の弟の鎌久 永人を除いて。永人の体格は女性と間違えるほど華奢で、力に優れているわけではなかった。しかし、その剣の技術は群を抜いて優れていた。息をするように薄氷の上で舞うかのような超技巧を繰り出すのだ。


 そんな二人は陸奥の中では並び立って期待される双星であった。ある事件が起きるまでは。


 その事件の日の朝、高平と永人は、朝の稽古を行っていた。木刀での打ち合い勝負。体格から、どちらが兄であるのか一目瞭然であった。


「永人よ、力が足りぬのではないか? その程度の力では某には一太刀たりとて通らぬぞ」


 終始互角の打ち合いであるが、それでも稽古ということで多少手は抜いていた高平は弟に発破をかける。


「拙者は力がすべてとは思っておらぬゆえです……。力だけでは全ては決まらぬのですよ兄上」


 齢にして14のまだ幼い声色ではあるが、その言葉には今までの人生の重みがあった。


「ならば来ると良い! 某に力を証明して見せろ!」


「言われずとも! 参る!」


 その兄弟の打ち合いは普通の武士には理解できぬ読み合いの末に行われているものでこの二人でなければ成立しない高度なものであった。


 武士の道に生涯をささげるものなら、この光景に感動すらするだろう。それほどまでに、二人の剣技は格が違っていた。


「引き分け、だな?」


「そのようです」


 二人は同時に首に木刀を突きつけ合った。彼らの稽古の終了はいつもこうである。


「終わりですね。今日は兄者はどこへ?」


「某は父と行かねばならぬところがある。永人はいつものように勉強をしておくとよい」


 もう大人である高平は一家の党首である父と様々な仕事を行っている。それに対して、華奢であるからか、まだ認められていない永人は、常に家で勉強をしていた。


「わかりました。では拙者はこれにて」


 兄に挨拶をした永人はそのまま屋敷の自室へ向かう。そこで勉学を行うのだ。


◆◆◆


 いつもと同じく勉学を終了させた永人はその足で近くの山の竹林に来ていた。どうやらここは永人にとって居心地のいい場所であったようだ。


「落ち着く場所であるな……。この涼しさは他にはないだろう」


 日を遮る竹林で涼む永人は竹林の奥の方まで進む。進んだ先には冷たい風が中から吹きでる底の見えない谷があった。その谷の淵に永人は立つ。


「この谷の近くは一段と涼しいな。通い詰めているのはいつからだろうか」


 その後、しばらくは永人はその峡谷に滞在し風を浴びていた。


 ある程度時間が経った頃、その付近の動物が急に騒がしくし始めた。何事かと思いながら永人が辺りを見渡したその時、急に地面が大きく揺れ始めた。


「何事だ!?」


 永人は驚きながらも、谷に落ちてはいけないと、谷から距離を取ろうと動く。余りにもひどい揺れの中を進むのは困難であったが、一歩ずつ歩を進め、永人は渓谷から離れた。


 しかしその時、足元の地面に何やら嫌な音が響く。


「これは!?」


 強烈な音を立てて、永人が立っていたその地面は谷に向かって崩れ始めた。


「ついに拙者も終わりの時か……」


 真っ逆さまに谷へ落ちていく永人は自身の最後を覚悟し、落下のショックから意識を失った。


◆◆◆


 どれだけの時が経ったか、日光が届かないためか不明だが、谷の底で、永人は目を覚ました。


「拙者は、なぜ生きて?」


 かなりの高さを落ちた感覚は永人にはあったらしい。にしては体の痛みがないと体を確認するが、そこには一つの損傷もない。


『目が覚めたね』


 その時、暗闇の光のない谷底の空間に幼い少女のような声が響く。


「何奴!?」


『そんなに警戒しないでよ……。同じ女の子同士でしょう?』


 その声の主は助けたのは自分なのにと少しいじけたような声で永人に話す。たまたま目の前に落ちてきたから助けたのだと。そして、自分はこの地に封印されている『未来』の悪魔であると。


 永人はそんな少女のふざけた話を真面目に聞いた。何せ、しゃべっているのが近くにあった石像であって、もはや超常の存在であることは認めざるを得なかったからだ。


「それで、拙者はこれからどうすればよいのだ? もうここは200年後なのだろう?」


『そうそう。治すのに時間かかっちゃって。粉微塵だったからね粉微塵。びっくりしたよ目の前に落ちてきたとき』


 粉微塵に自分がなったいう言葉に嫌な顔をしながら、永人は続けて質問した。


「全く、その話はやめてくれと……。まぁいい、それで何をすればよいのだ?」


『契約、かな? さっき話したこの世界の未来。それに抵抗するために』


「ならば拙者は契約しよう。この世界を守るために、刀をささげよう」


◆◆◆


 その契約によって眠りについた永人はついに現代で目覚めた。そして、『未来』のいうある人物をさがして、青森を歩いていた。


 三日三晩探し続けてついにその人を見つけた。銀髪に赤色の瞳を持つ少女。永人が初めて見るような見た目の人間。


「なんじゃ? 妾になにかようかの?」


「ついに見つけた。『運命』の……!」

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