第36話 Bクラスになった日

 白い扉の前。そこに戻されたということは多分、俺はあの吉野さんの一撃で死亡したのだろう。


 立川さんの説明を信じるならそういうことになる。すると、吉野さんがいつの間にか隣に現れていて、驚いた顔をしていた。


「もしかして私も死んだ?」


 部屋の中央にあるソファーにだらしなく座っていた立川さんが立ち上がってきて吉野さんに言う。


「相打ちだね~。それで、評価はどう?」


「もちろん満点ですよ! 正直Bクラスに収まる実力じゃないと思います!」


 吉野さんからありがたい言葉をいただいた。実力を認めていただけたようだ。どうだろう、彩佳にかっこいいところを見せられただろうか。


「おっけー。じゃあ記録して、筆記試験と合わせた最終的な合否判定を持ってくるから二人は休憩して待っててね~」


 立川さんがそう言いながら白い扉を消し、そのままこの部屋を出ていく。そうか、これで合否が決まるのか。実技試験は満点をいただけているようなので、あとは筆記試験だな。


 ボロボロじゃなければ何とかなると信じたいところだ。


 すると、入り口のドアが開いて立川さんが戻ってきた。早くない?


「言い忘れてたけどそのソファー、座ってもいいからね! じゃ!」


 そういえばなんかこの白いソファー、立川さん専用! って感じがして座る気すらしてなかったな。吉野さんが座るというのなら俺も座らせていただこう。目上の人を差し置いて座るのは失礼な感じがするしな。


「立川さんもああ言ってるし、疲れたでしょう? 座ろうか」


 そう言って吉野さんはソファーの端の方に座る。


「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


 俺ももう一方の端に座る。隣に座るのはなんというか少し気まずいしな。ソファーの間に人一人分の隙間ができる。これはこれでなんか気まずい。


「ところで瀬戸くん。君探索者になって何ヶ月?」


 吉野さんにそう言われて少し考える。何ヶ月、というほど長く探索者はやってないな。一月と少しか? 今日は2月3日。あれ、今日節分じゃね?


 それは置いておいて、俺が探索者証を発行したのは1月4日。つまりギリギリ一か月経ってないな。実際探索者証を手にしたのはこの少し後ではあるが。


「明日で一か月になります」


「合格したら最速記録だね。ほぼ合格確実だけどさ。君みたいな子がSクラスになるんだろうなぁ。私も頑張らなきゃ」


 現在最速の記録は名取さんの3か月でBクラスだったはずだから、確かに合格すれば最速記録になるのか。少しも考えてなかったな、そんなこと。


「Sクラス、目指してますからね」


 俺の目標はこの才能を活かして最強になること。この才能がなければ、なんの取柄もないからな。


「応援してるよ。私の先を行くのは勘弁してほしいけどね」


 そういって吉野さんが微笑んで見せる。今回はたまたま運が良くて引き分けに持ち込めたけど、この人を超えるのはまだまだ無理そうだな。


「しばらくは安泰ですよ」


 その後もしばらく吉野さんと雑談をして立川さんを待っていると、急にドアが開いて立川さんが入ってきた。ノックとかしないんだな。


「はいはーい。試験結果印刷してきたよ~! 合格! おめでとう!」


 試験結果を見る前に盛大なネタバレを喰らいながらも、合格できたことに喜ぶ。筆記試験も悪くなかったみたいだな。


「ほら立って立って! 試験結果を渡すから!」


 立川さんに言われるがままに立つと、卒業証書授与のような感じで数枚の書類をわたされる。


 中に目を通していくと、いろいろな点数が明記されていた。実技が100点、筆記試験が78点で合格基準の160点を満たしていた。


 試験の答えも一緒に渡された。なるほど、ワシントンの事件の解決者は紅さんだけではだめだったのか。ソフィアさんも一緒に解決にあたっていたのか。これは初めて知った。


「何はともあれ合格おめでとう! 試験官の私もうれしいよ」


 吉野さんが一緒に喜んでくれる。この人、教師の才能とか有りそうだな。


「さて、これで正式にBクラスになるわけなんだけど、探索者証がプロ仕様になるまでに3日くらい時間がかかるから、Bクラスとして活動開始できるのは3日後からだね。これから忙しいと思うけど、頑張って。僕はソファーの上で君の活躍を見てるから」


 先ほどまで普段はだらけてるけど仕事はちゃんとやる人なのかなと思ってみていたが、最後の一言で全てが台無しになった。なんかもったいないな、この人。


「つまり、3日後に探索者証をここに取りにくればいいということですか?」


 それと今使っている探索者証はどうなるんだろうか。


「いや、3日後に君の自宅に届くよ。住所登録してなかったら取りに来なきゃいけなかったけどね。君は登録してたから」


 なるほど。


「では今使っている探索者証は」


「そのまま持ってて大丈夫。まぁBクラスの探索者証が一度でも使われたら効力を失うけどね」


 なるほど、探索者協会はしっかり探索者証を管理しているんだな。


「なるほど、ありがとうございました」


 書類をいろいろ眺めていると、ソファーのところで何やら小競り合いが起きていた。


「優里ちゃーん。そろそろ僕にソファー独占させて?」


「残念。私が座ってるからだめだね」


「そんな殺生な~」


 なにやら最初にこの二人が話していた時とは態度が違うような気がするが……。まぁいいか。


「もう出てもいいんですよね?」


「うん、必要なことは僕から全部いったからね。もう帰って大丈夫。改めて合格おめでとう!」


「試験等々、ありがとうございました!」


 そう言って礼をして部屋から出る。今日は疲れたし、家に帰ってくつろぐとするか。


◆◆◆


「いやーすごい子だね、あの子。僕探索者始めた日見てびっくりしちゃったよ」


 吉野からソファーを奪還した立川はだらけながらそんなことを口にする。


「私もびっくりしたよ。それだけ、今の子には才能があるってことかな」


「僕のいとこ君は結構長いことAクラスをやっているはずなんだけどねぇ。まだSクラスにはならないのかな?」


 立川はその目線を吉野に向ける。


「う、うるさいなぁ。まだその時じゃないだけだよ」


「僕はソファーの上でだらけながら楽しみにまってるよ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る